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探偵は事件を引き寄せる  作者: 霜雪雨多
4.シュークリームは優しさの味
18/22

甘味注意報発令

 梅雨が目前に迫るある日のこと。なんと、おれと天使(あまつか)のもとには次から次へと客が押し寄せていた。


「ココアとミルクください」


「ジャムを2枚」


「粒あんの最中(もなか)ってある?」


 もちろんですよ。押さないで、順番にね〜。おれは顔に営業スマイルを貼り付けて、客に商品をテキパキと手渡してゆく。

 代金の精算は天使(あまつか)の担当だ。名探偵天使真実に返せぬお釣りなどない。

 ピークを過ぎ、客足が途絶えたところでおれは一息ついた。よし、今日はこんなとこかな。天使(あまつか)、上がっていいぞ。

 天使(あまつか)はこくりと頷いてししやのエプロンを外した。

 

 片付けを始めようとしたところでテーブルの前に立つ人物がいた。すみませんね。本日の営業は……やあ希ちゃん。話すのは久々だね。何か用かな?


「やっと事件の事後処理が終わったんだ。それで後回しになってしまっていたクッキーと肖像画のお礼を、と思ったら君らが教室にいない。それでクラスの子に聞いてこのブースを教えてもらったんだ。なんだいこの状況は」


 彼女の手には紙袋が握られていた。隙間から、ちらりと桃がのぞいている。なるほどそういうことね。おれが描いた肖像画はどこかに飾ってるの?


「居候先の萌香さんがひと目見るなり感激しちゃって、いまは玄関に飾られているよ。そのせいで毎朝恥ずかしいったらありゃしない……ってそれはどうでもよく、よくはないな。

 よくはないが! 先に聞きたいことがあるんだ」


 顔を赤くした希ちゃんが話を戻す。


「どうしてししやのお菓子を学校で販売してるんだい?」


 えっ、今更? おれは天使と顔を見合わせた。先週あたりからやってるんだけど気づかなかった?


「全く。昼休みは事件関連の内職でずっと教室にいたから。クラスの女の子がししやのお菓子を食べてるのには気がついていたけど、『ししやってやっぱり人気なんだなー』ぐらいにしか思っていなかったよ」


 ししやが人気なのは事実だけど、学校に持参するお菓子として選ばれるかっていうと、そうではないんだよね。どうしても天秤はコンビニでも販売されているような菓子に傾く。でも学校で購入できるとしたら話は違ってくる。ふと需要あるかなと思って試してたら予想以上の人気があってこの大躍進さ。


「シュークリームが残っていたら売ってくれないかな。実は好物でね。僕も食べてみたい」


 ごめんね。シュークリームは売ってないんだ。クリームを使ったケーキなんかの生菓子は衛生面の問題があるからね。生菓子をクーラーボックスに詰めて販売するわけにもいかないでしょ。駅前で買ってくれると嬉しいな。


「売ってない?それはおかしいな」


「おかしい、とはどういうことだね?」


「僕のクラスにシュークリームを食べている女子がいるんだ。それも毎日」





「希くんは、販売されていないはずのシュークリームを購入している女子生徒がいる、そう主張したいわけだな」


「そうさ。シュークリームに気がついたのは先週。僕の転校直後にはシュークリームの姿はなかったはずなんだ。ちょうど君らのお菓子販売と時期が重なるんだけど……本当に売ってないんだよね?」


 嘘はないよ。繰り返しになるけど、シュークリームを含む生菓子をおれは一切売ってない。


 二人はむむむと考えこんだ。なんてことはない。その女の子はシュークリームが好きで、毎日ししやに買いにきているんだよ。学校に来る前に買うのは厳しいだろうから、前日の授業後になるのかな。それだけの話さ。


「一つの解釈としてあり得ないことはないだろうが、疑問が残るな。シュークリームが好物だとして、なぜ学校で食べるのだ? 家で食べるのが理に適った行動といえるのではないだろうか」


