水堀で閉ざされて
そういやデート回で、鯉の餌やりをしてなかったのでちょっと追記しました。
翌日、天使が学校に姿を見せることはなかった。予想通りで笑える。
おれは職員室で文芸部の鍵がないことを確認する。古い鍵ばかりだ。清澄高校はそれなりに歴史ある学校だからな。そしていつもの文芸部に足を踏み入れ、古びたタグの付いた鍵をくるくる回して遊んでいた葛木を流れるように紐で縛った。抵抗されるかと思ったが意外に大人しいじゃないか。
「……で、俺は何でかわいい後輩に拘束されてるんだ?」
きっと心当たりがあるんじゃないか?胸を当てて自分の心によーく聞いてみるんだな。
「なんのことだよ」
とぼけるな。ネタは挙がってるんだぜ。葛木斉門。希ちゃんの推理によると、ゴールデンウィーク前にあった不気味な放送と生徒の消失。それらは天使とお前の仕業なんだ。
「おい、俺の知らないところで面白そうな事件が起きてるじゃないか。詳しく聞かせろよ」
おれは弄んでいた鞭をバチンと床に叩きつけた。鞭が跳ね返っておれの太ももを直撃する。ぐおお。
ええい、ごちゃごちゃ云ってないで白状しろ!あんただって拷問は嫌だろう。今ならまだやり直せる。
葛木がもぞもぞと動いて自分の胸に手を当てて考えようとしていると、ガラリと扉が開いた。
「失礼しま──なんだいこの状況は!?」
よく来たね希ちゃん。犯人の片方を確保しておいたよ。
「おっと、新しい子だ。どうも容疑者その一です。君の名前は?」
「いや、それより先ず拘束を解かなくては……」
だめだめ! そんなことしたらこいつ希ちゃんを人質にして逃走するよ! おれは警告した。
「だそうだ。君の名前は?」
葛木が肩をすくめる。希ちゃんは溜息をついた。
「僕は一夢希といいます。学業の傍らで探偵活動をしています。おそらくあなたが真実くんに協力しかねない要注意人物、葛木斉門先輩ですね。ジョーくんが早まってしまったようで、すみません。
迅速に葛木先輩を解放するんだ。彼は犯人ではなかった。昼休みに聞き込みをしたところ、彼のアリバイが証明された」
まじかよ。おれは速やかに拘束を解いた。
5分後、西條先輩とおまけがやって来た。2人はおれと天使のアリバイをきちんと証明してくれた。
「ジョーくんと葛木先輩、それとこの場にいないが真実くんに僕は謝罪しなければならない。僕の間違った推理で危うく、3人に罪を被せてしまうところだった」
「気にしないでくれ。現実での事件に関われて、俺はわりかし楽しかったぜ」
「二度目はない。必ず事件の真相を突き止めてみせる」
握りしめた拳は決意の表れだ。太陽の情熱と深海の思考を合わせ持つ彼女の、探偵としての矜持が具現化したかのようだった。
「では事件について、改めて判明した事柄を共有しよう。
事件の起こりはゴールデンウィーク前日。不気味な放送と、行方不明になった1名の男子生徒。その人物の名は塀果英吾。野球部に所属していた。
授業には出ていて、行方が分からなくなったのは放課後のことだ。清澄高校には3つの橋がかかっているね。橋の前にはそれぞれ監視カメラが設置されている。僕が監視カメラの映像を確認させてもらったところ、事件当日、塀果くんは学校から出ていない」
……パードゥン? 学校から出てないの?
つまりゴールデンウィーク中もずっとこの学校にいたのか?
「さらに云うと、放送室の学生服、あれが塀果英吾のものだったんだよね。そしてカバンは、教室のロッカーに入れられたままだった。
さて、彼が今も生きているならば学校のどこで何をしているのか。替えの服を用意していなければ彼は裸だね。一連の事件はブージャムによる犯行だと考えていいはずだ」
西條先輩がおずおずと挙手して、
「ブージャムというのは、『スナーク狩り』に登場するスナークの一種のことなのかしら」
「そうです。あくまで自称ですが。正体はブージャムを名乗る人間であり、『スナーク狩り』のブージャムとは別です」
「じゃあ消え失せてしまったのがパン屋さんなのはそういうことなのね。物語上でもブージャムによって消え失せてしまったのはパン屋だったのよ」
パン屋さん? 塀果家はパン屋だったのか。
「なるほど。塀果→べいか→ベーカー→パン屋 か。見立て殺人だ。動機から犯人を絞るのは困難そうだな……」
「くだらない言葉遊びですよ。だからこそ怨恨絡みの事件より一層たちが悪い。無差別に近い犯行だ。窃盗犯やスリが相手ならば、僕の健脚で捕らえられるんですがね」
探偵活動はいいけどスカートには気をつけてね。おれ以外の男に下着を見せちゃいけないよ。おれはメッと希ちゃんに注意を促した。
「そもそも君にも見せる気はないけど……」
希ちゃんはぺらりと自分のスカートをめくった。きゃっエッチ!
