第百二十一話 げ! なにコレ?
インフェルノの第2圏にあるウェポンタイガー一家の本部。
そこで組長に会わせて欲しいと口にした瞬間。
「「「「ゴァアアアアアアアア!」」」」
ウェポンタイガーの獣人5人が、いきなり襲いかかってきた。
「コテツが先頭を歩けば、攻撃されないんじゃなかったのかよ!」
和斗はそう叫ぶが、別に焦っていたりはしない。
和斗の今の最高速度は時速152万km、つまりマッハ1240。
ウェポンタイガーなど止まって見える。
だから和斗は。
「どうしたモンかな」
マッハ1240の速度の中で考え込んだ。
このウェポンタイガー達を殺してしまうのは簡単だ。
腕で軽く薙ぎ払えばいい。
それだけで何の痕跡も残さず消滅するだろう。
しかし、自分の意思で攻撃していない可能性もある。
コテツも言っていた。
上が黒といえば白いモノでも黒だと。
もしも命令されて仕方なく襲いかかって来たのなら、殺すのは可哀そうだ。
だから和斗は。
「ほい、っと」
5人のウェポンタイガーにむかって神霊力を放った。
もちろん刃に圧縮したものではない。
思いっ切り手加減した、家ほどのサイズの神霊力を投げつけただけだ。
が、それだけで。
「「「「ぐはぁ!」」」」
ウェポンタイガー5人は派手に吹き飛んで気絶する。
その和斗の無双ぶりにリムリアがため息をつく。
「はァ。やっぱりマローダー改の30パーセントのステータスだけあって、カズトは反応が速いね」
肩をすくめるリムリアに、ラファエルも続く。
「さすがカズトさん。あっという間に倒してしまいましたね」
その発言に和斗の眉がピクンと跳ね上がる。
リムリアは当然として、ラファエルにも今の和斗の動きが見えたらしい。
ならば、和斗の攻撃に対応する事も出来るかもしれない。
やはり現在のステータスで満足せず、レベルアップに励んだ方が良さそうだ。
と改めて思う和斗に。
「スゴイですぅ!」
「カズト様なら当然」
ヒヨとキャスが声を揃えた。
ヒヨとキャスも和斗の反応、つまりマッハ1240の動きが見えたらしい。
……ヒヨに対しては確信が持てないが。
そんな中、コテツだけが驚きの声を上げる。
「な? いったい何が起こったでござる!?」
どうやら銘刀クラスのウェポンタイガーでは和斗の動きを見切れないようだ。
まあ経験値1800万程度のコテツに見切れる筈がない、ともいうが。
それはともかく。
コテツが一緒なのに、いきなり攻撃されたのは不可解だ。
なにしろコテツは銘刀クラス。
ウェポンタイガー一家の中でも、立場はかなり上の筈。
そのランクが上のコテツと共に訪れた者に、見張りがいきなり襲いかかる。
組織の構造からして、考えられない行動だ。
それを1番分かっているのはコテツだろう。
だから。
「幹部である拙者が同行しているのに問答無用で襲いかかってくるとは、どういう事でござろう?」
コテツは呆然と立ち尽くしていた。
が、突然。
「む!?」
コテツは一声唸ると、気絶したウェポンタイガーに駆け寄った。
そして慎重に何かを確認すると。
「ラファエル殿。これを何と見るでござるか」
コテツはウェポンタイガーの眉間を指差した。
「どうしたのですか?」
ラファエルはコテツの元へと向かおうとするが。
「どしたの?」
それよりも早く、リムリアが駆け寄り覗き込んだ。
そこでリムリアが目にしたのは。
「げ! なにコレ?」
ウェポンタイガーの眉間に芽を出した、1センチほどの植物だった。
不気味な色をしており、ムカデを思わせる形をしている。
形こそ小さいが、コレは……。
「キラー・ウィードじゃないの?」
そう。
和斗がコキュートスで地拵えしたキラー・ウィードそっくりだった。
「なんですって!?」
リムリアの言葉に、ラファエルも慌てて覗き込むが。
