第百十七話 カムラ・テーツ
「バカ野郎!!!」
とんでもない大声の主は、7色に輝くケルベロスの獣人だった。
新たな敵か。
と神霊力でコーティングした小石を3つ増やす和斗だったが。
「このバカ野郎が!」
ボクッ!
「キャィン!」
7色ケルベロスは1番近くにいたケルベロスを殴り倒した。
いや、それだけではない。
ボコボコボコボコボコボコボコボコ!!
『キャインキャインキャインキャイン!!!!!!!』
手当たり次第にケルベロスを殴り倒していく。
「おい! こんなバケモンにケンカ売るなんて、テメーら一体、ナニ考えてやがんだよ!? 絶対に勝てない事に、いや瞬殺される事が分からねぇのか、この大バカ野郎どもが!!」
7色ケルベロスは叫びながら、ケルベロス一家を殴り続ける。
こうして最後の1匹を叩きのめしてから、ティアの前に立つと。
「すまなかった」
7色ケルベロスは、ティアをロープから解放した。
そして和斗の前までやって来ると。
「スンマセンでした!」
7色ケルベロスは、頭を地面に何度もこすり付けたのだった。
「お怒りなのはごもっともです! ですが、この通りです! コイツ等の命ばかりは、お助けください!」
「ティアを誘拐したクセに、なに甘いコト言ってるの?」
冷たい目を向けるリムリアに、キャスも続く。
「テロリストは皆殺し」
「ですぅ!」
ヒヨまで、キャスに肩車されたまま大声を上げている。
が、タンポポの綿毛みたいな笑顔なので、何も分かっていないのだろう。
まあ、それはそれとして。
ケンカを売ってきた相手に手加減する気など、欠片もない。
だから和斗は。
「ティアを誘拐した時点で、皆殺しにするのは決定事項なんだよ」
最後の言葉を投げつけると、神霊力でコーティングした小石を放とうとした。
のだが、その時。
「キミが怒るのも当然だ。しかし5分でいい。話を聞いてくれないかな?」
和斗の前に1人の男が立ち塞がった。
小柄で、かなり年配の男だ。
穏やかな顔をしているが、ひ弱な印象はない。
多分だが、戦闘力は無いに等しいだろう。
しかしその態度は、非常に真摯なものだった。
だから和斗は、この人物の言葉に耳を貸す事にする。
「聞こう」
「ああ、すまないね。私はカムラ・テーツ。このインフェルノの第3圏でケルベロスの生活を向上させる為に、日々を送っている」
「ケルベロスの生活を向上?」
そのまま聞き返す和斗にカムラはニコッと笑うと。
「見て欲しいモノがあるんだ。付いて来てもらえないかな?」
穏やかな声でそう告げて、歩き出した。
その後を和斗、リムリア、ヒヨを肩車したキャス、ラファエルの順で続くと。
「アレだよ」
ケルベロス一家の本部の屋上に到着したカムラは、遠くを指差した。
その先にあったモノは。
「手首?」
そう。
リムリアが口にしたように、人間の手首だった。
しかし普通の人間の手首ではなさそうだ。
和斗でさえ息を呑むほどの邪悪な力を纏っている。
「アレは一体?」
掠れた声を漏らすリムリアに、カムラが硬い声で答える。
「異世界からやって来た邪悪な者の手首だ。キミ達には、こう言った方が分かり易いかな。チート転生者の手首だ、と」
「「ええ!?」」
同時に声を上げた和斗とリムリアに、カムラは続ける。
「チート転生者には、スローライフを望む者と、その力を存分に振るいたいと思う者がいる。そして力を存分に振るいたい者の中には、他人などどうなっても構わない、と考える者もいる。そんな者の1人が、あの手首の持ち主、すなわちチート転生者なんだよ」
「つまり、そのチート転生者ってロクでもないヤツってコト?」
そう尋ねたリムリアにカムラは厳しい表情で頷く。
「その通り。そのチート転生者は、元々高いステータスを持っていた上、食べた相手の力を自分のものに出来る能力を持っていた。1人を食らえば1人力、1000人を食らえば1000人力だ」
そして、このチート転生者は、幾つもの国を食らいつくし。
遂には20億人力もの戦闘力を得るに至ったという。
だがチート転生者は、それでも満足しない。
