ダイヤモンドは炭素の同素体
2章「部活動に人は何人必要か?」の多大なネタバレを含みます。
今話で2章は完結ですので、未読の方は2章初めから読むことを推奨します。
「紹介しよう。この二人が文芸部部員の海と西條さんだ。それで、この二人が体験入部に来た天使くんとジョーくんだ」
その言葉を皮切りに、おれたちは互いに簡単に自己紹介を済ませた。絵に描いたような文学少女の先輩が西條麻里香、長身のラノベ好きが白瀬海。二人とも三年生。ちなみに葛木は美術部だった。文芸部部長は西條先輩らしい。
「……なんかすまんな。葛木が面倒かけたみたいで」
白瀬があっけらかんとしている葛木を横目に謝罪した。いえいえそんな。元はといえばこいつが探偵とか云い出したのが元凶ですし。おれは天使の肩をバシバシ叩いた。
「それで、あなたたちは文芸部に入部する気はあるかしら。私も白瀬君も三年生で、今年一年生が入部しなかったら、文芸部は私たちの代で廃部になってしまうの。だから入部してくれるとありがたいのだけれど」
西條先輩はそう云って、困ったようにはにかんだ。もちろん入りますよ。ええ入りますとも。たとえ将来どんな困難が待ち受けていようとも、おれの意思は決して変わりません。この意思はダイヤモンドよりも硬いんです。
「ダイヤモンドの硬さというのはあくまで傷に対してだ。ハンマーで叩けば割れてしまうほど衝撃には弱いから、その意思はあまり硬くなさそうだな」
ちょっといいところだから黙ってくれるか? ダイヤモンドは比喩だよ比喩。現実に当てはめんな。
いやすみませんね。とにかく入部するってことでお願いします。
「じゃあ天使くんは?」
「部室で探偵業を営んでいいというのなら私も喜んで入部しよう。来客があっても広さは十分あるしちょうどいい」
ここで西條先輩が首を捻った。それは伝わってなかったか。おれは天使を代弁して、二人にざっくりと天使について説明した。葛木と同様、二人の反応に嫌悪感はなかった。
「小田先生を殺した犯人を捕まえたのか。これは本物なのかもしれないな」
白瀬は感心したように頷いている。
「俺も来年、文芸部が無くなってしまうのは避けたい。普段真面目に活動してくれれば別にかまわないんじゃないか?」
「そうね。文芸部が忙しいのは部誌を作成する間だけだし。ちなみに、二人は物書きと絵描き、どちらなのかしら」
「私は物書きだな。探偵とはいかなるものか、後世へ伝えねばならないからな」
おれは絵描きだ。これでも中学時代はピカソの再来と云われたものさ。おれの栄光を象徴するように、真っ白な歯が光った。
「何を云うのだ。ジョーには我々の遭遇した事件の数々を記録し、編纂するという役目が既にあるではないか。助手の君がやらなければ誰がするというのだね」
勝手に決めんな。おれに小難しい文を書いた経験なんてほぼない。読書感想文が精々なんだ。おれに物書きは向いてないんだよ。事件纏めるのは自分でがんばってくれや。おれは手のひらをひらひらと振った。
というわけでおれと天使は文芸部への入部を決めたのだった。
「そうだ。我々はクイズに正解したのだから、斉門くんには名探偵天使真実探偵事務所部のポスターを描いてもらう約束を果たしてもらわねばな」
だが葛木はにやりと笑った。
「ポスターを作るのは俺じゃない。天使くんが要求したのは文芸部にポスターを作ってもらうことだったはずだ。俺は美術部だから関係ないもんね」
へ、屁理屈を……。だが天使はポスターを仕上げてもらえれば人選は気にしないらしい。
とするとポスターを作るのは西條先輩か白瀬のどちらかになるが。おれたちは文芸部二人へ期待の眼差しを向けた。
「私、絵はあまり上手じゃ……描くなら海くんよ。ほら、以前美術が得意だって自慢していたじゃない」
「あれは小学生基準のはなしだって断りを入れただろう。お互いに絵心がないから、文化祭の時、俺が葛木に部誌の表紙を頼みに行ったんだろ。
というか葛木。勝手にそんな無理な約束されても困るんだよ。どうすんだよポスターなんて」
「いや、私はポスターがほしいだけで、イラストを必ず入れなければならないわけではないのだが」
思い悩む二人に天使がフォローを入れた。
「もしイラストを描いた方が集客力があるというのならジョーが描けばいい。頼むぞ文芸部員」
おれは肩に置かれた手を振り払った。まだおれは文芸部じゃねえ。
「しかし最終的に入部するのには変わりないのだろう。ピカソの本気を見せてくれたまえ」
イマイチやる気出ないなあ。はっ。西條先輩の期待に満ちた視線がおれに向けられている。幼稚園児がケーキ屋さんへ向けるのと同種の視線だ。純粋で眩しすぎるっ。……ちっ。しゃーねえなあ。そこまでいわれて断ったら男が廃るってもんだ。わかったポスター作ってやるよ!
