魔法禁止(後)
旅の準備を終えた私は、ペイルと共に正門前でお嬢様の到着を待っていた。
服装は動きやすい木綿のパンツに、厚手のシャツを着こんでいる。
色はどちらも空の色を思わすスカイブルーだ。
ペイルもほぼ同じような格好。
但し色はブラウン。
よく言えば落ち着いた、悪く言えば地味で爺臭い色合いである。
大貴族の従者がなぜこんな貧相な格好を?と思うかもしれないが、これはお忍びの旅。
お嬢様が諸国を巡り、世界の有様を自らの目で確かめるための旅なのだ。
普通に大貴族として旅してはそう言ったものが見えてこない。
だからこうやって地味な井出達で一般人を装っているという訳だ。
因みに馬車も使わない。
幾ら地味な格好を装っても、豪奢な馬車に乗っていたのでは意味がなくなってしまうから。
正直馬車でとろとろ行くより、転移魔法で飛んで行った方がてっとり早いので、馬車無しは個人的にも大賛成だ。
正門前の花道に、動きが起こる。
本日の主役の御登場だ。
二列に居並ぶ100を超えるメイドや執事、それに騎士が一斉に頭を下げ。
その間を優美な足運びでお嬢様が進んでくる。
「…………」
私は思わず息を飲む。
その神々しいまでの優雅な姿に。
そして思う。
なんでドレスきてるんじゃああああああああああああい!!! と。
お忍びどこ行った!?
お嬢様は青い薔薇の刺繍をあしらった、レースたっぷりの白のドレスを身に纏い。
その上から薄青いパレオを腰にかけている。
更にその頭上には、真っ赤な薔薇を思わせる鍔の広い帽子がふわりと被せられていた。
うん、何処からどう見て一般人ではない。
因みに薔薇はミャウハーゼン家の家紋だ。
「お待たせしましたわ」
「お嬢様?まさかその格好で?」
「ええ、何か問題でも?」
「お忍びの……いえ、何でもありません」
突っ込んでも仕方ない。
そう思い私は口を紡ぐ。
「ふふ、言いたい事は分かります。お忍びの割には派手だと言いたいのでしょう?」
お忍びの割どこではない。
これから社交界にでも向かうのかと言わんばかりの派手さだ。
目立つ気満々である。
「この派手な格好は餌よ」
「餌……ですか?」
「そう、旅のついでに悪党退治も兼ねようと思っているから。派手な方が悪い虫も寄って来るでしょ?」
成程。と、一瞬納得しかけたが。
なら私達のこの地味な格好や、馬車無しとは一体なんだったのか?
そんな疑問が湧いてくる。
まあ別にいいけど。
「では参りましょう」
「最初はどちらに向かわれるんですか?」
「テネーブよ」
テネーブ。
このミャウハーゼン家の南に位置し、花の栽培で有名な場所だ。
そのため世間一般では花の都とも呼ばれている。
但し聞くところによると、街中をぶんぶんと蜂が飛び回っているらしく。
花の都という儚げな呼称にもかかわらず、女性にはあまり人気が無い様だった。
私は別に蜂が嫌いじゃないから気にしないけどね。
蜂の子とか凄く美味しいし。
「わかりました」
返事を返し、私は早速呪文を詠唱する。
発動させる魔法は感知と転移。
その2つの魔法を連携させる。
感知の魔法でテネーブの正確な位置を把握し、その情報を元に転移を行う為だ。
魔法陣が光となって私達を包み込む。
後は発動させるだけ。
そう思った時、突如魔法が解除されてしまう。
外部からの力で無理やり。
「ちょっ?お嬢様?なんで魔法妨害を!?」
私はお嬢様に向かって声を上げる。
その手には白銀の魔法陣が煌めいていおり、彼女が犯人なのは明白だった。
魔法妨害
相手の魔法の発動に真逆の構築を施された魔法をぶつけ、対消滅を起こさせる超高等技術。
実行するには相手の魔法構築を瞬時に読み切り、それと正反対の魔法陣を神がかり的な速度で用意する必要がある。
そのため、常人どころか大賢者の称号を得ている私にすらまともに扱えない超絶難易度の魔法だ。
お嬢様はそんな荒業を、顔色一つ変えずにやってのける。
本当にとんでもない才器としか言いようがない。
「魔法で転移したのでは、情緒が無いでしょう?」
まあ確かに旅を楽しむならば、転移は邪道と言えるかもしれない。
成程と納得し、私は今度は飛行魔法を発動させ――そして再び妨害される。
「言い忘れていましたけど。この旅の間は魔法禁止よ」
「ふぁっ!?」
美しい笑顔から放たれる鶴の一声。
それは重労働の旅が確定した瞬間である。
賢者にとって魔法禁止の旅など地獄も同然だ。
マジ勘弁して下さい。