第百十話 コキュートス
「では、改めてインフェルノの説明をしましょう。インフェルノは第1圏から第9圏までの9つの層で構成されています。第1圏が1番上で、第9圏が1番底深い場所になります。そして第1圏が辺獄。林業師が暮らす街です。第2圏から第8圏までが神霊力の訓練場所となります」
そこで僅かに表情を厳しくしてからラファエルが続ける。
「そして第9圏のコキュートス。ここが林業作業の現場です。このコキュートスを見て貰えば、林業がどれほど困難なものか理解してもらえるでしょう。では第9圏に向かいます」
そしてラファエルは、転移の魔法陣を作動させた。
こうしてコキュートスに転移するなり。
「こ、これがコキュートス?」
「って、これって林業って言えるの?」
和斗とリムリアは、思わず呟いた。
まるで嵐の海のように波打つ草原。
竜巻のように集まって攻撃してくる茂。
津波のように迫りくる植物の塊。
物凄い勢いで枝を振り回す大木。
山のように大きな木の怪物。
岩すら打ち砕きながら前進してくる、手足の生えた木。
周りのモノ全てをなぎ倒しながら猛進してくる巨木。
大蛇やヒドラにしか見えない植物。
いや、ドラゴンのようなモノすらいる。
そんな植物だかモンスターだか分からないモノと、人間が戦っていた。
というより簡単に薙ぎ払い、斬り倒している。
きっと彼らが林業作業なのだろう。
「おっきな木が沢山ですぅ!」
能天気な声を上げるヒヨを肩車しながら、キャスが冷静に説明を口にする。
「キラー・ウィード、マーダー・ウィード、パンデミック・ウィードにバトル・トレント、ギガント・トレント、ストレングス・トレント、バーバリアン・トレントに、バイパー・プラント、ヒドラ・プラント、ドラゴン・プラント。全て植物系モンスターの中でも霊的超越種ばかりです」
「ナニ言ってるか分かんないんだけど!」
反射的にツッコむリムリアに、ラファエルが説明を引き継ぐ。
「コキュートスで大量発生している超強力な植物系モンスターです」
「超強力って、どれくらい?」
というリムリアの問いに。
「そうですね。カズトさんやリムリアさんに分かり易いように取得経験値に転換すると、コキュートスに出現するモンスターはこんな感じでしょうか」
ラファエルがどこからか、一覧表を取り出す。
それには。
バトル・トレント 800万
ギガント・トレント 1600万
ストレングス・トレント 2500万
バーバリアン・トレント 6000万
バイパー・プラント 500万
ヒドラ・プラント 3000万
ドラゴン・プラント 7000万
キラー・ウィード 5万
マーダー・ウィード 20万
パンデミック・ウィード 50万
ビーストウッド
カイーナ・ランク 5000万
アンテノーラ・ランク 1億
トロメーア・ランク 2億
ジュデッカ・ランク 5億
と記入されていた。
「なに、この強さ! ブラックタワーをクリアした程度じゃ勝てないヤツが大半じゃん!」
叫ぶリムリアに、ラファエルが当然とばかりに答える。
「そうですよ、ブラックタワーをクリアした時点の強さは、1000万相当でしかありません。だから第2圏から第8圏で、神霊力の訓練を受けるのです。言ったでしょう? インフェルノは林業師を訓練する場所だと。それはつまりブラックタワーをクリアした者でも、神霊力の訓練をしないと役に立たないからです」
「ま、たしかに聞いたけど……」
リムリアは、林業師に視線を移した。
竜巻のように迫りくる植物の塊を剣圧でバラバラにする者。
襲いかかってくる草の津波を剣の1振りで薙ぎ払う者。
ブォン! と枝を振り回す大木を一刀両断する者。
樹高50メートルはありそうな動く木を、盾の1撃で打ち砕く者。
ヒドラやドラゴン形の植物を、とんでもない剣速で切り刻む者。
とんでもない迫力なので、そうは見えないが。
やっている事は、確かに伐採作業。
林業の範疇といえなくもない……ような気がする。
そんな林業作業士の伐採作業に。
「これがブラックタワーをクリアした戦士達が、神霊力を操れるようになった時の戦闘力なんだね。ってコトは、神霊力をマスターしたら、ボクもこんな戦いが出来るようになるってコト?」
リムリアが目を輝かせている。
よく考えたらリムリアは今まで、銃で戦った事しかない。
