文芸部および天使真実からの挑戦状
文芸部部室はそこそこ広い。部屋中央に長机が二つくっ付けられて一つの机となっている。野郎が座っていたのも含めて三つのパイプ椅子が置かれている。
壁側にはスチール棚が設置され、仕舞われているのは二段に分けられたたくさんの本と、コピー用紙や冊子などの部誌関係のものばかりだった。
部屋の隅っこにはバケツが載っかったロッカーがあった。
案外整理整頓されているものだとおれは感心した。おれのプリント類でゴチャゴチャした部屋とは大違いである。
野郎は読んでいた本を閉じ、壁に立て掛けられた三脚のパイプ椅子にちらりと目をやった。
「まあいいや。とりあえずそこの空いてる椅子に座ってくれないか」
おれと天使は部室を物珍しそうにキョロキョロと見回しながら席に着いた。ちょうどおれたちは野郎に向かい合う形になる。決してお見合いではない。よくよく見てもこの先輩は男装女子ではなさそうだ。微粒子レベルの希望も潰えた。適当に済ませて別のところ行こう。
それじゃあひとまず自己紹介でもするか。おれの名前はーーー
「こいつはジョー。私の助手だ。そして私は天使真実。天使の真実と書く。探偵だ」
だから自己紹介遮るのやめてくれない? 高校始まって一週間経つのに、授業くらいでしかおれが名前で呼ばれたことないんだけど。多分、クラスの誰もおれの名前覚えてない。おれの名前がジョーに侵略されて希薄になってるよ。黒髪だし両親は生粋の日本人なのになあ。
「助手のジョーくんに天使の天使くんか。覚えやすそうな名前でよかった。俺、人の名前覚えるの苦手なんだよね。天使くんって呼ぶわ。しかし探偵かあ。それってマジな話?」
おっと、意外に野郎が食いついてきた。
「もちろんだとも。ちょうど先週、教師の小田正樹が殺害された事件があったろう。あれは我々が解決したものだ」
我々? 事件の解決のためにおれ関係なかったと思うんだけど……
「本当かよ。小田って、殺されなければ俺のクラスの地理担当だったはずなんだよね。もし事実ならとんでもないお手柄じゃん。俺探偵物の本読むの好きなんだよ。探偵ってかっこよくて憧れるなあ」
都合よく推理小説好きがいるとはな。読書家に占めるミステリ好きの割合は少なそうなのに。
証拠のつもりか、野郎は先ほどまで読んでいた本の表紙を指し示す。『動物園の殺人』という物騒なタイトルの本だった。帯は巻かれていない。シリーズものの第三作目らしい。
「でもどうして探偵がわざわざ文芸部に来たんだい?」
「それがだな。昼休み、ジョーに名探偵天使真実探偵事務所部を立ち上げることを提案したんだが、人数が足りんとか信用がないとか、真っ向から設立に反対してきたのだ。
仕方なく妥協案として、既存の部活動の一角で活動することを思い立った。そんなわけでこうして既存の部活動に場所を借りられないかと打診しに来たわけだ」
おれがワガママ云ったから仕方なく、みたいな空気出してるけど無茶云ってるのはお前だからな。そこ自覚しろよ。
「へえ。面白そうなこと考えてるな。文芸部内に探偵事務所ができるってことだろ? おれは全然構わないよ。
そんなことより天使くん。せっかくなんだし探偵の推理力ってやつを見せてよ」
意外に好感触。かなりルーズな先輩のようだ。そして突拍子もないお願いをしてきた。プライベートの芸人に「なんか面白いこと言ってよ」と無茶振りするのによく似ていた。
「事件が起きたわけでもないのに、唐突にそんなことを云われても困る。私の活動に興味があるなら今後事件が起こった時、君を呼んでやろう。新鮮な死体や私の鮮やかな推理ショーを鑑賞させてやるさ。ああチケット代は要らないよ。君の「なんだってー!?」などの驚きの声があれば十分だ」
天使は一見まともなことを云ったがやっぱり狂っている。殺人事件に遭遇する前提で話を進めるな。
野郎は諦めきれないようでうーん、と少し考えると午後二時の日差しのようにパッと顔を明るくした。
「いい問題を思いついた。こうしよう。文芸部を調べる時間をやるからさ、今現在の文芸部部員の人数当ててみろよ」
人数クイズ?
