第百十五話 オレ達と取り引きしないか?
ラファエルの『通話の指輪』からティアの不安そうな声が響く。
『ケルベロス一家が店を取り囲んでいるんです! まだ被害を受けたワケじゃないんですけど、何かされたらと思うと……』
「分かり……」
ラファエルが返事をしようとするが、それよりも早く。
「直ぐに行く」
和斗は通話の指輪にそう答えると、ラファエルに鋭い目を向けた。
「ティアの店に転移してくれ」
「了解です」
ラファエルが、そう口にした瞬間。
和斗とラファエルは、ティアの店の前に立っていた。
と同時に和斗はティアの店がまだ被害を受けてないコトにホッとする。
が、安心できる状況でもなさそうだ。
店を取り囲んでいるのはケルベロスの獣人。
数は……24匹だ。
その殆どの毛並みは銀色だが、1匹だけ金色のケルベロスがいる。
多分、こいつが群れを率いているのだろう。
と、そこに。
「おい、取り込み中だ。この店に用があるのなら出直した方が身の為だぜ」
1匹の銀色のケルベロスの獣人が、唸り声を上げて威嚇したきた。
そんな敵意まるだしの銀ケルベロスに、和斗は一応、確認してみる。
「この店に何をする気だ?」
「ああ!? テメェにゃカンケーねぇだろうが!」
牙を剥く銀ケルベロスに、和斗は平然と言い返す。
「1億ユルもするエンブレムを注文してるんだ。関係ないとは言わせない」
その言葉に銀ケルベロスが目を細める。
そして銀ケルベロスは。
「オマエがそうか」
そう呟くと、金ケルベロスに向かって大声をあげる。
「アニキ、いやしたぜ!」
「ん? ソイツか? 1億もの注文を出したのは」
金ケルベロスは和斗を暫く見つめた後。
「おい。オレ達と取り引きしないか?」
そう切り出してきた。
「兄ちゃんよぉ。こんなチンケな店よりオレ達が仕切る店の方が、ずっとイイ品物を用意できるぜ」
金ケルベロスが甘ったるい声を漏らす。
「どうだ、兄ちゃん? もちろん買う買わないは、商品を見てからでいい。ちょっとでイイから見に来ないか?」
「ふむ。どうするかな」
考え込むフリをする和斗を銀ケルベロスが取り囲む。
「とにかく見に来たらいいじゃねぇか」
「そうそう、見るダケならタダなんだしよ」
「損はさせないぜ」
「さ、行こうぜ兄ちゃん」
1匹を銀ケルベロスが和斗の肩に馴れ馴れしく手を置いた、その時。
「ダメですよ!」
ティアが真っ青な顔で、店から飛び出してきた。
「ついて行ったらクズ装備を無理やり売りつけられてしまいます!」
なるほど。
そういうコトなら話は早い。
和斗は心の中でほくそ笑むと、ティアに笑顔を向ける。
「ティア、俺なら大丈夫だ」
そして和斗は笑みを不敵なモノに変えて金ケルベロスに視線を向けた。
「じゃあティアの店より『ずっとイイ』商品とやらを見せてくれ」
「おう、まかせとけ。じゃあ付いてきな」
歩き出す金ケルベロスの後を追いながら、和斗はティアに微笑む。
「心配いらない。それより土産話を楽しみにしててくれ」
「は? は、はい……」
和斗は、不安と困惑が入り混じった顔のティアにもう1度微笑むと。
「ラファエルはどうする?」
ラファエルに視線を向けた。
「一緒に来てもイイし、ティアの店で待っててくれてもいい」
「いえ、同行させてもらいますよ。万が一に備えて」
ラファエルの答えに、和斗の目が鋭い光を放つ。
「万が一? ケルベロスの獣人って、そんなに強いのか?」
和斗が負ける可能性もある、と言っているのだろうか?
と警戒する和斗に、ラファエルが苦笑する。
「いえいえ逆です。カズトさんの攻撃で辺獄に被害が出てしまうようなら一般市民を守らなければなりませんから」
「……オレはテロリストじゃないぞ。周りを巻き込むようなムチャはしない」
不機嫌になる和斗にラファエルが溜め息をつく。
「カズトさんは神霊力の使い方を学び始めたばかりです。つい大き過ぎる力を発揮してしまう事だって、ないとは言い切れません。でしょう?」
微笑むラファエルに、今度は和斗がため息をつく。
「そうだな、絶対はないか。ならラファエル。フォローは頼む」
「はい、任されました」
「宜しく」
和斗はラファエルに頷いてから、獰猛な顔で呟く。
「さぁて、面白そうな展開になってきたな」
そして金ケルベロスの後ろを歩くコト3分。
「さあ、ここがオレ達の店だ」
到着したのは立派な造りのビルだった。
3階建てのビルで、その1階が店になっている。
店の入り口は広く、店内も明るい雰囲気だ。
メインストリートに並ぶ店の中でも立派な方に入るだろう。
しかし。
並んでいる宝飾品は、三流品以下の粗悪品ばかり。
ティアの店のモノとは比べ物にならない。
「この程度か」
という和斗の呟きを聞きつけた金ケルベロスが、わざとらしい笑みを浮かべる。
「ココに置いてあるのは廉価品ばかりさ。本当の高級品は、2階の特別室で販売してるんだ。こっちだ」
金ケルベロスは1階奥の階段に向かった。
それに続いて和斗とラファエルが2階に上がると。
「ここだ」
金ケルベロスは、分厚い鉄扉を開いて中に入った。
和斗とラファエルも後に続いて中に入ると。
そこはガッシリとした造りの部屋だった。
広さは10メートル四方くらいで、大きなショーケースが幾つも並んでいる。
金ケルベロスは、そのショーケースの1つの前に立つと。
「さあ、これが買ってもらいたい商品だ」
大げさに両手を広げてみせた。
「そうか、見せて貰おう」
和斗がショーケースを覗き込んでみると。
並んでいるのは、2流の宝飾品だった。
まあ、確かに1階の3流品よりマシだからウソは言ってない。
……なワケあるか!