手で顔を覆いながらも、おれは指の隙間からチラリと覗く。彼女はスカートの下にジャージを履いていた。
「先日のように校内で事件が起きたとき、思うように走れないのはどうかと思ってね。私服は却下されたから妥協案さ」
おれは膝から崩れ落ちた。こんな仕打ちってないよ。おれが前世でどんな悪行を働いたというのだろうか。
パンチラは綿々と現代まで受け疲れてきた偉大な文化だ。古今東西、男子の劣情はここから始まったといっても過言ではない。見えそうで見えない、あの絶対領域に、バカな男たちは希望を持った。スカートを押さえる女子の恥じらいに夢を見出した。しかし、ズボンという装甲を纏うだけでそれは絶望に変わる。夢も希望も儚く散る。先人たちが受け継いできたパンチラを、おれたちの世代で廃れてさせてしまっていいのか。いいや、いいわけがない!
白瀬先輩これどう思いますか!?
「どう思うって、どうも思わんが。好きなようにすればいいんじゃないか」
かーっ、これだからむっつりは。
「俺はジョーの意見に賛成だぜ。パンチラの消滅は人類にとって重大な損失だ。
ただな、彼女たちはお洒落だからスカートを履いているのであって、男にパンツを見せるためのものじゃない。そこを履き違えちゃあいけない。パンチラ云々は、男が勝手にわいわい騒ぎ立ててるだけだ。そのことを失念してはだめだ。パンチラが起こらないからズボンを脱げだなんておれの口からはとてもではないが云えない」
で、でも! おれたちの夢は、希望はどうなるんですか!? これはあまりにも……酷い。
葛木は元気付けるようにおれの肩を叩いた。
「悲観することはないさ。スカートは決して無くならない。スカートは可能性なんだ。当人がズボンを履いていると主張しても、その先にはパンツがあるという一握りの可能性がある。たとえ見えなくても、パンツはそこにあるんだ。夢も希望も決して消えることはない」
葛木先輩! ドン引きする女性陣を横目に、おれたちは肩を組んで笑い合った。
「なんて頭の悪い会話なんだ……」
「けだもの……」
「お前ら最低だな……」
白瀬があちら側なのには納得いかなかった。
塀果の手がかりが校内に残っていないだろうかと話し合っていると、部室に訪問者があった。
「失礼します。天使真実探偵事務所部はここで間違い無いでしょうか」
違うよ。天使真実を読めなかったのだろうとは察したが、訪問者が野郎だったのでおれは嘘をついた。野郎は慌てて、失礼しましたと丁寧に頭を下げて部室から出ていった。
ごめんごめん。何の話だったっけ?
