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お膝元

エグレスの街。

そこはミャウハーゼン領に属する大都市の一つ。

その総人口は50万人を超え、ミャウハーゼン家が統治する都市において最大規模を誇る。

また交通の便の良さから多くの物資や行商人が流れ込み、街中活気にあふれていた。


通常こういった人の出入りの激しい場所では、裏の家業が横行する物だ。

だが、この都市に限ってはそういった事はほぼなかったりする。

何故なら、ここはミャウハーゼン家のお膝元ともいうべき場所だからだ。


その為、町中には過剰な程大量の衛兵が配備され、巡回する警邏隊が四六時中犯罪に対し強く目を光らせている。

もちろん役人の不正等に対する対策も2重3重に巡らされており、採算度外視の管理体制がこの街では徹底されていた。


それもこれも、全てはミャウハーゼン家の威光を示す為に他ならない。


そんな環境ではさぞや住みにくかろうと思うかもしれないが、街の人々の顔は明るい。

確かに監視の目は厳しいが、それは裏を返せば危ない時はいつでも助けて貰える安心とも言えるからだ。

少々窮屈であっても、犯罪に手を染めさえしなければ安心して暮らせるというのは、それだけ大きいという事だろう。


私達一行は今、そのエグレスへと差し掛かっていた。

が、勿論ここはスルーする。

何故なら、私達の旅は世直しの旅だからだ。

治安の安定したこの都市による意味など無い。


無い……そう、無いのだが。


私としてはエグレスで観光したい気持ちでいっぱいだった。

ミャウハーゼン家のお膝元とは言っても微妙に距離がある為、養成所から直でメイドコースへと放り込まれた私はこの街に寄った事が無かったりする。


だから私としては、折角の旅なのだからぜひ寄っていきたい所なのだ。

そしてふかふかのベッドで眠りこけたい。

そんな万感の思いを乗せて、駄目元でお嬢様へと進言してみた。


「お嬢様ー、エグレス寄っていきましょうよー。私、色々見たい物とかがあるんですよー」


「駄目よ。あそこは治安が安定しているもの。それにあそこには子供の頃から何度も滞在した事がありますから、わざわざ向かう意味はないわ」


ですよねー。

田舎の出の私はともかく、お嬢様やペイルは何度もこの都市へと訪れている。

そらミャウハーゼン家のお膝元の大都市なんだから、当たり前だよねー。


「でもせめて湯浴みだけでもー、とか言って見たり。お嬢様も入りたくありません?お風呂」


「清潔を保つだけなら、不浄の札を使えばいいだろう?」


何を言っているんだと言わんばかりの口調で、ペイルが横から余計な口出しをしてくる。

このちびっ子はそんなに私の邪魔をしたいのだろうか?

これだから老害は困る。


因みに不浄の札は読んで字の如く、体に纏わり付く不浄を払うマジックアイテムだ。

これを使うと、体は勿論の事、身につけている物までピカピカになる便利なアイテムだった。


不浄の札、というかマジックアイテム全般に言える事なのだが。

基本的に2種類あり。

1度効果を発揮すると2度と使えない使いっきりの安物タイプと、魔力をチャージする事で何度でも使える高級品とに分かれている。


当然私達の旅には高い方。

つまりチャージ式を携帯している。


ん?

魔法禁止はどうしたのかだって?


もちろん魔法が禁止なのには変わりはない。

ただあくまでも禁止されているのは私達が魔法を行使する事であって、マジックアイテムで発動する魔法は別腹扱いとなっている。

流石にマジックアイテム無しでの徒歩の旅は余りにも不便過ぎるので、お嬢様もそこはOKしていた。


「風呂に入るのと不浄の札は全く別物でしょ!」


「汚れを落とすという意味では同じだろう?」


「ちーがーいーまーすー!血行とか良くなって、お肌とかにも良いの!湯浴みは!」


ペイルも年寄りなんだから風呂は好きなはず。

何故反対する様な事を言うのか?

長湯しすぎて昇天すればいいのに。


「血行を良くしたいなら、魔力による肉体強化を切ればいいだろう?そうすれば良い汗かけるぞ」


ふっざけんな!

あんな地獄に戻って堪るか!


腕をパーンしたり。

両足ベキョリと痛い目を見はしたが、今は順調に魔力による肉体強化をコントロールできている。

便利過ぎて、今更それ無しの旅に戻る気には到底なれない。


「あたしは疲れて汗をかきたいんじゃないの!お風呂で気持ちよく汗を流したいの!」


「我儘な奴だ」


「うっさい!この気持ち、男のあんたには分からないわよ!ね!お嬢様」


男と違って女の子はデリケートなのだ。

只汚れていなければ良いなどと、男は無神経過ぎて困る。

まあ私の目的はあくまで観光で、湯浴みは只の口実でしかないんだけどね。


「湯浴み、そうねぇ」


お嬢様は人差し指を唇に当て、少し考える素振りを見せる。

その姿は何とも可憐で美しい。


だが私は知っている。

お嬢様が物事を考える時、それは只の振りでしかない事を。


天才である彼女は基本ノータイムで結論を出す。

お嬢様がこういった考える仕草をするのは、相手に期待を持たせてその反応を楽しむ時だけだ。


つまり――


「答えを聞きたい?」


「いえ、もう結構です」


答えは聞くまでも無かった。

もうこれ以上の主張は無駄と悟り、私は諦めて溜息を吐く。

ああエグレスに寄りたかったなぁ。


まあミャウハーゼン家に仕えていれば、いつか立ち寄る事も出来るだろう。

その時まで楽しみは取っておく事にする。


ああ、でもやっぱエグレス行きたかったなぁ……


未練たらたらに私の旅は続く。

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