「ティアの店より『ずっとイイ』商品があるんじゃなかったのか?」
和斗は金ケルベロスに尋ねた。
その声は淡々としたもので、そこには何の感情も読み取れない。
が、リムリアだったら、直ぐに分かったハズだ。
和斗の言葉から感情が読み取れなくなるのは、暴れる前だと。
しかし金ケルベロスに、そんなコト分かるワケない。
だから。
金ケルベロスは、人生最大の失敗をやらかしてしまう。
「ああ、ずっとイイ商品だぜ。なあにしろ3億もするんだからな。じゃあ、さっそくお買い上げ願おうか。1億を前払いで渡すくらいだから、金なんか腐るほど持ってるんだろ」
そう。
和斗を脅してしまったのだ。
「金か? 確かに腐るほど持っているな。しかし、そんな2流品が3億なんてボリ過ぎだろう」
そう答えた和斗の背後で。
ズズゥン。
重々しい音を立てて、鉄扉が閉められた。
そして金ケルベロスは。
「さあ、これで逃げる事は、出来なくなっちまったなぁ」
ユックリと鉄扉の前に移動すると。
「大人しく3億払うか、痛いメに遭うかの2択だ。いや大人しく払うか痛い目に遭って払うかの2択かな。どちらにして金を払うコトになるんだから、大人しく金を出す方が得だぞ」
更に脅してきた。
「3億でカンベンしてやるって言ってんだ。さっさと出せや」
牙を剥く金ケルベロスに、和斗はニヤリと笑う。
「いや、オマエ等をボコボコにする、って選択肢もあるぞ」
「ああん!?」
和斗の一言で金ケルベロスの顔色が変わった。
そして。
「おいおい、それを口にしちまったか。素人にナメられちゃ、この世界じゃやっていけないんだよ。こうなったらケルベロス一家の恐ろしさを教え込むしかなさそうだな……覚悟しろ!」
金ケルベロスは一声吼えると、和斗に襲いかかって来た。
そんな金ケルベロスに、和斗は。
「ま、そうなるだろうな」
小さく呟きながら右の拳を突き出した。
その拳はカウンターで金ケルベロスを捉えると鉄扉に叩き付け。
ドッカァン!
分厚い鉄扉ごと金ケルベロスを吹き飛ばした。
と、そこで。
――ゴールド・ケルベロス 1匹
を倒しました。
経験値 300万
スキルポイント 300万
オプションポイント 300万
を手に入れました。
サポートシステムの声が響いた。
「あれ? 確か3つの頭を同時に潰さないと倒せないんじゃなかったっけ?」
和斗がそう呟きながら、改めて目をやると。
金ケルベロスは、頭どころか全身がグシャグシャになっていた。
「突撃に合わせて拳を置いただけなのに、体ごと頭の潰してしまったのか。想像以上に弱いな」
呟いてから、和斗は気が付く。
そういやワーウフルロードの経験値は10万だった。
対して金ケルベロスの経験値は300万。
かつて死ぬほど苦戦したワーウフルロードより遥かに強い。
「そんなゴールド・ケルベロスを、なにげなく倒せるほど強くなったのか。マローダー改のお蔭だな」
改めて和斗がマローダー改に感謝していると。
「スゲェ音だったぞ!」
「何が起こったんだ!?
「アニキ、無事ですかい?」
銀ケルベロスが集まってきた。
そして倒れている金ケルベロスに駆け寄ると。
「アニキ!?」
「まさか……死んでる?」
「何が?」
金ケルベロスが死んでいる事に気付いた。
そして銀ケルベロス達は。
「キサマがやったのか?」
「このヤロウ!」
「よくもアニキを!」
「生きて帰れると思うな!」
和斗に怒りに燃えた目を向けると、一斉に襲いかかってきた。
その数は27。
しかも、物凄い速度で襲いかかって来たのだが。
「うわ、遅!」
時速105万キロ=マッハ850超の和斗にとって、止まっているも同然。
だから和斗は余裕で27匹の銀ケルベロスを、チョンチョンと指先で弾いていった。
それだけで。
『きゃいん!』
銀ケルベロスは壁に叩き付けられて動かなくなった。
と同時にサポートシステムが告げる。
――シルバー・ケルベロス 27匹
を倒しました。
経験値 2700万
スキルポイント 2700万
オプションポイント 2700万
を手に入れました。
和斗は、その声を聞きながら部屋の外に出た。
そこには数匹の銀ケルベロスがいたが。
「ひ!」
「わ!」
「あわわわ……」
『きゃいぃぃん!』
和斗と目が合った瞬間、何度も転びながら逃げ出した。
「ふん。逃げ出す姿は犬だな」
逃げていく銀ケルベロスを眺めながら和斗はラファエルに視線を向ける。
「どうだ? 辺獄に被害なんか出さなかったぜ」
「そうですね。自重して下さってありがとうございます」
ラファエルが、大げさに頭を下げるがそこで。
「ちくしょう、覚えてろ!」
逃げていく銀ケルベロスの1匹が叫んだ。
「ケルベロス一家を敵に回した事、絶対に後悔させてやるからな!」
そんな脅し文句に。
「どこの世界の捨てゼリフも、変わらないな」
和斗は苦笑いを浮かべる。
単なるチンピラの決まり文句だ。
気に留める必要などない。
という判断を後悔する事になるなんて、和斗は考えもしなかった。
2021 オオネ サクヤⒸ