野郎は困惑するおれたちに補足の説明をした。
「これから君らにはこの文芸部部員の人数を当ててもらう。もちろん今すぐに当てろってわけじゃない。当てるためのヒントとして、十分間自由にこの部室を調べていい。十分経ったら答えを聞く。それで人数があってたら探偵チームの勝ち。はずれたら文芸部チームの勝ち。面白そうだと思わないか?」
てっきり部員は先輩だけで、いつも一人寂しく読書したりしてると思ってたよ。他にもいたのか。
話がひと段落したら美術部あたりへ美少女探しへ行こうと思ってたが、それなら話は別だ。
文芸部の他のメンバーに、清楚系黒髪美少女がいる存在がゼロになっていないなら、いくらでも部員を待とうじゃないか。集合するまでの時間潰しだと思えばいい。
「いいだろう。その挑戦受けようじゃないか。次の事件までの退屈凌ぎくらいにはなりそうだ」
仕方ない、と天使は立ち上がった。だが天使は気怠げな態度に反して俄然やる気なようだ。なぜなら彼の瞳にはメラメラと燃える闘士が宿っていたのだから。
「その代わり、我々が勝利したときには、文芸部に名探偵天使真実探偵事務所部のポスターを作成してもらうぞ」
この図々しさには流石の野郎も苦笑いした。
そういや先輩の名前を未だに知らないんで、よければ教えてくれませんかね。
「すまんすまん。俺だけ名前云ってなかったな。俺は白瀬海っていうんだ。よろしくな」
名前を云ってないのはおれもなんだが。ジョーはあだ名なんだよ。
「それじゃあ他の部員には十分ぐらい時間潰してから来るよう伝えとくわ」
そうして、人数当て推理クイズが始まった。
とはいっても、調べるところなんてこのスチール棚くらいしかない。
早速天使はスチール棚を荒らしはじめた。おい待て、荒らすのはやめろ。大切に扱え。
整頓されているとはいっても、いかんせん物が多くて何がなんだかよくわかんねえ。ひとまず並んでる本でもパラパラめくってみるか?
「調べるのはいいんだけど、そこの本に触るのはやめてくれ。部員の私物だから」
おれが本を取り出そうとすると白瀬に注意された。それなら仕方ない。おれは伸ばしかけた手を引っ込めた。本は二段に渡って仕舞われていた。
「文芸部部員の私物か。興味深い」
天使はダンボールを漁っていた手を止めて本に注目した。
上の段にはライトノベルを中心に仕舞われているようだ。流行りの異世界転生モノ、チートハーレム、学園ラブコメ等々。あまり本を読まないおれでも知っている、アニメ化するような有名作品だらけだ。現に『アニメ化決定!』や『映画公開中!』なんかの帯が巻きついているしな。
下の段はよくわからない。上の段とは打って変わって一般文芸なのはなんとなく察せられる。でかい本と文庫本が入り乱れていて、どれも分厚くて十数ページで寝落ちしそうだ。背表紙や帯を見てもどういう本なのかわかんねえや。せめてラノベみたいにわかりやすいタイトルつけてくれたらいいのによ。
あっ、でもこの本の著者の、村下夏樹って作家は聞いたことあるな。なんか有名みたいだよね。
「流石の君でも村下夏樹は既知だったか。下段のジャンルとしては大体が純文学だな。恋愛小説も点在しているようだが。そして君の云う『でかい本』はカバーの固さによってソフトカバー又はハードカバーと呼ばれるものだ。一般常識の範疇だから覚えておきたまえ」
わかったよ。しかし同じ文芸部でも、こんなにはっきりと読むジャンルが分かれるものなんだな。
「当然だ。書籍を愛する同好の士とはいえど、好みは十人十色だからな。恋愛、SF、ミステリ、ファンタジー、歴史小説、評論、ノンフィクション等々。そして読みやすい文体のライトノベル及びライト文芸も一角を形成しつつあるか。これらの要素だって、容易に混ざり合い、細分化される。よって分かれるのは自然なことなのだ。
探偵だって私のように事件が大好物の者がいれば、事件が嫌で部屋で引きこもっていたいという者もいる。世界は広いのだよ」
それは実にいいことを聞いた。探偵気取ってるやつなんて天使みたいなデリカシーの欠片もない奴しかいないと思ってたわ。探偵業界の今後に希望が持てる。
