名探偵への階段
文芸部には天使によってコーヒーメーカーと電気ケトルが導入されていた。話を聞くに、灰禅村でもらってきたらしい。さっぱり経緯がわからん。
西條先輩も白瀬も、これはありがたいと紅茶を注いだ。おれも紅茶。コーヒーは天使だけだ。天使が抽出したコーヒーにスティックシュガーを投入していく。3本入れたところで味見。めっちゃ苦そうだ。
部室内に紅茶とコーヒーの香りが漂う。時折紙を捲る音と鉛筆を走らせる音が聞こえるばかりで、室内は静寂に包まれている。文芸部が急にお洒落になったな。
よし。途中だった希ちゃんの肖像画が完成したぞ。あとで渡しにいこう。
カキン。バットが硬球を打ち上げた。グラウンドからの野球部の掛け声が、事件を想起させる。
天使はずっと機嫌が悪い。顔を見れば誰でもわかる。かといって周囲に当たり散らしているわけでもない。天使がブージャムに出し抜かれるのはこれで二度目だ。彼も思うところがあるのだろう。
事件の真相は天使のトリックと希ちゃんの推理通りだった。雨で大半の血痕は洗い流されていたものの、殺害現場は校舎裏だったと判明した。すぐ近くの茂みで、脂のべっとりついた斧も一緒に発見された。破損はあったものの、遺骨がきちんと回収できただけでも幸いというべきか。葬儀は近親者のみで行われるそうだ。
天使はおれが持参したクッキーをゆっくりと咀嚼していく。もちろんししやのクッキーだ。机の中央に置いて、誰でも取れるようにしてある。
天使は、葛木に押し付けられていた推理小説をパタンと閉じると立ち上がった。
「今日は帰らせてもらおう」
おれは天使を引き止めた。お会計300円になります。
「……なんの話だね」
おれが持参したクッキー食べただろ。あれね、学校で売る用に店から預かってきたやつなの。ココア1コ、ジャム1コ、ミルク1コ、お前が食べたのは全部で3コで計300円。さあ払いなさい。
天使は懐から無言で財布を取り出して、おれが差し出した木製の貯金箱に入れた。100円玉がチャリンチャリンと幸せな音を立てた。毎度あり〜。そして白瀬先輩も食べてましたよね? あっご協力ありがとうございます〜。おっと、西條先輩の分のお代は要りません。ししやを贔屓にしてくだされば十分です。
「私、人に借りを作るのは嫌いなの」
チャリン……。西條先輩の笑顔が眩しかった。
「店の商品ならば、君も払うべきなのではないかね? 確かジョーはココアクッキーを5コ食べていたな」
おれは無言で財布を取り出して、貯金箱に500円玉を投じた。少し重いチャリンという音は、幸福の終わりを感じさせた。
「ジョーよ、その菓子類だが、来客用に多めに用意しておきたまえ。次の依頼が来るまでそう遠くはない。私にはわかるのだ」
そうかよ。おれは嘆息して、どかっと椅子に戻る。貯金箱の代わりに鉛筆を握って、描いていた天使のスケッチに命を吹きこんだ。
ふむ……おれは閃いて、天使にパイプ煙草を咥えさせてみた。これでちょっとは探偵らしくなったんじゃないだろうか。
これにて3章完結!よければ感想、評価、ブックマーク等お願いします。