経験値ゲットでレベルアップしたのは俺……じゃなくて装甲車でした。
「寺本和斗さん、ご注文のキャンピングカーが完成しました」
和斗がそう連絡を受け取ったのは、大学の夏休み第一日目の夜だった。
「わかりました! さっそく明日、取りに行きます!」
和斗はそう答えると。
「やったぜ!」
ガッツポーズを取った。
20歳になった記念に買った年末ジャンボ宝くじが当たった今年の正月。
和斗は以前から憧れていたキャンピングカーを特注で作ってもらう事にしたのだった。
台風や洪水被害に見舞われる事が珍しくなくなりつつある令和の今。
和斗がキャンピングカーのベースに選んだのは、『世界で最も止められない車輌』と評されている装甲車、マローダーだ。
マローダーの車重は13トンもある。
この重量なら台風で吹き飛ばされる事もないだろう。
それに世界最強クラスの装甲車だから、強風で飛ばされてきたモノが激突してもビクともしない。
しかも水深90センチまでなら走行可能なので、安心感は抜群だ。
このマローダーの価格は4~5千万円ほど。
しかし残念ながら日本には代理店がないので購入方法は並行輸入しかない。
だから前払いを条件に、キャンピングカーを製作する会社にマローダー改を並行輸入して、キャンピングカーに仕上げて貰うように依頼したのは、今年の1月5日のこと。
そして半年後の六月に、マローダーは日本に到着した。
それから約1か月が経過した今、憧れの装甲車キャンピングカーが遂に完成したらしい。
「よし! これで夏休みは、憧れのキャンピングカー旅行だぜ!」
和斗は満足気に呟いたのだった。
そして装甲車キャンピングカー完成の連絡を受けた翌日。
特注キャンピングカーを受け取りに行った和斗に、担当者がにこやかに説明を始めた。
「ご希望は家庭用の大型冷蔵庫、簡易キッチン、シャワー室、2段ベッド、大容量水タンク、強力エアコンに特大バッテリーでしたね。苦労しましたけど、なんとかご注文通りにできました。あ、最新のカーナビはサービスです」
乗り降りは運転席の左右と、後部ドアのみのようだ。
その後部ドアを開けてみると、右側にはシャワー室、簡易キッチン、大型冷蔵庫の順に並んでいた。
左側には2段ベッドが設置されている。
これだけのモノを設置しても空間にゆとりがあるのは、マローダーの横幅が2メートル70センチもあるからだろう。
「ありがとう! じゃあ!」
和斗はキャンピングカーを受け取ると大型スーパーに向かい、色々な種類の肉や野菜、スイーツ全種類、様々な冷凍食品、ジュース類にビール、気に入った惣菜などを買い込んで大型冷蔵庫に詰め込む。
そして2段ベッドの下に作ってもらった収納スペースには、入るだけの缶詰類や酒類を買い込んで収納した。
天井付近に作ってもらった収納スペースには、インスタント食品や様々なお菓子だ。
大型スーパーの次はコンビニだ。
コンビニでしか買えない、使い勝手のいい冷蔵食品や冷凍食品を買い込む。
ついでに酒のツマミや、思いつく限りの生活に必要な細々としたモノも買い足した。
こうして買い物を済ませた和斗が家に戻り、着替えや生活必需品をキャンピングカーに積み込んでいると、兄が顔を出す。
「お! スゴいのが出来たな」
マローダーをペシペシと叩く兄に、和斗は笑みを向ける。
「だろ?」
和斗は兄に10億円のうち3億円を渡していた。
長男である兄は両親の面倒を見る事になるだろうから、10億の半分あげるよ。
和斗は最初、そう提案した。
しかし兄は。
「3億あれば、死ぬまで毎月25万円使えるんだ。それだけあれば十分だよ。っていうか、3億も貰えるなんて、大感謝だぜ」
そう言って笑った。
だから和斗は残った7億のうち1億円を好きに使い、残りの6億円は貯金する事にした。
そしてセキュリティーを考慮して、毎月その口座から別の口座に50万円を送金してもらう。
その50万円で生活していく予定だ。
もちろん、毎月50万円も使う気はない。
残った金は口座に残しておいて、何かあった場合は口座に入っている金額だけで対処するつもりだ。
これなら兄が困った時、いつでも助ける事ができるだろう。
「じゃあ兄さん、気まま旅に行ってくるよ。夏休みが終わる前には戻ってくるから」
「おう。楽しんで来い」
「あ、俺の口座の貯金通帳とキャッシュカードは金庫に入れておいたから、俺に何かあった場合は好きに使ってよ」
そんな和斗に、兄が苦笑する。
「楽しい出発に縁起でもないコト言ってんじゃない」
「それもそうか。じゃあ、マローダー改! 出発しようか」
「まさか、そのマローダー改って、そのキャンピングカーの名前か?」
驚く兄に、和斗は真剣に頷く。
「そうだよ。これから旅を供にする仲間なんだから、名前くらい必要だろ?」
「いや、オレが驚いたのは、そのネーミングセンスなんだが……ま、いっか。気をつけてな」
「ああ。じゃあ行ってくる」
和斗は兄と笑い合うと、キャンピングカーに飛び乗った。
比喩ではない。運転席が高過ぎるので、どうしても飛び乗るようになってしまう。
そして。
「面白いモノ見つけたら、お土産に買ってくるから期待してて」
和斗はそう口にすると、キャンピングカー……いやマローダー改を発車させたのだった。
マローダー改のサイズは全長こそ6メートル半くらいだが、高さも幅も2・7メートルほどもある。
この幅だと公道を走る為には特別な許可が必要となる。
そして車重が13トンもあるから、運転には大型免許が必要だ。
普通免許しか持ってない上に、許可が必要なコトも知らない和斗は、そう遠くない日に警察に捕まる……筈だった。
しかし。
高速道路に乗って最初のトンネルを通過した時の事。
「ん? トンネルの出口が妙に明るい……いや眩しいぞ?」
トンネルの出口は真っ白に輝いていて、先の景色がまったく見通せなかった。
「目が暗さに慣れてしまったから、眩しく感じてるのか? ま、高速道路なんだから、いきなり急カーブってコトもないだろ」
和斗は気楽に呟くと、そのまま白く輝いているトンネルの出口に突っ込む。
そしてトンネルを抜けた先には。
「何じゃ、こりゃ!」
ゾンビの群れがいた。
2020 オオネ サクヤⒸ