後は力任せに殴ったくらいか。
だからリムリアは林業作業士の華麗な伐採作業に見とれてしまっていた。
鍛え抜き、修行を重ねて極めた技に。
そんなリムリアに、ラファエルが微笑む。
「はい、リムリアさんも出来るようになりますよ。というか彼らなど足元にも及ばない戦闘力を発揮するようになるでしょうね。なにしろ元々の戦闘力が桁違いですから」
そこでラファエルは和斗に視線を向ける。
「まあカズトさんなら神霊力なしでも、これらの植物系モンスターを全滅させる事が可能でしょうけど」
そしてラファエルは、モンスターに視線を移す。
「コキュートスという所は、先に進めば進むほどモンスターは強力になっていきます。そして最強レベルのモンスターの体を構成しているのが天上鋼。つまり天上鋼とは最強モンスターから手に入る素材なのです」
「それってつまり、林業師は神霊力によって天上鋼を斬り裂いて戦ってるってコト?」
リムリアの質問に、ラファエルが頷く。
「その通りです。技も見事ですが、神霊力を操る事により普通の剣でも天上鋼を斬る事が可能となるのです。ちなみにティアさんが天上鋼を加工できるのも神霊力によるものです。モンスターを倒す事は無理ですが、細工するくらいの神霊力は操れますから」
「ヒヨも出来るですぅ?」
ニコニコしながら声を上げたヒヨにも、ラファエルは頷いてみせる。
「はい、ヒヨも神霊力が使えるようになります」
「やったーですぅ!」
そしてラファエルは、万歳するヒヨを肩車したキャスに目をやった。
「もちろんキャスさんも。なにしろキャスさんはルシ……ゲフンゲフン、ああ、ええ~~と、そ、それよりも皆さん、そろそろ辺獄に戻りましょうか」
ラファエルは無理やり話を変えると、人差し指を立てる。
そして和斗達の足元に魔法陣が出現したかと思ったら。
「元の場所ですぅ!」
ヒヨが大声を上げたように、和斗達はティアの店の前に戻っていた。
「では辺獄巡りを続けましょう!」
テンション高く声を上げるラファエルに、リムリアが和斗をつつく。
「ねえカズト。ラファエル、どしたのかな? ナンか誤魔化してる感がハンパないんだけど?」
というリムリアの言葉に和斗が答える前に。
「い、イヤですね。何も誤魔化してなんかないですよ。お、おお~~と、アレを見てください! あれが辺獄に7つあるアンダーグラウンド組織の1つ、ウェポンタイガー一家の組事務所です!」
ラファエルが4階建てのビルを指差した。
ビル自体に変わったところはない。
が、殺気だったウェポンタイガーの獣人が出入りしているからだろう。
いかにも犯罪組織のアジトという雰囲気が漂っている。
そんなビルを暫く眺めてから、リムリアはラファエルに向き直る
「そういやラファエル。さっき7つって言ったよね? 他にどんな犯罪組織がいるの?」
「それはですね……」
ラファエルの説明によると。
ウェポンタイガーが主な構成員の、ウェポンタイガー一家。
ケンタウルスが主な構成員のケンタウルス一家。
アーマーミノタウルスが主な構成員の、アーマーミノタウルス一家
ケルベロスが主な構成員のケルベロス一家
ヒドラが主な構成員のヒドラ一家。
グリフィンが主な構成員のグリフィン自衛団。
ゴーゴンが主な構成員のゴーゴン連合。
これが辺獄で縄張り争いをしている、7つの組織らしい。
「アーマーミノタウルス、ウェポンタイガー、ゴーゴン、ケンタウルス、グリフィン、ケルベロスにヒドラの組織かぁ。でも、ケンタウルスがアーマーミノタウルスと縄張り争いなんて出来るの?」
ケンタウルスと戦った事はない。
しかし見たコトくらいある。
その時の印象から考えると、ケンタウルスから得られる経験値は30くらい。
対してアーマーミノタウルスから得られる経験値は4000。
ケンタウルスが縄張り争いできる相手とは思えない。
というリムリアの疑問に、ラファエルがコクリと頷く。
「そうですね、普通ならケンタウルスがアーマーミノタウルスと縄張り争いを繰り広げる事など不可能です。しかしインフェルノで生まれたモノは特別な進化をする場合があるのです。例えばケンタウルス一家の構成員は、馬の部分がスレイプニルであるオクトケンタウルスなのです」
スレイプニルとは8本の脚を持つ馬だ。