「いま来訪者を追い返したような気がしたが……」
いいのいいの。どうせ大した用件じゃないし。それにここは天使真実探偵事務所部だ。全く紛らわしいよね。
「すみません、やっぱりポスターによるとここなんですが……」
ちっ、野郎が戻ってきた。
まあそうです。認めましょう。ここが文芸部兼探偵部です。おれは長ったらしいので省略した。
生憎担当の探偵が現在席を外しておりまして。日を改めてまたお越しください。
「日を改めて?ああほんとだ。ホームズの格好をしてる人がいないな。今日は休んでいるんですか?」
校内で天使はホームズの人として、いつの間にやら認識されていた。
はい。探偵がゴールデンウィークに灰禅村へ行ったきりまだ帰ってきていないのでございます。私では少々判断が出来かねますので、繰り返しにはなりますが、日を改めてお越し下さい。
野郎はギョッとした。
「灰禅村周辺の土砂崩れってニュースになってましたよね。一大事じゃないですか」
多分明日か明後日くらいには戻ってくるんで大丈夫ですよ。おれの澄ました態度に野郎は困惑した。
「ところで君の依頼は?天使真実の代わりになるかは分からないが、僕も探偵だ。力になれるかもしれない」
ちょっといいの希ちゃん?塀果って先輩の居所を探るんだろ。
「だからといってこのままにしておくわけにもいかないだろう」
「あの!」
なんだよ。
「俺の相談ってのは塀果先輩に関することなんですが……」
野郎は日下正義と名乗った。
「つまり塀果英吾は君の中学時代からの先輩で、ゴールデンウィーク前日に失踪した塀果英吾を探してほしいと」
「はい。中学から塀果先輩も俺も野球部で、塀果先輩にはずっと世話になってたんです」
時系列にそって話を整理すると以下のようになった。
まず、塀果はゴールデンウィーク中も部活の予定が入っていたため、ゴールデンウィーク前日、つまり事件当日から、塀果以外の家族だけで、海外旅行へ出かけていた。
そして事件当日の放課後。塀果は外せない用事があるとかで、野球部の練習に出なかった。塀果からそれを聞いた上級生たちによると『ありゃあ告白の呼び出しだな』とのことだ。これが塀果の最後の姿となる。
練習中にあの放送があった他は、特に変わったことはなかったようだ。
本来ならばゴールデンウィーク中も練習の予定だったのだが、雨天のため、前半3日間は練習中止となっていた。ゴールデンウィーク4日目に行われた練習で葛城は欠席。本人とも家族とも連絡がつかず、その日は終わった。
そしてゴールデンウィーク最終日。家族が海外旅行から帰還。塀果の失踪に気がついた家族が片っ端から電話をかけ、昼過ぎに警察に届け出をした。
そして現在に至る。
ラブレターで呼び出されてからの消息が不明っと……まず真っ先に、ラブレターの相手が怪しそうに思えるな。
「塀果先輩が告白の手紙を受け取っていたとかは、あくまで部活の先輩たちの印象なんで、必ずしもそうとはいえないです」
まあ学校の中か外かは知らないが、楽しみなことがあったのは確実だろ。塀果はウッキウキだったんだから。甘い話に誘いだされて、誘拐されたか。ああ、案外自分から家出した可能性もあるな。
「誘拐されたのなら、犯人から脅迫の電話が少なからずあるはずだね。そういう話は聞いているかい?」
「いいえ、そういう話は無いですね。とはいえ塀果先輩が家出したとも思えません。品行方正とはいいませんが、物事に真摯に取り組める、尊敬できる人物でした」
日下は時計を確認して、
「すみません。もう部活が始まるので失礼します。依頼の件、どうぞよろしくお願いします!」
「情報ありがとう。僕らが必ず塀果くんを見つけてみせる」
希ちゃんの力強い言葉に安堵したのか、彼は晴れやかな顔で部室から退出した。
しかし、もう、塀果はブージャムによって煙のように消えてしまったと考えた方がしっくりくるレベルだな。
放送室の密室を、さらに清澄高校という巨大な密室が覆っている。犯行の方法も不明だし、ブージャムの目的がチェシャ猫並みに読めない。警察への挑発からして愉快犯の公算が高いが。
塀果が学校に残っているとするならば、一体どこにいる? 教室は論外。物置や屋上が有力な場所だろうか。そもそも誰にも見つからず5日間を過ごすことは可能なのだろうか。
そうやっておれは結論の出ない問題をアマチュア陶芸家のようにこねくり回していた。
おっとブルっときた。はい、もしもし?
『久々だなジョー。そろそろ先日の密室が解けたころだろうか。ライカンへの餌やりは済ませたか?」
やっぱ無事だったか。おれはホッと胸をなでおろした。ライカンって誰だよ。ハトか?
『あの真っ黒な鯉だ』
知るか! でも昨日はデートのときに餌をやったな。集まってこないからあんまお腹空いてなさそうだったけど。ちなみに今何してんだ。明日には学校に来れそうか?
『学校には行けそうにないな。これから、命をかけたデスゲームが行われる船に乗り込むところなのだ』
いつまで休んでるつもりだ。ゴールデンウィークは終わったんだからさっさと戻ってきやがれっ!!
次話で解決編になります。
よければ真相を推理してみてください。
推理するものは以下の通りです。
①放送室の密室トリック
②なぜ密室を作ったか
③塀果の居場所
ヒントは間違い探し、というか仲間外れですかね。
密室トリックは気づけば簡単です。塀果の居場所は、難しいと思います。
パンチラについての語りはあくまでジョーの意見であって、決して作者の意見ではありません。誤解なきように。