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   第百八話  厄介な問題





 リムリアとラファエルのやり取りを黙って聞いた後。

 和斗はラファエルに、改めて確認してみる。


「つまりインフェルノとは林業作業の訓練施設、というコトなのか?」

「そうです」


 爽やかに言い切るラファエルに、リムリアが疑問を口にする。


「でもナンでこんなトコで林業やってるの?」

「それは口で言うより見て貰った方が早いと思います」


 ラファエルは微笑むと、ピッと人差し指を立てた。

 それだけで和斗達の足元に魔法陣が出現し、そして次の瞬間。

 和斗達4人は、大きな街を見下ろす丘の上に立っていた。 

 おそらく転移の魔法で連れてこられたのだろう。

 その街に向かって、ラファエルが歩き出す。


「あれが、林業作業士が生活する街『辺獄』です。林業士の数は10万人ほどなのですが、その林業士相手に商売する者が現れ、その商売する者達相手の商売をする者が現れ、そしていつの間にかスラムまで出現してしまいました。今の人口は50万人を超えるのではないでしょうか」


 ラファエルが街の説明をしながらメインストリートを歩いていく。

 そのメインストリートの両側には様々な店が並んでいた。


 食堂に酒場。

 肉屋に八百屋に魚屋、酒店に乾物屋。

 道具屋に鍛冶屋、仕立て屋に生活雑貨店。

 広場には色々な屋台が軒を連ねている。


「活気に満ちた街だね」


 楽しそうに店を覗き込んでるリムリアに、ラファエルが顔を曇らせる。


「ですが最近は厄介な問題が発生しているのですよ」

「厄介な問題?」


 聞き返すリムリアに、ラファエルは屋台の1つを指差す。

 その屋台の前では。


「おい! ここはオレ達のシマだぞ!」

「ああん!? 何言ってやがんだ、ここはオレらのシマだろうが!」


 虎の獣人と犬の獣人が言い争っていた。

 いや、ラファエルによると、ウェポンタイガーとケルベロスらしい。

 

 ちなみにウェポンタイガーとは前足が4本ある虎の事。

 その前足のうち2本からは、刀が生えている。

 4本の脚で動き回りながら、刀の生えた2本の前足を振るう。

 この戦い方が、ウェポンタイガーと呼ばれる所以らしい。

 全長は7メートルほど。

 しかし上位種になると、獣人へと姿を変えられるようになる。

 それがこのウェポンタイガーの獣人、とのコトだった。

 

 一方、ケルベロスとは誰もが想像する通り、3つ首の猛犬の事。

 インフェルノに生息する犬型モンスターだ。

 ケルベロスの全長も7メートル前後。

 そしてケルベロスも上位種へと進化すると、獣人になる事が可能となる。

 しかし獣人姿の時は、頭は1つになるので犬の獣人にしか見えない。


 という事らしいのだが、それはおいといて。

 つまり言い争ってる2人は、レベルの高いモンスターという事。


 ちなみに獣人化する時は人間サイズまで小さくなる事が出来るらしい。

 もちろん本来のサイズの7メートルの獣人になる事も出来る。 

 しかし辺獄では人間サイズの方が便利な為、身長2メートル程の者が多い。

 そんな人間サイズの上位モンスター達が、激しく言い争う。


「ふざけんなよ、この犬ヤロウが! ここはウェポンタイガー一家のシマだって言ってんだろが! さっさと出ていきやがれ!」

「ざけんじゃねえ、ケルベロス一家のシマだろうが! 痛いメ見ないと分かんねえのか、この猫ヤローが!」

「ダレが犬だ!」

「誰がネコだって!?」

「やるのか!」

「おう、叩きのめしてやるぜ!」


 言い合いながら獣人達は巨大化していく。

 そして本来のサイズ、身長7メートルの獣人へと姿を変えた。


 殺し合いが始まる。

 と、誰もがそう思った、その瞬間。


「困りますね。アナタ方がやっている事は営業妨害ですよ。ウェポンタイガー一家やケルベロス一家は、善良な商売人の方に平気で迷惑をかける『ならず者ファミリー』なのですか?」