おれは後者寄りの人間なんですがそこの配慮はないんですかね天使さん。
気を取り直しておれは冊数を数えていった。ひい、ふう、みい……全部で四十三冊。もちろんイコールで部員の人数、なんてことはないだろうが、なかなかの冊数だ。
いつの間にか天使は、部員の本からは興味を失ったようでダンボール箱漁りに戻っていた。ダンボール箱にはどうやら歴代の部誌のバックナンバーが収納されているらしい。
「白瀬くん。どれが今代文芸部が発行した部誌なのだね?」
「それは……ここら辺だな。特にこの三冊が前年度に発行された部誌だ」
白瀬は白黒のコピー本四冊と、カラー表紙できちんと製本された二冊を取り出した。
部誌って年一回だけ発行するものじゃないんだな。
「その通り。うちは学期毎に一冊発行してるんだ。一学期と三学期はコピー本で済ますんだが、文化祭のある二学期だけは別だ。印刷所に頼んで、カラー表紙のちゃんとした本にする。なかなかよくできてるだろ」
「とすれば、二年前の部誌には、既に卒業した部員も参加しているのか。ならば閲覧するのは昨年のものだけで十分だ」
そう云って、白瀬から受け取った六冊のうち三冊を段ボール箱に仕舞った。
おれは残った昨年度発行されたという、三冊の部誌をしげしげと眺めてみる。
タイトルは全て『華』だ。コピー本の片方は、漫画タッチの少女が花畑で駆けまわっている絵。もう一方の表紙絵では天使みたいな格好をした男が、奇妙な部屋で思考の海に沈んでいるものだった。何を思ってこんな表紙にしたんだ。
文化祭用のカラー表紙はやはり気合が入っているようで、文化祭中の賑わいをパシャリとカメラで切り取ったような、心がワクワクしてくる表紙が描かれている。
部誌のタイトルは創部からずっと『華』のままのかな。
「部誌のタイトルは年度ごとに変えてるんだ。一年の頃は『光』だったしね。代々漢字一文字のタイトルって決まりはあるけど。今年度のタイトルはまだ未定。決めるのは体験入部期間が終わってからだね」
白瀬の解説を聞きながら、おれたちはカラー部誌の目次を開く。
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表紙 文化祭の一幕 葛飾 北斉
詩 あなたは春に夢うつつ 蝶野 水
挿絵 大空へ 巣箱
小説 魔王のハローワーク 海星
挿絵 黄金の午後 アリス
小説 時が二人を分かつまで 蝶野 水
エッセイ 転生/転移する日本人 海星
背表紙 終の炎 水仙
編集後記 蝶野 水
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目次は 項目/作品名/作者 の順に記載されているようだ。ペンネームとはいえ、これで人数がわかるはずだ。
いくつか被っている名前があるが……六人だな。文芸部部員は全部で六人。
ちょうど部室にあるパイプ椅子の数とも一致するし決まりだな。おれは部誌を片付けようとした。
「六人……矛盾はないように思える。しかし簡単すぎる。これは何かあるな。ジョー、編集後記を開いてくれ」
いいぜ。言われた通りおれは編集後記のある最終ページを開いた。
『初めての方は初めまして。ご存知の方はお久しぶりです。蝶野 水です。今回は三年生が引退してから初めての部誌で発行するまで色々大変でした。部員も少ないし。部誌を発行するにあたって、ご協力して頂いた皆さん本当にありがとうございました。そのお陰でこうしてなんとか形にすることができました。この場を借りてお礼申し上げます。
私はがんばって二作品書きましたが、いかがだったでしょうか。渾身の出来だと自負していますが……恥ずかしいので絶対に読み返したくありません。目の前で読まれたりしたら顔から火が出て死にそうです。深夜テンションって怖いですね。皆さんも注意してください。
ではこんなところで。この本を手に取って頂きありがとうございました!』
読み終わったところで一呼吸置いて、おれは声にならない歓声をあげた。蝶野水さん女子部員じゃん!!
