挑戦状は受け取ってもらえただろうか?
解決編なので、前話を読むことを推奨します
「では解答編に移ろう。今話で真相が明かされるから、前話で私からの挑戦状を受け取っていない方がいれば、ぜひとも前話で挑戦状を受け取ってからこの先へ進んでいただきたい。
もしも、なんの考えも推理もなしにこの先へ進むという人物がいるなら、止めはしないが決してオススメは出来ない。なぜなら、その空っぽの思考はあなたがジョーと同レベルだということに他ならないからだ!
……準備はいいだろうか。では推理ショーの開幕だ」
天使は虚空に向かってブツブツと呟いている。さっきから誰に向かって話してるんだ。ひょっとすると幻覚でも見ているのかもしれない。薬物にハマってそうなのはおれじゃなく天使だ。
「それじゃあ名探偵天使くんの答えを聞かせてもらおうかな」
白瀬は興奮を抑えきれない様子だ。探偵ってそんなふうに憧れの対象になるもんかねえ。狂人にしか思えない。いざという時は頼りになりそうではあるが。
でもちょっと待ってほしい。お前の出した結論の前に、その結論に至った推理を聞かせてくれよ。
「いいだろう。サルでもジョーでも分かるよう噛み砕いて説明してみせようではないか」
おれとサルは同じレベルなのかよ。サルに失礼だろうが。
「さて──」
天使が口を開いた。
「まずは最大人数を絞っていこうか。部員の私物だというあの本たちだが、当然ながら一人一冊で四十三人、なんてことはない。運動部でもそれだけの人数がいるところは少ないだろうしな。
わかりやすいヒントはパイプ椅子の数だ。部室にあるパイプ椅子の数から、部員の最大数は六人だと分かる。また、文化祭の部誌に掲載されている人数も六人。二つの要素が最大人数を補強している。これには流石のジョーも気がついていたな。私もこの意見に異論はない」
やっぱりおれが云った通り部員は六人だよな。いやあ非常に単純な問題だった。
「結論を急ぐな。あくまで六人は最大人数、と云ったはずだ。
考えてもみたまえ。部員が六人いるのなら、並べられているパイプ椅子は六脚であるのが自然なのだ。だが三脚は壁に立てかけられている。これは不自然に感じないかね」
たまたま白瀬先輩が他の部員のために出してあげていただけだろう。
「違うな。三脚残っているのは白瀬海の気分ではなく思考の結果だ。
室内には予め、余分に二脚出ていたが、あれらは我々のために用意されたパイプ椅子だったのだろうか。だが我々が文芸部を訪れることを決めたのは、数時間前の昼休みだ。我々のことを予測できたはずがない。
出されていたパイプ椅子は三脚。実際は一脚は白瀬海本人の為だが、はてさて残りの二脚は果たして誰の分の席だったのだろうか。
そう。あれらは我々ではなく、遅れて来る文芸部部員のために出されていた椅子なのだよ」
だが壁の三脚はどうなる。文芸部に来るのが白瀬先輩含めて三人なら、あのパイプ椅子は要らないからそもそも存在していないはずだぜ。
「この時期に余分な椅子を置いておく理由など一つしかないだろう。あれらは、我々のような体験入部希望者のための予備のパイプ椅子なのだ。
我々が入室した時、白瀬くんが壁のパイプ椅子を一瞥しただろう。彼はパイプ椅子を出そうかと一瞬考えたのだ。結局は出していた椅子に我々を座らせたがね」
それが、お前を錯乱させるための、白瀬先輩の演技じゃないって保証はあるのかよ。先輩は探偵物が好きなんだぜ。いかにもやりそうなことじゃないか。
「なるほどミスリードの可能性か」
ミス…なんだって?
「ミスリードとは相手を誤解させるような方向へ導くことだ。ミステリでは推理を誤った方向に導くための情報、という意味で用いられることがあるのだよ。
まあそれはさておき、その可能性は皆無だ。先程私が云ったように、白瀬海が我々のことを予測できるはずはないのだから事前にミスリードを仕掛けることはできない」
はーん。なかなか説得力あるじゃねえか……ん? おいおい待て待て。
他にも部員が六人だって証拠はあるぜ。忘れたのかよ。部誌に参加してたのは六人だ。編集後記には『今回は三年生が引退してから初めての部誌』だと書いてあったのを忘れたのか。つまりあの六人は三年生引退後のメンツってことだ。だがお前の推理では、部誌に参加した残りの三人はどこへ行っちまったんだ。人は煙じゃねえんだぞ。
「何かと思えば彼ら三人のことか。その三人は文化祭限定の協力者にすぎないのだ。そもそも文芸部の部員ではないのだよ。編集後記には『人数が少なかったし』とある。部員が六人もいてこの言葉が出て来るのには違和感がある。
そして『ご協力いただいた皆さん本当にありがとうございました』。この『ご協力いただいた皆さん』は部誌に寄稿した人物を指しているのではないだろうか。
文章を書く部活動は、この文芸部だけだが、絵を描く部活動であれば文芸部の他にもある。部誌に寄稿してもらうにしても、文章ではなく、表紙や挿絵を描いてもらうのが妥当なところではないだろうか」
絵を描く部活……美術部に頼むのか。おれは天使が云わんとすることを察した。おれがこの後行こうとしていた部活だ。
つまるところ、部員が何人かというと?
「二人となる」
あまりに天使が自信満々に宣言するので、おれは思わずサルのようにうきゃーと奇声を上げた。三人なんじゃねえのか。まだ減らすのかお前はよお。
まさか三人の中に、もう一人部員じゃないやつが紛れてるっていうのか?
