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探偵は事件を引き寄せる  作者: 霜雪雨多
5.死の分水嶺
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ペリカン少女の配達物

 6月某日。空には鈍色(にびいろ)の雲が広がっていた。衣替え期間の途中だが皆涼しげな格好になっていて、女子の二の腕が目に眩しい。こんな日は希ちゃんと相合傘で帰りたいところなのだが、今日はそういうわけにもいかない。かさりと音を立てるポケットの手紙が、これが夢ではないことを教えてくれる。


「探偵の頭脳はこの世の不可思議を解き明かすために存在するものだ。ゆえに頭脳のリソースを既知の事柄に割くのは人類の損失である。大体、既に解き明かされた事柄を振り返るのは、探偵ではなく助手の役目なのだ。私にはもっと他にやることが……」


「御託はいいから手を動かしてくれるかしら。ジョーくんは部誌に掲載するイラストをとっくに提出済みなの。真実(まみ)くんにも部員としての責務を果たしてもらう必要があるわ」


 文芸部室の一角は修羅場と化していた。ちなみにおれが提出したのは魔法少女一夢(いちゆめ)(のぞみ)(10歳)である。


「私も一度提出したではないか。責務は果たしただろう」


「作品の内容が個人の自由なのは認めます。あなたが書きたいという殺人事件のまとめでも、もちろんかまいません。でもね、R-18作品はさすがに掲載できないの。あなたの死体描写は生々しすぎるわ。せめてR-15レベルに直しなさい」


「時に真里香くん、表現の自由というものを知っているかい?」


「時に真実くん、公共の福祉って知ってるかしら?」


 西條先輩はあの真実にも毅然と対応している。部室の隅ではグロ耐性のなかった白瀬が膝を抱えガタガタと震えていた。ざまあ。


「マリーはお堅いなあ。多少グロくてもいいでしょ。官能小説を載せるよりかはマシだよ。俺は天使(てんし)くんの巧みな筆致に感動したね。これなら芥川賞だって狙えると確信したよ」


「エッチなのもグロいのもいけません。そして芥川賞は純文学に贈られる賞なの。適当云わないでくれる?」


「いっけねえ。美術部行かなきゃ。それじゃあみんなまたな!」


 キレ気味の西條先輩に、さすがの葛木もびびったらしくすたこらさっさと逃亡した。

 時計を確認すると、4時40分を少し過ぎたところだった。

 それじゃ今日は先帰ります。親に店の手伝い頼まれてるんで。


「そうね。ジョーくんには素敵な絵を出してもらったしいいわよ。でも、部誌を印刷する日は手順を説明するから、予定を空けておいてくれるかしら」


 了解です。ではお先に失礼します!

戦地に赴く軍隊の如くキビキビと荷物を背負い、部室を後にした。


「待て、待つのだジョー。助手が探偵を見捨てていいはずがないだろう!」


あっ、おれ助手じゃないんで帰りますわ。


 

 おれはウキウキしながら手紙を再度確認した。


『ジョー氏へ

 お話があります。17時に校舎裏へ来てください。待っています』


 可愛らしいペリカンの便せんに、女の子らしい丸文字が躍っている。今朝登校して机の中を探ったらこんな手紙が入っていたのだ。差出人の名前はない。やあっとおれのモテ期がやって来たか!

 清澄高校に通うこと二ヶ月ちょい。まあおれの魅力が女子たちに浸透するには妥当な期間か。しかし陰から想うだけでは我慢できず、告白まで突っ走るとはなかなか積極的な()だ。でも俺には希ちゃんという心に決めた人が! ひょっとして差出人はおれが希ちゃんに好意を寄せていることに気がついていて、おれが取られてしまうと危機感を感じたからこんな迅速な行動に出たのか? いやあ情熱的で嬉しいねえ。そう、気持ちは嬉しいんだ。でもすまないけど、おれの心は希ちゃんに釘付けなんだ。後腐れの無いように振ってしまおう。そう決意を固めたところで内なる紳士が待ったをかけた。だが、女の子に涙を流させてもいいのだろうか。否である。女の子に涙を流させるのは紳士の行いではない。紳士は一時の気の迷いで女の子を振ったりしないんだ。告白してくれる女の子の勇気に敬意を表して、側室にしてやろう。


 スキップしながら校舎裏へ。時刻は16時50分前。時間に余裕を持って行動するのはモテる男の必須条件だ。おっと、不運にも先客がいたようだ。校舎裏で向かい合う二つの人影を視認して、慌てて近くの茂みに隠れる。


「うわっ、狭いんだからこっち寄らないでくれ」


 茂みにも先客がいた。なんでだ。しかも野郎か。差出人の女の子かと思ったのによぉ~!