「いえ、これはキラー・ウィードではありません」
声を震わせながらリムリアに視線を向けた。
「リムリアさん、これはパンデミック・ウィードです」
「パンデミック・ウィード?」
そう口にしながらリムリアは、ラファエルに見せてもらった紙を思い出す。
確かそれには。
キラー・ウィード 5万
マーダー・ウィード 20万
パンデミック・ウィード 50万
と書かれていた筈。
「キラー・ウィードの10倍のモンスターじゃん! ってか、ナンでコキュートスに生えてる筈のパンデミック・ウィードが、このウェポンタイガー達のデコに生えてんの!?」
リムリアの言う通り。
ウェポンタイガー5人全員の眉間にパンデミック・ウィードが生えていた。
「いきなり襲いかかってきたのは、このパンデミック・ウィードが原因でござろうか?」
コテツがパンデミック・ウィードを摘まんで引き抜こうとするが。
「待ってください!」
ラファエルが大声でそれを止めた。
「もしもパンデミック・ウィードに操られているとしたら、パンデミック・ウィードの根が脳にまで食い込んでいるかもしれません! 迂闊に引き抜くと命に係わるかもしれませんよ」
「く!」
コテツは小さく唸ると、ラファエルに視線を向ける。
「ラファエル殿、なにか良い手はござらぬか?」
「そうですねぇ」
考え込むラファエルを押しのけて。
「ボクにやらせて!」
リムリアがウェポンタイガーを覗き込んだ。
「サーチの魔法の応用で簡単に分かるよ。ええと、う~~ん、これは……」
言葉を濁した後。
リムリアは真剣なまなざしをコテツに向けた。
「根を取り除くのは無理だね。脳組織の深い場所まで根が到達してる。脳を傷つけずにパンデミック・ウィードの根を除去するなんて、誰にもできないと思う」
「そ、そうでござるか。兄弟盃を交わした弟分なので、どうにかして助けたかったでござるが」
コテツはガックリと肩を落とした後。
「むん!」
シャキンと手から刀を生やした。
一目で普通の刀とは違うと分かる。
かなりの名刀だ。
これがコテツの『銘刀』なのだろう。
「許せよ。せめて介錯は拙者が……」
ユックリと刀を振り上げたコテツの腕を。
「待ってください!」
ラファエルが慌てて押さえた。
「まだ助からないと決まったワケではありません。ここは私に任せてください」
そしてラファエルは、気絶したウェポンタイガーに視線を向ける。
「ふむ。リムリアさんが言った通り、パンデミック・ウィードの根が脳の奥深くまで食い込んでいますね。確かに普通なら手の打ちようがない状況です」
「だからせめて拙者の手で、あの世に送ってやるでござる。それが兄貴分である拙者の務めでござる」
悲痛な声を漏らすコテツに、ラファエルが微笑む。
「おちついてください。この者達は幸運です」
ラファエルが、コテツから和斗に視線を移してニヤリと笑う。
「パンデミック・ウィードは神霊力で滅ぼす事ができます。そしてカズトさんは苗植えをマスターしています。つまりカズトさんなら神霊力によって、脳にダメージを与える事なくパンデミック・ウィードだけを滅ぼす事ができます。よかったですねコテツさん。貴方の弟分達はカズトさんが助けてくれますよ」
「いや、ちょっと待ってくれ」
ラファエルの気楽なセリフに和斗は慌てる。
確かに苗植えは出来るようになった。
これが敵を倒せ、というのなら例え10万人が相手でも躊躇などしない。
しかし人の命がかかっているとなると話は違う。
攻撃なら失敗しても、やり直せばいい。
だがこの場合、失敗はコテツの弟分の死を意味する。
仮に命が助かったとしても、後遺症が残るだろう。
それを考えただけで和斗の脚は震えた。