「それ以前に、彼女がシュークリームを持参しているわけではなさそうなんだ。お昼ご飯の前に、空のタッパーを持って教室を出て、シュークリームを入れて帰ってきている。学校でシュークリームを入手していると考えるのが自然かな。毎日二個食べているから、仮に好物だとすればよほどなんだろうね」


「毎日二個か……今は置いておこう。そのシュークリームはししやの商品で間違い無いのかね」


「わからない。シュークリームはクッキーみたいに包装されていないから。その問いに答えは出せないね。でもこの学校にシュークリームの入手経路なんて君らの店ぐらいしか……」


 そんなに気になるんだったらその子に理由を聞くのが一番の近道なんじゃない?


「「それはダメだ」」


 うお、探偵たちの圧がすごい。大気が震えたかと思ったぜ。わかったわかった。聞きに行くのは答え合わせまでお預けってことね。


「ところでシュークリーム女の氏名を尋ねても構わないかね?」


「確か……古都(こと)さんだったかな。クラスメイトの名前もだいぶ覚えてきたよ」


 古都さんねえ。知っているような知らないような。


古都(こと)(かがみ)だな。彼女は我が天使真実探偵事務所部の記念すべき最初の依頼者だったろう。忘れたとは云わせないぞ」


 そうだ、ブリキのおもちゃを天使に鑑定させた女の子だ。仮に鑑定品を売ったとすればシュークリームを買う軍資金は十分あるな。


「ジョーくんが女の子の名前を忘れていたなんて意外だね」


 ははは……おれも人間なんでね。そういうこともあるよ。笑って誤魔化した。女好きキャラだといつバレた?さすがは名探偵というわけか。焦りで背中が汗ばむのを感じる。なんだよ天使。おれの顔に何か付いてるか?


「いいや。希くんは古都鏡と親しいのかね」


「別にそういうわけでは。古都さんがシュークリームを食べてるのを羨みながら内職をしていただけだから」


「……私が云うのもなんだが、希くんに友人はいるのかね」


 ほんとにお前が云うなってかんじだな。希ちゃんは苦笑いした。


「うーん。残念ながら君らの他にはいないね」


「私にとって希くんはライバルであって決して友人ではない」


 天使からの不意打ちを喰らってふらふらと希ちゃんがダウンした。


 天使は素直じゃないなあ。希ちゃんもあんまり真に受けないの。おれは希ちゃんと正真正銘の友達だよ。ゴールデンウィークだって一緒に出掛けたじゃない。ほら友達じゃないか。


 伏せていた希ちゃんの瞳に光が差す。


 そしてゆくゆくは友達以上の深い関係になりたいなって。


 希ちゃんの瞳が淀んだ。


「どうやら僕に本当の友達はいなかったらしい。事件のためとはいえ5月なんて中途半端な時期に転校してきたのがいけなかった。5月は既にグループの形成が終わっている段階。僕がクラスで浮くのは火を見るより明らかだったのさ……」


 人間関係で浮いている希ちゃんが目に見えて落ち込んだ。

 いや大丈夫!希ちゃんに尊敬の念が送られてることは確実。あとは話しかけに行くだけなんだよ。希ちゃんがすごいからみんな気後れしちゃってるだけなんだって。ね?ね?


「ほんとかなあ」


 ほんとほんと! 

 おれはこの話題を引き伸ばすと良くないと思い、咄嗟に本題へ軌道修正する。

 二人とも肝心なことを忘れてるぜ。シュークリーム販売の可能性があるところといえば、購買があるじゃないか。希ちゃんは行ったことある?


「萌香さんがお弁当を持たせてくれるから、まだないね。購買ではケーキ等の販売もあるのかい?」


「一度購買を利用したことがあるが、私の記憶では、食料品は弁当や菓子パンだけだ。スナック菓子すら置いていない」


 ま、確かめてみる価値はあるんじゃない?ちょうど片付けも終わったところだしさ。

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