「よりによって天使の助手かよ。ついてないな」


 助手じゃないが。あんたおれのこと知ってるのか? 男に知ってるアピールされても嬉しくないぞ。


「助手で菓子業者で女好きのジョー。1年で知らない奴はいないだろ。てか先月会話したじゃないか」


 話してないが。仮に話していたとしても、もう忘れたぜ。男との会話にメモリを割いても無駄だからな。


「なら復元してくれ。俺は日元正義(ひのもとまさよし)だ。ほら、探偵部に塀果先輩の件で依頼に来ただろ。……依頼した時にはもう手遅れだったけどな」


 日元は声のトーンを落として目を伏せた。


 おれは脳みそのつまみをキュッと捻りぽわわんと記憶をところてん方式で押し出す。そんなこともあったもしれないと昨日の夕飯程度にはうっすらと思い出した。

 ああ、あのときの。それで、あんたはどうしてこんなとこにいるんだ。


「手紙で校舎裏に呼び出されたんだ。話があるってさ」


 はー、間抜けだなあんたは。そんなの野郎どものいたずらに決まってるだろ。それに野球部はどうしたよ。色恋沙汰を優先してさぼりとは火炙りの刑にされても文句言えないぜ?


「いいや。字は確実に女子の筆跡だぞ。それに今日はグラウンドがぬかるんでるから自主練になったんだ。さぼってるわけでもない」


 なら罰ゲームでの偽告白だな。惨めな経験をするだけだからいますぐ帰ったほうが身のためだぜ。これ友達の友達の話な。おれはカップル成立の妨害を試みた。


「あれ、二人ともそんなところでこそこそ何をしているんだい?」


 不思議そうな目をしながら首をかしげたのは、日本の宝であり僕っ娘探偵でもある希ちゃんであった。

 なるほどおれを呼び出したのは希ちゃんか! 手紙で呼び出しだなんて奥ゆかしいなあ。サバサバした性格に見え隠れする乙女な純情。グッとくるよね。


「次は日元くんの番だ。早く行ってあげることだね」


「俺の番?」


「そう。君の番だよ」


 日元は困惑しながらも希ちゃんが話していた相手のもとへ向かった。


 あれ、帰っちゃうのか。お、おれには何か云っておくことないの? 

 無かったらしいので、おれは歩き去る希ちゃんの後ろ姿をただ見つめることしかできなかった。そういえば夏服バージョンの肖像画はまだ描いていなかった。1/1スケールの大作を描こう。

 余談だが希ちゃんと古都(こと)はいつの間にやら仲良くなっていた。『全部助手くんのお陰だよ!』と手を握ってブンブンされたが、身に覚えのないことで感謝されることほど不気味なことはない。おれは古都をちょいと利用しただけだ。シュークリームで感謝はされてるのはいいが、友達作りで礼をされるのはもやもやするな。奥歯に鶏肉が挟まったみたいだ。


 時計を確認すると5時を少し過ぎたところだった。おれのお相手はまだ現れない。待ち合わせ場所に先客がいるせいで出るタイミングを失っているのだろう。

 ふと気になって、日元の相手を確認するため、茂みからぴょこんと顔を出した。


 憎たらしいことに奴が話しているのは女子だった。あれは誰だ?

 髪型はポニーテールで、メガネをかけている。瞳がサーチライトのようにピカピカと光り日元を照らし出す。そして学校の基準より1センチ短くされたスカート。ピアスの穴は開いていなくて、化粧っ気もほぼない。最近おしゃれ意識が目覚めてきたが、あからさまにはしたくないといったところだろうか。それらを女性専用脳内検索データベースに入力しエンターキーを押す。検索結果一件。彼女の名は(はやぶさ)赤羽(あかばね)。帰宅部の高校1年生だ。好物はチーズケーキ。赤い羽募金運動のたびに、周囲にからかわれていたという過去を持つ。しかしながら百円×百人=一万円の赤い羽根募金を集めるという驚異的な記録を保持し、その記録は現在でも破られていないという。その経験が高じて中学時代はボーイスカウトでボランティア活動に精を出していたらしい。

 

 ボキンちゃんは日元と向かい合い、手帳に何やら書き込んでいる。よしよし告白という空気ではなさそうだ。おっと会話が終わったようだ。ボキンちゃんが軽く礼をして、いやいや気にするなと日元は肩を軽くたたく。おれは日元への殺意を募らせた。堅い握手を交わす二人の間にチェーンソーで割って入れたら、どんなによかったことだろう。


「おーい、次はジョーの番だぞ」


 は? おれの番?

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