普通の馬より二回りほど大きいが、その戦闘力は桁違い。
バトルミノタウルス程度なら簡単に蹴り殺す。
そのスレイプニルが馬部分のケンタウルスなら。
アーマーミノタウルス相手でも十分に戦えることだろう。
「これは他のファミリーでも言えるコトです。首が3つあるトライヘッドグリフィンとか、髪の毛が蛇ではなくドラゴンのグレートゴーゴンといった、特殊進化を遂げたモノも少なくないのですから」
「つまり、どのファミリーが1番強いか分からないってコト?」
「はい。そして特殊進化する個体が最近増えてきたのも、縄張り争い激化の一因でしょうね」
「いっそのコト、全面戦争させたら?」
名案でしょ、と言わんばかりのリムリアにラファエルが苦笑する。
「止めてください。それで1番の被害を受けるのは、一般市民です」
「それもそっか。じゃあ1番強い組織が、さっさと他の組織を配下に置いてくれたらイイのにね」
「大きな抗争なしでそうなるのなら大歓迎なのですけれど、そう上手くはいかないでしょうね。実際のトコロ『団栗の背比べ』状態。頭1つ飛び抜けた力を持つ組織は、ありませんから」
「ふーん」
どうやら話に飽きたらしい。
リムリアは気のない返事を口にすると。
「あ、アレなに!?」
屋台を指差したかと思うと、駆け出した。
焼き鳥のような食べ物を売っている屋台だ。
美味しそうな匂いが、ここまで漂ってきている。
「わあ、これ美味しそう!」
はしゃいだ声を上げてるリムリアに、和斗は溜め息をつくと。
「すまないな」
ラファエルに声をかけた。
「悪気はないんだけど、たまに子供みたいな行動をするんだ」
苦笑を浮かべる和斗にラファエルも苦笑を返す。
「ドラクルの一族の中では、まだ子供だという事は分かっていますから気にしていませんよ。むしろ楽しんでいただけているのなら本望です」
と答えたラファエルだったが。
その後ろではヒヨがダラダラと涎を垂らしながら屋台を眺めていた。
……キャスに肩車されたまま。
その涎まみれにされたキャスに和斗は。
「クリーニング」
クリーニングを発動させて涎を綺麗にしてから考え込む。
ヒヨは自分から何がしたいなどと口にした事はない。
きっと言ってはいけないと思っているのだろう。
健気な事だ。
しかしヨダレだらけの口元が全てを物語っている。
だから和斗はキャスに頼み込む。
「キャス。ヒヨを屋台に連れて行ってくれないか?」
そこに。
「あ、欲しいモノがあったらこれで」
ラファエルが数枚の金貨をキャスに手渡した。
「了解」
キャスは金貨を受け取ると、シンプルな単語を口にして屋台に向かう。
「悪いな」
和斗の言葉にラファエルは笑みを浮かべる。
「いいえ、子供は素直なのが1番です」
「そうか。金は後で返す」
そう口にしてから和斗は周りを見回す。
ここはメインストリートの横にある広場だ。
広さはサッカー場3つくらい。
そこに多数の屋台が店を出している。
が、ここでも目立つのはファミリーの構成員らしき獣人の姿だ。
お馴染みのウェポンタイガーの獣人にケルベロスの獣人。
アーマーミノタウルスも人間サイズに小さくなっている。
それはケンタウルスもグリフィンもヒドラもゴーゴンも同じ。
ちょっと大柄な人間くらいの姿でウロウロしている。
「殆どの屋台は組織が出しています。だからココはファミリー同士の商売競争の場でもあります。まあ他の組織の屋台に負けまいと、競争して美味しいモノを売っているので、良い面もあるのですが」
ラファエルの言葉に、よく見てみると。
「へえ。ウェポンタイガーにケルベロスにケンタウルスにミノタウルスにヒドラにグリフィンにゴーゴンか」
確かに屋台で働いているのは、組織の構成員が殆どだった。
敵対する者同士の筈だが、険悪な空気は感じられない。
という和斗の感想に気付いたのか。
ラファエルが遠い目で広場を見つめながら口にする。
「彼らは縄張り争いが始まる前から、この広場で互いに商売で競争していましたから、互いに敵というより商店街の仲間みたいに感じているのでしょうね」
「そうなのか。仲良くできるのなら、それに越したコト無いのにな」
という和斗の言葉に。
「はい。辺獄で争っている場合ではないのです」
ラファエルはしみじみと呟いたのだった。
2021 オオネ サクヤⒸ