「人の生死がかかった神霊力の行使なんて、俺には荷が重すぎる。ラファエルがやってくれよ」
大役を押し付けようとする和斗に、ラファエルが真剣な顔になる。
「カズトさん。人の生死がかかった場面に、いつ直面するかなんて誰にも分からないのですよ。もし突然、そんな場面にいきなり遭遇したらどうする気ですか? 今よりも、もっと余裕のない場面だってありえるのですよ」
そしてラファエルは、和斗の目を覗き込む。
「カズトさん。今の状況を考えてみてください。大変な場面ではありますが、今は落ち着いて十分に神経を研ぎ澄ます時間的余裕があるのですよ? この場面で成功できなくて、咄嗟にリムリアさんを助けなければならない状況に陥った時、どうする気ですか? 言い方は悪いですが、これは非常事態に遭遇した場面で神霊力を正確に行使する為の、絶好の訓練機会なのです」
「む」
ラファエルに言われて初めて気が付く。
たしかに今は、落ち着いて神霊力を行使する事ができる状況だ。
ここで失敗するようなら咄嗟の時、リムリアを救う事などできないだろう。
なら、言い方は悪いかもしれないが。
ウェポンタイガーを実験台にして神霊力の使い方をマスターしてやる。
どんな時でも失敗しないように。
リムリアや仲間が突然危機に見舞われた時、確実に助けられるように。
そう心を決めると、和斗はラファエルに頷いてみせる。
「分かった。やってみる」
そして和斗は神霊力を練り上げた。
7万の苗を1度に苗植えした事もある和斗だ。
5つの神霊力の矢を作り出すなど簡単過ぎる。
が、脳にダメージを与える事なくパンデミック・ウィードの根だけを滅ぼす。
その神霊力量の見極めが難しい。
多過ぎれば、ウェポンタイガーの脳細胞にもダメージを与えてしまう。
少な過ぎたら、パンデミック・ウィードの根が脳内に残ってしまう。
とんでもない精度で神霊力量を調整する必要がある。
(これじゃあ多過ぎるな、ちょっと下げるか……いや、下げすぎた。もう少し上げないと……落ち着いて、慎重に、少しづつ……)
和斗は神霊力の矢を精密に調整していく。
もちろんウェポンタイガー5人の状態は1人1人違う。
5つの矢をそれぞれに最適に調整しなければならない。
ミクロン以下の精度で。
そして何度も調整し直した後。
「完成だ」
和斗は汗まみれになりながらも神霊力の矢を作り上げた。
「これで完璧だと思うが……ラファエル、どう思う?」。
念のために確認する和斗に。
「素晴らしい。私よりも精度が上です。これなら間違いないでしょう」
ラファエルがグッと親指を立ててみせた。
「よし。じゃあコテツ、やるからな」
「お願い致す」
深々と頭を下げるコテツに、和斗は小さく頷くと。
「行け!」
5つの神霊力の矢を放った。
その矢はウェポンタイガーの眉間に寸分の狂いもなく命中し。
「「「「「ギョェエエ……」」」」」
パンデミック・ウィードを消滅させた。
和斗にはリムリアのサーチみたいな能力はない。
しかし、上手くいった、という手応えを感じた。
きっともう大丈夫だと思う。
が、確認は必要だ。
だから和斗はリムリアに頼み込む。
「リム。成功したと思うけど、念の為にウェポンタイガーの脳にダメージを与えてないか診てくれないか?」
「うん、まかせて!」
リムリアは即座にサーチの魔法を発動させた。
そして難しい顔でウェポンタイガーを確認していく。
1人、また1人とサーチしてき、そして最後の1人をサーチすると。
「大丈夫! 完璧だよ!」
リムリアは和斗に輝くような笑みを向けた。
と同時に。
「このご恩、けっして忘れぬでござる!」
コテツは和斗にこれでもか、というくらい頭を下げると。
「おい、お主ら助かったでござるぞ!」
気絶している弟分達に駆け寄ったのだった。
2021 オオネ サクヤⒸ