魔獣、天使や悪魔、そして神まで襲ったのだ。
その中には、この星の破壊神も含まれる。
しかしチート転生者は、神の力を手に入れても満足しない。
更なる力を手に入れる為、眷属を生み出した。
その眷属が食らったモノの力はチート転生者に注がれる。
これによりチート転生者は、何もしなくても強くなっていく事になった。
「その眷属というのがコキュートスの植物系モンスターであり、そしてミドラス帝国の連中なんだ」
そう締めくくったカムラに、リムリアが大声を上げる。
「ええ!? ミドラスのヤツ等ってチート転生者の眷属だったの!?」
「そうだ。だからミドラス帝国は、どれほどの国を支配しても満足する事なく侵略行為を続けるのだ。チート転生者を、より強くする為に」
「だからゾンビ大発生を引き起こしたんだね」
声に怒りを滲ませるリムリアに、カムラが頷く。
「眷属が生み出したゾンビが食らった者の力も、チート転生者のものとなる仕組みだからね」
「薄汚いミドラスらしいやり方ってコトだね。強引で姑息で、どんな汚い真似も平気でやる性格異常者」
「チート転生者の性格が反映されているんだろうね」
カムラの言葉に、リムリアはギュッと拳を握り締める。
「じゃあ絶対にチート転生者は倒さないとダメだね」
「そうだね」
表情を鋼鉄に変えたカムラに、和斗は尋ねる。
「で、チート転生者とケルベロスと、どういう関係なんだ?」
その瞬間。
カムラの表情は悲しそうな者に変わった。
「あ、ああ、そうだったね。ケルベロスに限らずインフェルノの生物は煉獄力が収束する事によって生まれるのだけど、ケルベロスはその過程でチート転生者の手首の影響を受けてしまうのだよ」
カムラの説明によると。
チート転生者の手首から漏れ出る邪悪な力。
これによりケルベロスは、チート転生者の眷属として生まれてしまう。
しかもチート転生者の性格の影響も受けているので凶暴になる。
生まれたばかりのケルベロスの黒い色。
それはチート転生者のドス黒い性格が現れたモノらしい。
「だが進化によってチート転生者の影響から、少しずつ脱却するようになる。すなわち黒い毛に白い毛が混ざったグレー・ケルベロスがそうだ。そして黒い毛が更に少なくなると毛皮が銀に輝くシルバー・ケルベロスに、黒い毛がなくなるとゴールド・ケルベロスに、最後には純白になりプラチナ・ケルベロスとなる」
つまり銀ケルベロスとなった時点でチート転生者の影響から脱却。
そして、その時点で自我に目覚めるらしい。
「私は神霊力によってケルベロスからチート転生者の邪悪な力を浄化して、眷属から解放しているんだよ」
そう口にしたカムラに、ラファエルが付け加える。
「そしてカムラさんは、自我に目覚めたケルベロスが生活して行けるように尽力してるのですよ。井戸を掘って水路を作り、農作物を育て、家畜を殖やして、ね」
「それって口で言うほど簡単な事じゃないよな?」
和斗の質問に、ラファエルが真剣な顔で頷く。
「はい。荒野だけが広がる第3圏で井戸を掘り、その水を有効に使う為に長大な水路を築くだけでも何年もかかりました。でも、ここからが本番でした。水路の水を使って作物を育て、家畜を飼育し、自我に目覚めたケルベロスが食べ物に困らなくなるまで40年もの年月が必要でした」
「何でそこまで? 自我に目覚めさせるダケでイイんじゃないか?」
という和斗の言葉に、今度はカムラが答える。
「自我に目覚めただけで、幸せに生きていけるワケじゃない。そして自我に目覚せた以上、最低限のコトは用意してやりたい。それが水と食べ物だ」
何の迷いもなく言ってのけるカムラに、和斗は疑問をぶつけてみる。
「しかしケルベロスってのは、タカが魔獣じゃないのか? なんでそこまでやるんだ? 神霊力で浄化するのも、井戸を掘るのも生活基盤を整えるのも、とんでもなく大変な事だろ?」
「空腹の猛獣が人を襲うのなら、私は何もしなかった。でもケルベロスが凶暴なのはチート転生者の影響によってであって、彼らの意思じゃない。なのに、その所為で『苗植え』の練習相手として殺されている。それじゃあ、あまりにケルベロスが可哀そうじゃないか」