「全くその通りだ。未だに君は気がついていないようだが、白瀬海を名乗るそこの彼は当たり前のように我々を招き入れたが、彼は部員ではないのだよ。しかも恐らく偽名だ」
おれはぎょっとした。思わず白瀬をまじまじと見つめたが、彼は薄ら笑いを浮かべるだけで否定しなかった。まさか本当に?
「そもそも彼の名が白瀬海、というのが自己申告でしかない」
それはおれらだって同じだぞ。……いや違うな。おれは自己申告すらできてなかったわ。おれはちょっと暗い気持ちになった。
「彼が名乗ったのは部員当てクイズを出した直後だ。クイズを出した後であるから、我々を混乱させるため、偽名を名乗るという発想があってもおかしくない。これこそが彼の仕掛けたミスリードだったというわけさ」
意気揚々と語る天使に対して、ここで白瀬は待ったをかけた。
「決め付けるのは勝手にすればって感じだが、おれの名前が偽名だってのは流石に言いがかりって感じがするな。天使くん、根拠はあるんだろうね」
だが天使は白瀬のプレッシャーに一切臆しない。そのまま変わらない調子で語り続けた。
「私が白瀬海の偽名を疑うきっかけとなったのは、部員の私物だという本棚のラインナップだ。あの本棚には白瀬海を名乗る、君自身の所有する本が一冊もない」
「そんなことがどうしてわかるのさ。御丁寧に名前が書いてあるわけでもあるまいし」
「本棚には一切ミステリ関連の本が仕舞われていない。確か君は探偵小説が好きだと云っていたね。だが探偵小説が一冊も存在していないのは不自然極まりないな」
「俺が探偵小説だけしか読まないだなんて、決めつけもいいところだ。俺だってラノベの一つや二つ読むさ。例えばこのシリーズは俺の本だし……」
そう云って上段の本に手を伸ばしたかけた白瀬を、天使は銃弾の如く、鋭く糾弾した。
「いいや。その本は確実に君のものではない。なぜなら本棚の本には帯が付いたままだからだ」
白瀬ははっとしたような顔をした。対照的におれはキョトンとした。話についていけないんだけど。天使の云う通り、本棚の本には帯が付いている。で、だからどうしたって感じだが。
「ジョーよ振り返ってみたまえ。我々が入室したとき彼が読んでいた本に帯は付いていたか?」
「動物園の殺人」のことを指してるんだよな。そうだな。確か帯は付いてなかった。うん、で?
天使はイライラしたように頭を掻きむしった。
「わかるだろう! 彼は本の帯を外す種の人間であり、部員は皆、帯を付けたままにしておく種の人間なのだ」
そんなの気分次第だろ。おれには帯ってそんなこだわるポイントには思えないけど。
おれの言葉に呆れたように、天使は大きく溜息をついた。
「読書家とはそういうものなのだ。人によっては、帯の存在に鬱陶しさを感じることもある。だからそういう種の人間は購入した書籍の帯をすぐ捨てたりするのだ。一方で、酔狂な人物はキャンペーンや重版で切り替わった帯のために同じ本を購入することもあるという。読書家というのは面白い生き物だよ」
同じ本を何冊も買うだなんて信じられないな。アイドルの握手会抽選券のためにCDを何枚も購入するような感覚なのだろうか。なんにせよ、おれの住む世界とは縁遠い話だ。
「ということで本棚には偽白瀬海の本は存在していない、という結論に至った。
では本物の部員は誰か。本物の部員は部誌で文章を執筆していた蝶野水、海星の二人だろう。仕舞われている本と、作品のジャンルが恐ろしいほど似通っている。きっと部員二人は絵がからっきしなのだろうね。
昨年度発行された白黒コピー部誌の表紙の片方が私のような探偵の絵であった。あの絵は君、偽白瀬海が描いたものに違いない」
あの表紙、天使みたいな格好だなとは思ったがそんな趣味丸出しの表紙だったとは……
そして天使は推理を結論づけた。
「結論。文芸部部員は二名。また、白瀬海を名乗っていた君は部員ではなく、部室に入り浸るほど部員と親しくしていた絵描きである。私の推論は以上だ。何か反論はあるかね?」
天使と白瀬の間が睨み合った。二人の緊張感がひしひしと伝わってくるぜ。おれは思わずつばをごくりと呑んだ。さあ判定やいかに────
「素晴らしい。完璧な答えだよ! ちなみに白瀬海ってのは本物の部員の名前ね。俺の名前は葛木斉門。どうぞよろしく!」
白瀬、もとい葛木は破顔して天使を讃えた。まじか正解……なのかよ。
「探偵名乗るだけあるじゃん。まさか偽名だってことまでばれるなんて。君は最高だよ天使くん」
「称賛感謝する。まあしかし、実に初歩的な謎だったな。我々にかかればこの程度、お茶の子さいさいなのだ」
先週のもそうだったけど、問題におけるおれの貢献度ゼロだと思うよ。一体おれの何が評価されてるのさ……
「じゃあそろそろ待たせてる部員二人を呼ぶとするか。あの子もそろそろ限界だろうし」
限界とは。葛木はスマホで誰かにメッセージを送ったようだ。それから一分も経たず入室してきたのは、長身の野郎と、おれと将来を共にする予定の黒髪ロングの清楚系美少女だったのだ。
計画通り……! おれは光の速さで文芸部への入部を決めた。
蝶野水さんのちょっと顔が赤いように思える。そんな照れなくていいんだよ。
挑戦状正解した方、おめでとうございます。
いつの間にかジョーが気持ち悪いキャラになっている