第百十二話 実習といえば、地拵えに決まってます
煉獄力を押し返す事が出来るようになった和斗は。
「そういやラファエル。リムもヒヨもキャスも、高いレベルで煉獄力を押し返す事が出来るようになったのか?」
さっそくラファエルに尋ねてみた。
煉獄力を感じる事では負けたかもしれない。
でも押し返す事なら自分の方が凄いのでは。
と期待した和斗だったが。
「もちろんリムリアさんもヒヨもキャスも凄い量の煉獄力を押し返せるようになってますよ。優秀な人ばかりですね」
「あー、そうですよねー」
ラファエルの答えは期待通りではなかった。
しかし。
「とはいえ量や鋭さに欠けるので、もう少し修行が必要でしょうね」
ラファエルは思いもしない言葉を付け加えた。
「鋭さ?」
反射的に聞き返した和斗にラファエルが続ける。
「インフェルノでの訓練は全てコキュートスで林業作業を行う為のもの、というのは説明したと思いますが、当然ながら林業の手順に従って必要とされる能力を身に付けていきます」
ラファエルによると。
林業とは大まかに言うと、こんな手順で作業を進めていくらしい。
1 地拵え = 木の苗を植える邪魔となる木や草を全て除去する。
2 苗植え = 木の苗を植える。
3 草刈り = 苗の成長を邪魔する雑草を刈り取る。
4 枝打ち = 木が育つ過程で余分な枝を切り落とす。
5 間伐 = 成長の悪い木を間引き、木々の間隔を調整する。
6 伐採 = 十分に育った木を斬り倒す。
7 搬出 = 伐採した木を運び出す。
「という事で、今訓練しているのは、この1番目の作業である『地拵え』に必要な技術です。つまり邪魔な草木を神霊力で一掃する為の」
「俺が元いた世界じゃ草刈機とチェーンソーでやってた事だな」
つまり日本では。
雑草を草刈機で刈り取り、木はチェーンソーで斬り倒していた。
こうして出来た更地に苗を植えるのだが。
「コキュートスでそんなノンビリした事をしていたら、あっと言う間に植物系モンスターの餌食になってしまいますよ」
「そういやそうだったな」
和斗はコキュートスで目にした光景を思い出す。
襲いかかってくるモンスター相手に日本の林業が通用するワケがない。
「つまり襲いかかってくるモンスターを一掃できるレベルまで神霊力を操れるようになる。これが第2圏でマスターすべきコトなんだな?」
和斗の言葉にラファエルが頷く。
「その通りです。植物系モンスターを押しとどめるだけの量の神霊力を放つ。そして放つ神霊力に、モンスターを切断できるだけの切れ味を持たせる。これを達成する為の訓練施設が、このインフェルノの第2圏です」
「最初の訓練にしては、かなりハードルが高いな」
「はい。ひょっとしたら初心者にとって最大の難関は、この第2圏なのかもしれません。第2圏を卒業する最短記録は94日でしたから」
「ってコトは、俺の神霊力の習得が遅いんじゃなくて、リムやヒヨやキャスが凄く優秀だったダケだったのか?」
おもわず声が大きくなってしまう。
リムリアやヒヨやキャスが半日で神霊力を感じ取れるようになったと聞いた時。
正直に言って、和斗はかなりの焦りを感じていた。
もちろん出来ないならば出来るまでやる決心ではいた。
人を羨んでても、何にもならない。
人より劣っているのなら稽古の量で乗り越える。
それが、和斗が空手でやってきた事だからだ。
しかしそれでも。
自分の能力は、自分で思っていたよりズット低いのでは?
という劣等感は、常に心の片隅にあった。
が、最短記録でさえ94日だったとは。
くそ、焦る必要なんてなかったんじゃねぇかよ!