 ラファエルが静かな、しかし良く通る声を上げた。

 その一声で。


「「う」」


 ウェポンタイガーとケルベロスは、ピタリと争いを止めると。


「……ち」

「ふん」


 互いに目で威嚇しあってから、引き揚げていった。

 その人間サイズに戻ったウェポンタイガーとケルベロスに目をやりながら。


「ねえラファエル、厄介な問題ってアレのコト?」


 リムリアが声を上げた。


「そうです。辺獄の街が大きくなると共に、ああいった連中が増えて輪張り争いをするようになったのです。なにしろ今の辺獄は、人口50万を超える巨大な市場ですから」


 溜め息をつくラファエルに和斗が尋ねる。


「街の治安を守る兵はいないのか?」

「辺獄は林業作業士が暮らす街なのですが、その林業師はとても強いので、治安を守る兵など必要なかったのです。あの者達も林業師相手に暴れるほどバカではありません」

「なら問題ないじゃない」


 アッサリ言ってのけるリムリアにラファエルは苦笑する。


「でも林業師相手に商売している者は、強い者ばかりではありません。そういった者にとって、ウェポンタイガーやケルベロスの戦闘力は驚異となります。それに一家を構えて縄張り争いをしているのは彼らだけではありませんし」

「何で、そんなヤツを放置してんの?」

「酒場、娼館、ギャンブル場などは、健全とは言い難いですが、現実問題として必要なものですよね? それらを運営するのに最適なのは、彼らみたいな言わばアンダーグラウンドの連中なのです。と思って黙認していたのですが、最近になって縄張り争いを始めて人々に迷惑をかけるようになったのです」


 頭の痛い問題ですよ。

 そう締めくくってからラファエルは、和斗達に向き直る。


「ま、それはそれとして。神霊力の修行をする間、アナタ達が寝泊りする場所に案内しましょう」


 と、案内されたのは。


「うわ――、おっきいですぅ!」


 ヒヨが歓声を上げたように、巨大な建造物だった。


 街並みも妙に近代的だったが、この建物は日本のビルそっくり。

 ラファエルによると、40階建てで、部屋の数は各階に50との事。


 その巨大ビルに足を踏み入れてみると。

 日本の高級ホテル並みに豪華だった。

 魔導エレベーター完備。

 どの部屋も普通の家より広いらしい。


 もちろん和斗達が案内された部屋も、とんでもなく広かった。

 しかも4人それぞれに、こんなに広い部屋が与えられるらしい。

 が。


「ボクはカズトと一緒がいい。もっと大きな部屋にして」


 リムリアが、とんでもない事を言い出した。

 いや、この部屋でも十分広いと思うぞ。

 そう和斗が口にしようとするが、それより先に。


「ヒヨもご主人様と一緒ですぅ!」

「カズト様と一緒なのは当然」


 ヒヨとキャスが声を上げた。

 いや、4人でも十分な広さの部屋だけど。

 そう思う和斗だったが、その思いを口にする前に。


「分かりました。そんな方々もいますので多人数用の部屋に案内しましょう」


 ラファエルは、ちょっとした別荘ほどもある部屋に4人を案内したのだった。


 国王が使用する、と言われても不思議ではないレベルのベッドルーム。

 下手な店より立派なホームバー。

 豪華そのもののリビングはマローダー改が入るほど広い。

 風呂も巨大で、10人くらいなら1度に入れるだろう。

 絨毯など、ゴロンと転がって寝れそうなほどフカフカだ。


「そうそう、これくらいじゃないとね!」

「スゴイですぅ!」


 リムリアとヒヨが、歓声を上げながら部屋を駆けまわっている。

 和斗は、そんな2人から窓へと視線を移して呟く。


「ホント、凄いトコだな」


 窓の外には和斗達が案内されたような建造物が、70棟も立ち並んでいた。

 これが本来の、つまり計画的に作られた『辺獄』部分らしい。


「ここには大食堂や大浴場、生活必需品の店が用意されています。あ、店といっても全てが無料ですので、生活には一切困らない筈です。でもタマには変わったモノを食べたり、あるいは息抜きしたいと思う人もいるので、そういった人を相手にする商売人の街が、さきほどまでの場所なのです」


