名探偵天使真実探偵事務所部
助手の本名が明かされることは多分ないです。彼は助手のジョーである。
「部活動を立ち上げようと思う」
入学から一週間経ったとある昼休み。
天使真実は唐突に宣言した。
クラスメイトたちは机を引っ付け、昼食とおしゃべりを楽しんでいる。まるで小島が点在しているようだ。どこかまだぎこちないものの、教室内にはある程度決まったグループが形成され始めていた。
ちなみにおれの属するグループは天使のグループ。他にメンバーはいない。
案の定、おれの高校スタートダッシュはエンストと云っても差異ないような状態だった。
その原因は、先日の事件の影響もあって、日を改めて行われたホームルームでの、天使の自己紹介にあった。
「私の名は天使真実。探偵だ。私は現在、難事件を大募集している。
謎の暗号、館を所有する大富豪、呪いの手紙、迷宮入りした難事件、盗めぬものはない大怪盗、奇妙な行動をする知人、その他不可思議な事象に心当たりのある者は、直ちに私、天使真実のところへ来るのだ。
探偵の私と、そこにいる助手のジョーがたちどころに謎を解き明かしてみせよう。たくさんの依頼を待っているぞ。以上」
ここ笑うとこ? おれは笑えなかった。
天使の後に自己紹介をしなければならないおれの気持ちがわかるだろうか。
クラスのムードメーカー的ポジションを狙っていたのに、第一印象が変人の仲間で固定された。
ああ。奇異なものを観察する目を止めろ。天使へのと同様の視線を向けないでくれ。精神が削られる。
このショックで、おれが基本真面目だけど冗談も通じて、やるときはやる、さらにユーモアもあるきさくで気のいい男だと、クラスにアピールするために準備してきた自己紹介が全て吹っ飛んだ。
お陰で当時の様子がほぼ記憶に残っていないのだが、天使の証言を統合すると、おれは幽鬼のようにふらりと立ち上がって
「……なんか助手らしいです。ジョーらしいです。……以上です」
ぐらいのことしか云えていなかったらしい。あまりに酷い。どんな悲惨な自己紹介だったとしても名前ぐらい云うぞ。天使の云った情報以上のものが一切入っていないとはいかなる事態か。
……さて。死にたくなるので、嫌な思い出は心のパンドラの箱に封印して本題に戻ろうか。
おれは弁当をもしゃもしゃと食べながら天使に胡乱な目を向けた。
そうか。応援してるぞ。創部祝いは花束でいいか?
「ジョー、君も入部するのだぞ。他人事にするな」
お前こそ、おれを勝手に入部させるな。
わざわざおれに向かって宣言するあたりそういうことだとは思ったが。
おれは箸を置いて聞きの態勢になった。
一応聞いておくが、何部を創るつもりなんだ?
「名探偵天使真実探偵事務所部に決まっているだろう。ちなみに清澄高校支部だ」
探偵部の類だとは想像していたが、こんなイタイ名前の部活を考えていたとは思わなかった。事務所部って意味不明だし。
「我々が清澄高校に入学して一週間。自己紹介で大々的に宣伝をしたのにもかかわらず、一向に依頼が舞い込む気配がない。何故か分かるかね?」
わざわざ探偵を頼るような事件なんて日常的に起こるものじゃないからだろ。二週連続で起こってたまるか。
あと信用がないからってのもあるかもな。信用があれば、ペット探しとか浮気調査とかの依頼がそのうち舞い込みそうだ。
天使は意味深にふむふむとうなずいた。
「その通り。我々には知名度が足りないのだよ!
我々は探偵活動を学校中に知らしめる必要があるのだ。
そこで私は部活動を行うことで、合法的にポスターを貼るなどして全校生徒に周知を徹底しようと思ったわけだ」
おれの意見を無視すんな。知名度以前に色々課題があるだろうが。
ちなみに、清澄高校支部ってことはまさか他に探偵部を作ってたのか?