ケルベロスが可哀そうだから。
それだけで、40年も努力してきたという。
そんなカムラを、和斗は心の底から尊敬した。
だから和斗は。
「そうですか。カムラさんは立派な方なのですね」
言葉使いを改めたのだった。
と、そこでリムリアがカムラに尋ねる。
「ところでケルベロスの浄化って、どうやるの?」
「可能な限りケルベロスに近づいて、神霊力を浴びせる。それだけだよ」
「でも、そんなコトしてたらケルベロスに襲われるんじゃないの? カムラの戦闘力って人間並み程度しかないよう見えるケド、大丈夫なの?」
リムリアの質問にカムラではなくラファエルが答える。
「大丈夫ですよ。カムラさんは至高神様の御力で守られていますから」
「至高神に?」
「そうです。正確に言えば、至高神様によって与えられた神霊力の防御フィールドによって守られているのです」
「それって強力……なんだよね?」
リムリアの疑問に、ラファエルは余裕に満ちた笑みを浮かべた。
「試してみれば分かります」
その答えを聞くなりリムリアは。
「分かった」
そう口にすると同時にカムラを殴りつけた。
ちなみに今のリムリアのステータスはマローダー改の10%。
すなわち。
最高時速 35万 キロ
重量(質量) 750万 トン
防御力(鋼鉄相当) 300万 キロメートル
その威力は、1つの星を滅ぼすほどの破壊力を持つ。
のだが。
ぶにゃ。
妙に柔らかい感触と共に。
「あれ?」
リムリアの拳はカムラの手前5センチで止まった。
「どうです、これが至高神様の……」
ラファエルが、まるで自分の事のように自慢げに語ろうとするが。
「や! た! えい! とりゃ!」
リムリアは聞く気ゼロといった様子で、カムラに何発も拳を叩き付ける。
そして30発以上も殴りつけた後。
「へえ、至高神って凄いんだね」
やっと手を止めると、賞賛の声を上げた。
「ボク、全力で殴ったのにビクともしないや」
リムリアの拳は、直撃すればカムラを跡形もなく消滅させる威力があった。
が、その威力で攻撃されたにもかかわらず。
「至高神様のお力ですから当たり前です」
カムラは仏様のように穏やかな笑みを浮かべていた。
しかし内心、全く歯が立たなかったのが悔しかったのだろう。
リムリアがカムラに尋ねる。
「ねえ、じゃあカズトだったら、ううん、マローダー改でも平気なのかな?」
「それは……」
カムラが何かを言いかけるが、それよりも早く。
「もちろんです」
ラファエルが即答した。
と同時にリムリアが、和斗にキラキラした目を向ける。
「ってコトだからカズト! 試してみようよ!」
「そうだな」
和斗は少し考えてから、カムラに向き直る。
「カムラさん、俺も試してイイかな?」
「神の力を試す、という事は良い事ではないけれど、どうやら不遜な考えで試そうとしてるワケじゃなさそうだね。なら至高神様も許してくれるんじゃないかな」
至高神の力を試したい、と言うのとはちょっと違う。
どれ程の力がカムラを護ってるか、を知りたい。
そんな思いで、和斗は。
「装鎧」
マローダー改を身に纏うと。
「じゃあカムラさん、いきますよ」
まずは軽い1撃を放った。
その威力はマローダー改の1割程度、つまりリムリアの全力くらいと攻撃だ。
もちろんリムリアの拳を防御できるのは分かっている。
しかし本当にカムラを全力で攻撃してイイのか、この1撃で計るつもりだ。
という和斗の攻撃は。
ぶにょん。
リムリアの拳と同様、柔らかな感触と共に防御されたのだった。
空手の稽古に、試し割りというモノがある。
レンガやブロック、自然石を拳や手刀や蹴りなどで叩き割る修練だ。
この試し割りを数多く繰り返すと。
手に取っただけで、割れるかどうか分かるようになる。
その経験から和斗は、本気で攻撃してもカムラに危害は及ばないと確信した。
「では、本気で攻撃させてもらいますね」
「ああ、いつでもいいよ」
和斗はカムラが頷くのを確認すると。
「しッ!」
全力の正拳突きを放ったのだった。
2021 オオネ サクヤⒸ