 ラファエルの説明に、和斗が感想を漏らす。


「まるでチャレンジ・シティーみたいだな」


 が、その和斗の言葉に、ラファエルから以外な答えが。


「え? 辺獄はチャレンジ・シティーの1部なのですけど、ルシ……ケーコ様から何も聞いてないのですか?」

「何も」

「ちっとも」


 即答する和斗とリムリアに、ラファエルは苦笑する。


「あの方にも困ったものですね。まあ私のほうから説明しておきましょうか。チャレンジタワーの目的は何だと思いますか?」 

「強い戦士を育てる事」


 そう答えたリムリアに、ラファエルが更に質問する。


「では、なぜ強い戦士を育てていると思いますか?」

「ドラクルの一族が治める地を敵から守る為」


 リムリアの迷いのない答えに、ラファエルは微苦笑を浮かべた。


「ほとんどの人はそう信じているでしょう。ですがチャレンジ・シティーの本当の姿は、戦士をこの辺獄で修行できるレベルまで強くする為の、いわば林業初心者訓練場です」

「「初心者!?」」


 揃って目を丸くする和斗とリムリアに、ラファエルは頷く。


「そうです。ブラックタワー最上階をクリアして、そこで初めて知るのです。チャレンジ・シティーとは、コキュートスで林業をする為の人材を育てる為の場所なのだと」


 そこでラファエルは、悪戯っぽい目を和斗とリムリアに向ける。


「不思議に思いませんでしたか? クーロン帝国の侵略の際に、ブラックスター持ちが戦いに加わらなかった事を」

「「あ」」


 声をそろえる和斗とリムリアに、ラファエルは続ける。


「つまり辺獄の林業師10万人は全てブラックタワーをクリアした者。全員が最低でも100万人に相当する戦闘力を持っているのです。彼ら全員を出撃させたならば、クーロン帝国がどれほど強力な兵器を持ち出してきたとしても、負ける筈がありません。あ、もちろん核兵器を無効化する力も持ってますよ」

「原爆も!?」


 驚く和斗に、ラファエルはニッコリと微笑む。


「はい、神霊力を使えば」

「なら、どうしてクーロン帝国との戦いに手を貸してくれなかったんだ?」


 そしたら死者を出さずに済んだのに。

 と言いかけた和斗に、ラファエルは真剣な目で答える。


「それほど林業師の仕事は重要だ、という事です。チャレンジ・シティー滅亡の危機でもない限り、仕事の手を止める事ができないレベルの」

「つまりコキュートスでやってるのは、普通の林業じゃないってコトか。で、そんなに高い戦闘力が必要なのは、作業場所が過酷だからなのか? 何かが邪魔するからか? それとも伐採する樹木が特殊なのか?」


 和斗の問いに、ラファエルが微笑む。


「やっぱりソレに気が付きましたか。はい、伐採相手が特殊なのです」

「特殊って?」


 話に割り込んできたリムリアに、ラファエルはウインクする。


「まあ、そう急がずに。さっきも言ったでしょう? 見た方が早い、と」

「ふぅん。ま、いっか。で、これからどうするの?」

「まあ、今日のところは辺獄を案内しましょう。なにしろ神霊力をマスターするまで暮らす街ですから」


 ラファエルはドアへと向かうと。


「では行きましょうか」


 ニコリと微笑んだ。


 という事で。

 和斗、リムリア、ヒヨを肩車したキャスは街へと戻ったのだった。


「本来、辺獄とはブラックタワーをクリアした林業師が暮らす建物群の事なのですが、一般に辺獄と呼ばれているのはメインストリート周辺です。ここで1番賑やかな場所ですね」


 そう説明するラファエルに、和斗が尋ねる。


「ブラックタワーをクリアするほどの戦闘力が必要だってのに、どうして一般人が辺獄にいるんだ? いつの間にかって言ってたけど、いつの間にか集まれる場所じゃないだろ?」

「あ、一般人といってもインフェルノレベルの一般人という事です」

「つまりインフェルノに元々住んでいた人々って事か?」

「そうです」


 そう口にしてからラファエルは、メインストリートを歩く人間を指差す。


「人間と変わらない姿をしていますが、彼らはインフェルノに生息するモンスターが進化して人間に変身する能力を得た者達なのです」

「人間じゃないのか!?」


 驚く和斗にラファエルは、当然と言わんばかりに答える。


「インフェルノという場所は、カズトさんが生活していた世界とは霊的次元が違う世界ですから」

「そ、そうなのか!?」


 異世界から、更に異世界に来ていたなんて想像もしなかったぜ。

 そう心の中で呟く和斗に、ラファエルが続ける。


「当然ながら生態系も、カズトさんやリムリアさんが生活していた世界とは全く違います。覚えていますか、ウェポンタイガーの獣人やケルベロスの獣人を。インフェルノの生物は、殆どが彼等のような存在なのです」

「そういやウェポンタイガーやケルベロスって、俺達のいた世界基準でも、かなり強い方に入るよな?」

「そうですね。ワーウルフロードよりは強いと思いますよ」


 ワーウフルロードの経験値は10万だった。

 という事は人間10万人に相当するくらいの戦闘力という事を意味する。


「そりゃ強いな」

「しかもインフェルノに生息する生物は、ウェポンタイガーとケルベロスだけではありません」

「へえ。例えば?」

「それは……」


 ラファエルが説明しながらメインストリートを歩いていく。

 メインストリートは、距離にして1キロほどだろうか。

 その1キロに、様々な種類の店がひしめき合っている。

 と、リムリアが、1軒の店に入ろうとするが。


「おらぁ! ここは今、取り込み中だ! 他を当たりな!」


 その店では、ウェポンタイガーの獣人が怒鳴散らしていた。






2021 オオネ サクヤⒸ

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