「もちろんだとも。私は中学生のときから活動していてね。母校である泉沢中学校1-2に本部があるのだ」
泉中出身なのね。クラスで活動していたあたり、学校から認められた正式な部活動ではなさそうだな……
ひとまず探偵部の話をしよう。事件のゴタゴタのせいで、体験入部期間は本日からだ。
おれは元々どこかの部活動には入ろうと思っていた。ただしある条件があった。おれが入部する部活動の条件、それは可愛い女子部員の存在、ただそれだけである。女の子は同級生でも先輩でもいい。おれは心が広いからな。
放課後という思春期の貴重な時間を費やすのだから相応のリターンを獲得したいと願うのは人として自然なことだ。おれは甘酸っぱい青春を過ごしたい。そのためなら多少のリスクは呑むつもりでいる。事件は起こってほしくないが。
よし。天使の創設する探偵部に女子部員(しかも超絶美少女)が万一存在するならばおれは喜んで入部しようじゃないか。
おれは咳払いをして天使に尋ねた。
それで他の部員候補は誰がいるんだ? 特に女子。
「私とジョーの全2名の予定だ。これ以上増やすつもりはない」
部活動舐めんな!
おれは頭を抱えた。たった二人で部活が認められるわけがない。同好会すら怪しい。人数の件は想定内ではあるけどね。
しかし増やすつもりはないってどういうことだよ。増やさないと創設できないだろうが……
「安心したまえ。仮にダーツ日本一の生徒が、一人でダーツ部創設の希望を出したら、学校側が認めないと思うかね? 認められるだろう。なぜならその生徒には実績があるからだ。
幸いなことに我々には先日の事件を解決した実績がある。同様に名探偵天使真実探偵事務所部も部活動として認められるはずだ。違うかね?」
お前のその無根拠な自信はどこから湧いてくるの?
温泉なの?
その理屈も蟻塚ぐらい穴だらけだしよ。れっきとしたスポーツと一緒にするな。
それと、ワンチャン賭けるにしても、その部活名で申請するのだけは絶対にやめろ。ミステリ部とか推理小説部とかその辺にしとけ。
と伝えたところで、不満そうな顔をする天使を尻目に、おれはある考えを思いついた。
なあ、文芸部に入るのじゃダメなのか?
「それはダメだ。文芸部は名探偵天使真実探偵事務所部ではないだろう」
だからその部活名は諦めろ!
おれが云いたいのは、既にある部活に入った方が確実に活動の拠点を持てるってことだ。
運動部はともかく、文化部なら部活の傍らにお前のやりたいっつう探偵活動できると思うんだわ。そして文芸部って本読む部活じゃん。ひょっとすると推理小説好きな部員がいるかもしれない。うまくいけば仲間に取り込めるかもしれないぜ。
「つまりは既存の部活動に寄生することを提案しているのだな」
寄生だなんて人聞きが悪い表現はやめてほしいなあ。おれたちは至って真面目に活動する部員AとBなのさ。やましい事なんて一切ない。
ただ、活動の息抜きに舞い込んだ、ちょっとした謎をパパッと解決するだけだ。何も問題はない。
ま、そうそう探偵活動をする機会があるとは思わんが。
天使は少し考えるような仕草をした後
「もし部員が3年生のみなら、夏が終わる頃には部室を我々の自由にできるようになるだろう。悪くない考えだ。では今日の放課後にでものぞいてみるか」
話わかるじゃーん!
おれはニコニコしながら天使に餌付けされた。コロコロと口腔の飴を転がす。レモン味も清涼感が素敵。
おれは腕を組んで脳内シュミレーターを起動させた。おれの脳味噌がフル稼働し、あらゆる外見や性格の女の子との会話が高速でシュミレートされていく。
さあて。品定めと洒落込むか……結果が芳しくなくとも気を落とすことはない。文化部はまだまだ他にもある。
おれはまだ見ぬ黒髪ロング清楚系美少女に心を躍らせた。委員長属性だとなおよし。眼鏡属性は要相談。
他を当たろう。
放課後の文芸部室前。
おれは部室内に野郎一人しかいないのを確認して、愛想笑いを浮かべてすぐさまきびすを返した。
しかし天使にぐいっと襟をつかまれてしまう。おれは思わずぐえっと呻き声を上げた。まるで踏み潰されたカエルだ。
天使は道場破りのように気を張った声をあげた。
「ここが文芸部かね? 」
「そうだけど。ひょっとして入部希望者かい?」
野郎は天使を招き入れた。天使が入室するついでにおれも引きずられてゆく。
今更駄々をこねても仕方がない。話ぐらいは聞いていくとするか。