天使は満足げな笑みを浮かべ、文芸部の二人はほっと胸を撫で下ろした。
「そうだ。麻里香くんに一つ聞いておきたいことがあるのだ。昨年の文化祭での部誌に掲載されていた君の作品について」
西條先輩は首を傾げた後、あっ、と小さく呟いて瞬間湯沸かし器のように一瞬で顔を真っ赤にした。天使が構わず続けようとすると、葛木が天使と強引に肩を組んだ。
「はいストーップ! 説明するからあっちで話そうか。ついでにジョー君にも」
葛木は右手で天使、左手でおれと肩を組んだまま廊下にでた。これから一体何を説明されるんだ?
そもそもお前は何を西條先輩に聞こうとしたんだよ。返答次第では天誅だからな。
「いや、ね。麻里香くんは海くんと交際できたのかと少々気になっただけだ。告白もしていたようだし」
告白して交際だと? お前の想像だけでストーリーを作り上げるのはよせ。おれのパートナーとなる西條先輩が白瀬と付き合ってるとかありえんだろ。
「君に君自身の言葉をそっくりそのまま返そう。根拠ならある、というかあからさまだったな。蝶野水、もとい西條麻里香の作品を読んだのだが、明らかに白瀬海へのラブレターだったのだ。それが、部員が二人だという裏付けにもなったな」
天使はやれやれと手を広げた。
はっはっは。面白い冗談だな。でも深読みは良くないぜ。ラノベ好きのオタクが、同じ部活の可愛い女の子から好意を寄せられるなんて幻想なんだ。ましてやそんないじらしい告白方法でさ。現実で起こるわけないさ。常識的に考えろよ。冗談だって早く云えよ。ほらはやく。ほら…ほら…
えっ、マジなの?
「それがマジなんだよ。去年の文化祭のとき色々あってな。そりゃあもうべた惚れよべた惚れ。作品を書いて告白紛いのことはしたんだが、海のやつ、あくまで架空の話としか思ってなくて、マリーからの好意にまるで気付いてないんだ。あ、マリーってのは麻里香のことね。
小説の方はマリーが海に想いを寄せる部活風景だし、詩は私の気持ちに気づいてほしいっていう熱烈なラブコールさ。あんな分かりやすいのにな」
なるほど。だから部室へ来たとき顔が赤かったし、部誌の話題で茹で蛸状態になったのか。
だがよかった! この話が本当でも、付き合ってないならギリセーフだと思う。ところでおれが西條先輩とお付き合いできる可能性はどのくらいあると思う?
「皆無だ」
ぎゃふん。
「恋心自覚してからは、一緒に部室に来るために、海が教室から出てくるのを廊下で待機してるくらいだしな。はたから見れば既に完全に恋人同士だ。部外者の付け入る隙は全くないと思うぜ」
葛木のトドメの一撃がおれを撃ち抜いた。ばたり。動かなくなったおれを天使がつんつんとつついた。落ちてる毛虫にちょっかいかける小学生じゃん。その通り。おれは吹けば飛ぶような弱い毛虫。惨めな負け犬だ。やっぱり犬だった。
おれはさめざめと泣き出した。もう無理。立ち直れそうにない。決めたよ。おれ文芸部辞める。
「辞めるも何も、ジョー君たちが入部するのはこれからじゃないか」
おれは一旦泣くのをやめて質問した。
そういえば葛木先輩は西條先輩が気になってたりしませんか。二人で考えれば西條先輩を振り向かせる案も浮かぶかもしれません。
「いや、俺彼女いるし」
あなたにおれの気持ちはわからんでしょうね!
おれは再びさめざめと泣き出した。
「そう落ち込むな。先程入部の意思はダイヤモンドよりも硬いと云っていただろう。さあジョーよ、共に輝かしい青春時代を謳歌しようではないか!」
燃えろ。おれは心のダイヤモンドを二酸化炭素に化学変化させた。
硬くても燃やせば関係なかった。
これにて2章「部活動に人は何人必要か?」は完結です。果たしてジョーに春は訪れるのか。たぶんこない。
文芸部の二人は自分の書いた短編「とある文芸部にて」の登場人物です。よければ一緒に読んでみてください。
作品の登場人物の男の割合が謎に高いので3章ではヒロインを登場させる予定です。
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