これだよおれが待ってたのは。文学系黒髪美少女だよ絶対。おれには分かる。早く会いたいな。
「何を浮き足立っているのだ君は……読まないならその部誌を貸したまえ」
天使は天にも登るような心地のおれから部誌を奪い取って中身を読み始めた。勝手にやってろよ。今は対策を練らなきゃいけない。蝶野水さんと対面したとき挙動不審になっても知らないぞ。
おれはあれやこれやと脳内でシュミレーションを行う。出会ってすぐ告白。最初はもちろん断られるんだけど熱烈なアピールに根負けしてお付き合いしてくれるんだ。恥ずかしがりやの蝶野水さんだけど、勇気を出して手を繋いでくれたり、手作り弁当を持ってきてくれるんだ。おれが高三になったら先輩として家庭教師とかもしてもらって、ゆくゆくは大学で充実したいキャンパスライフを送るんだ。そして時は流れ、立派な大人になった。おれは蝶野水さんをクリスマスデートに誘う。夜景の綺麗なレストランで、不意にポケットから指輪を取り出してこう云うのさ……………
「そろそろ十分経ったな。答え合わせしようか」
おれが蝶野水さんと結婚式を挙げていたら時間が尽きていた。楽しい時間が終わるのってとんでもなく早いね。光陰矢の如しとはこのことだ。
「ジョーよ。しばらくの間意識が朦朧としていたが大丈夫か。まさか君、薬物中毒だったりしないだろうな」
薬物!? おれは憤慨した。なんて失礼なんだ。見ての通りおれは正気だぜ。この純粋で透き通った目をみろよ。一点の濁りもないだろう。そんな気になるんなら今から警察でも行くか? 検査しても何も出てこないけどな。
「そ、そうか。それならいいんだ。すまなかったな失礼なことを云って」
おう。謝ってくれればいいんだ。悪いと思ったらすぐ認めて謝れるのは美点だぜ。おっと。そういえば答えは分かったのか?
「もちろん。私に分からないことなどない。念のため部誌を読んでいたが、私の推理を補強するだけだったな。
やはり題名からのイメージと内容に大きく差異はなかったからな。例えば『魔王のハローワーク』はラノベ的ファンタジーに分類できる作品だったし、『時が二人を分かつまで』は恋愛ものだった」
天使はコホンと咳払いをして宣言した。
「さて、読者の方は一度手を止めていただきたい。何故なら読者諸君はこの時点で助手のジョーと同じだけの手がかりを得ており、文芸部部員の人数を当てることが可能だからだ。
そしてその手がかりは全て、今話の文章中に示されている。
思考を停止していたジョーはどうやら解に辿りついていないようだが、聡明な読者諸君ならばきっと私と同じ答えに辿り着けるだろう。私は終盤、部誌を読んでいたが、その内容はあくまで推理の補完となっただけであって推理の重要な要素ではない。
では宣言しよう。
『私は読者諸君に挑戦する』
繰り返しになるが、読者諸君はこの時点で助手のジョーと同じだけの手がかりを得ており、ジョーと違って聡明な読者諸君は、文芸部部員の人数を当てることが可能である。解決編の前に、一度探偵の気分で推理してみてはいかがだろうか。
では、読者諸君の健闘を祈る」
……一体誰に向かって云ってるんだ?
なんか読者への挑戦状になりました。やってみたかった。
天使の言う通り、推理に必要な情報はこの第7部分に揃っています。
作者の脳内当てにならないよう書いたつもりですので、無能なジョーに代わって、よければ推理してみてください。では健闘を祈る。