などと和斗が心の中でブツブツ文句を言っていると。
「これなら直ぐにでも取りかかれそうですね」
ラファエルがアッサリと言ってのけた。
「取り掛かる? ナニイ?」
まだ不満が残る和斗が、不機嫌な顔で聞き直すと。
「おや、忘れたのですか? この第2圏は林業作業の地拵えの為の訓練場所なんですよ? だから実習といえば、地拵えに決まってます」
またしてもラファエルは、アッサリと言ってのけたのだった。
そしてラファエルはリムリア、ヒヨ、キャスを呼び集めると。
「では地拵えの実習に出発しますよ」
そう言うなり魔法陣を発動させた。
と同時に視界が一瞬で替わり。
和斗達4人は、コキュートスへと転移したのだった。
「っていきなり過ぎじゃない!?」
リムリアが、トス! とラファエルの胸を突っつく。
「ブラックタワーをクリアした戦士でさえ手こずるんでしょ? それをたった2日修行しただけ実習なんて無茶じゃないの!?」
まくし立てるリムリアを気にもせず、ラファエルは。
「大丈夫です。アナタ方はもう十分に地拵えを行う実力を身に付けました。それに失敗したって何の問題もないので、気楽にチャレンジしてください」
と、ノホホンと言ってのけた。
そんなラファエルに。
「まあ、そういうコトなら」
リムリアは気の抜けた返事を返すと、コキュートスへと向き直る。
どうやら最初に来た場所とは違う場所のようだ。
改めて見渡すと、遥か遠くまで平野が広がっている。
ラファエルによると、この平野は日本5つ分くらいの面積がある、との事。
その広大な平野の全面に、雑草が生い茂っているらしい。
もちろん雑草といっても植物系モンスターだ。
食虫植物とムカデを混ぜ合わせたような姿をしている。
高さは2メートルほど。
それほど大きくはないが、足を踏み入れたら一斉に絡み付いてくるらしい。
その植物系モンスターを指差してラファエルが説明を口にする。
「キラー・ウィードにマーダー・ウィードにパンデミック・ウィード。この3種がコキュートスに生えている雑草の中ではポピュラーなモノです」
確か経験値は、こうだった。
キラー・ウィード 5万
マーダー・ウィード 20万
パンデミック・ウィード 50万
つまり、どのモンスターも単体なら驚異ではない。
しかし雑草だけあって、物凄い数が生い茂っている。
その無数の雑草が絡み付いてくるのだから十分に驚異だろう。
確かに1本1本の戦闘力はザコ同然だ。
しかし群れ全体が1つになって襲いかかってきたら、とんでもない戦闘力になる。
苗を植える為の更地を作る作業。
それが林業の地拵えだ。
つまりこの林業の第1段階ですら、とんでもない戦闘力が求められる。
これがコキュートスでの林業作業らしい。
「とんでもないな」
思わず呟いた和斗に、ラファエルが苦笑する。
「とんでもないのはカズトさんですよ」
「俺が?」
キョトンとなる和斗に、ラファエルが平野を指差す。
「神霊力を研ぎ澄まして放ってごらんなさい。それでカズトさんが、どれほど規格外か分かりますよ」
「?」
ワケが分からないが、それでも和斗は第2圏での訓練を思いだしながら。
「ぬん!」
右手に神霊力を集めると、刃の形を連想しながら放った。
すると。
ドパァァァァァァァ!!!
和斗の神霊力は、10キロ四方を更地にしたのだった。
が、リムリアが冷めた声を漏らす。
「コレのどこが規格外なの? カズトならこれくらい楽勝なんだけど」
その言葉にラファエルが首を横に振る。
「リムリアさん、忘れたのですか? この平野を覆っていたのは経験値5万のキラー・ウィードだったのですよ。当然ながら、そのレベルに相当する防御力を持っています。その防御力に守られている土地を吹き飛ばすには、とんでもない攻撃力が必要となるのですよ」
ラファエルに言葉に、リムリアはニマッと笑う。
「うん、それくらい分かってる。ボクが言いたいのはカズトが本気出したら、この10倍以上の力を発揮できるだろうな、ってコト」
「え!?」
ラファエルはリムリアの言葉に一瞬、硬直した後。
「そ、そうなんですか!?」
和斗に詰め寄った。
「あ、ああ。多分」
和斗はそう答えたが、その時。
――キラー・ウィード 4231387匹
を倒しました。
経験値 2115億6935万
スキルポイント 2115億6935万
オプションポイント 2115億6935万
を手に入れました。
そして。
パラパパッパッパパーー!
パラパパッパッパパーー!
パラパパッパッパパーー!
パラパパッパッパパーー!
パラパパッパッパパーー!
パラパパッパッパパーー!
パラパパッパッパパーー!
パラパパッパッパパーー!
ファンファーレが8回も響き渡り。
――累計経験値が2000億を超えました。
装甲車レベルが114になりました。
最高速度が350万キロになりました。
最高速度到達までの加速時間が0秒になりました。
今後、最高時速到達時間は表示されません。
質量が7500万トンになりました。
装甲レベルが鋼鉄3000万キロメートル級になりました。
ⅯPが112万になりました。
装鎧のⅯP消費効率がアップしました。
1ⅯPで170秒間、装鎧状態を維持できます。
サポートシステムが操作できるバトルドローン数が750になりました。
ドローンのレベルアップが第16段階まで可能となりました。
神霊力が恒星100万個級になりました。
耐熱温度 70兆 ℃
耐雷性能 7000京 ボルト
になりました。
和斗とリムリアの脳内にサポートシステムの声が響き。
そしてマローダー改はとんでもなくステータスアップしたのだった。
「へえ。マローダー改とは別行動してるのに、マローダー改がレベルアップするなんてヘンな気分だね」
複雑な顔のリムリアに、和斗は苦笑する。
「最初の頃、銃でゾンビを倒してもマローダー改はレベルアップしてただろ? それと同じじゃないか」
「あ、そっか」
和斗は、ペシッと額を叩くリムリアから視線を移すと。
「久しぶりにレベルアップしたけど、1度に8もレベルが上がるなんて、初めてのコトだな」
更地になった10キロ四方を眺めながら呟く。
「キラー・ウィードの経験値は5万だから、大して経験値は稼げないと思ってたけど……雑草だけあって数が物凄いから、獲得経験値も物凄いな。たった1撃で、今まで得た経験値の10倍近い経験値が手に入るなんて思いもしなかったぜ」
そう呟く和斗に、リムリアが弾んだ声を上げる。
「ねえカズト。これでもしコキュートスで本格的に林業を行ったら、どれほどレベルアップするんだろ?」
「そうだな……」
その言葉に和斗は考え込む。
今倒したのは、コキュートスでは最弱のキラー・ウィードだ。
しかも、たった10キロ四方に生えていた数を倒しただけ。
そしてラファエルによると、コキュートスの広さは日本の5倍。
加えて、もっと強いモンスターで溢れ返っている。
そのモンスターを倒していったとしたら。
獲得経験値は天文学的な数値になるコトだろう。
そう考えると。
「ナンか体が震えてきたな」
そう。
和斗は震えが止まらない程、ワクワクしてきた。
もうステータスに現実感がない。
レベルアップしたって、どれ程強くなったのか理解できない。
それでも大幅レベルアップするだろう、という予感にドキドキする。
そんな和斗の興奮に気が付いたのだろう。
「ねえカズト。神霊力の訓練を受けるだけと思ってたけど、ちょっと楽しくなってきたね」
リムリアが楽し気な声を上げた。
が、直ぐに真顔になる。
「ねえカズト。これってカズトが前に言ってた、チート転生者ってのとの戦いの為に、至高神が何か企んだのかな」
「む」
リムリアに言われて、和斗は初めてその可能性に気付く。
「そう言われてみたら、そんな気がしてきた」
和斗は顔を曇らせるが、そこで。
「当たり前でしょう。今さら何を言ってるんです?」
ラファエルが、とんでもない事をサラリと言ってのけたのだった。
2021 オオネ サクヤⒸ