一夢希は名探偵なのか?
3章の話に、事件に関する情報を追記しました。
・放送当時、文芸部にいたのはジョー、天使、西條、白瀬の4人。
・事件翌日からの、ゴールデンウィーク前半は雨。
・放送室内の描写の追加。人は通れない大きさの、鍵はかかっていないけど閉じられた窓を設置しました。
希はフードコートで買ったアイスクリームにかじり付くと、語り始めた。
「あの後、僕なりに事件を振り返ってみたんだ。
僕はあの放送を聞いた後、すぐさま放送室へ向かった。真実くんとジョーくんが鍵やなんやらで揉めていたから僕は踵を返して鍵を取りに行った。マスターキーしかなかったから、それを引っ掴んで放送室へ舞い戻る。そして鍵を開けたのは僕。
だが放送室にあったのは制服だけ。人影なんて影も形もなかった。ブージャムに出会ってしまった男子生徒は消えてしまった、という構図だ」
……でもブージャムって怪物が現実に存在しているってわけではないんだよね?
「もちろん。便宜上ブージャムとは呼称しているけどただの犯罪者さ。しかしブージャムは何がしたかったんだろうね?あんな手の込んだことをして」
自分の存在を主張したかったのかな。自分のアピールに余念がないし。
まあ正確なことはブージャムに直接聞くしかないんじゃないかな?
「じゃあ聞くよ。何がしたかったの?」
……は?
「何がしたかったのか聞いているのさ。放送室を勝手に使って、不気味な悲鳴を用意して、意味深な制服まで調達して、さらには密室まで作って、一体君らは何がしたかったの?」
待ってくれ。話が見えない。
その、つまり、希ちゃんは、おれと天使があのゴールデンウィーク前の事件を起こしたと考えてるの?
「そうだよ」
そんなことするはずがないじゃないか。というか、する理由がない。おれを信じてくれよ。
すると希ちゃんがずいっと顔を近づけてきた。
「君は関わってないと主張するんだね?」
近い近い。情熱的に燃える瞳に、おれの姿が写っているのがわかるほどだ。髪の一本一本が確認できる距離だ。顔が熱い。心臓がどきどきして血液が波打っている。
そしておれは希ちゃんの愛らしく魅惑的な唇に吸い込まれ……
「動揺しすぎではないかな?事件の犯行に関わっていないと主張するには少々無理があるよ」
希ちゃんがパッとおれから離れて元の位置に戻った。
危なかった……ファーストキスはもっとロマンチックなシチュエーションに取っておくべきだからな。
あのね、希ちゃんみたいな可愛い女子に詰め寄られたら大抵の男子は動揺して挙動不審になるよ。その上あんなに顔を近づけて。冷静でいろって方が無理な話だよ。そのことを考慮してほしいな。
「そ、そうか……それはすまなかったね……」
希ちゃんは頬を紅潮させ、テーブルを指で不規則に何度もなぞった。そしてチラチラと上目遣いで何度もこちらを見てくる。
おれもなんだか気恥ずかしくなって視線を下げた。もう犯人とかどうでもいい。この幸せな時間が一瞬でも長く続いてほしい。そう切に願っていた。
「だが天使真実が関与しているのは確かなことなんだ。君があくまで何も知らないというのなら、僕の推理を聞いてはくれないだろうか」
ちっ。おれの思惑とは裏腹に、高校生探偵一夢希の切り替えは早かった。
「まずは放送室の基本的な情報を洗い出してみようか。
放送室は清澄高校の3階に位置している。扉の鍵はかかっていた。しかし室内側から鍵をかけることは出来ない。
扉を開けると、真正面にあるのはパソコンなどの編集機材と窓。左手にはスチール棚に仕舞われたテープ機材。右手には問題のマイク含む放送機材。床に落ちていたのは下着を含む男子制服」
おれは脳裏に放送室を思い描いた。
「やはり問題はあの密室だ。針と糸を活用しようにも、そもそも鍵が扉の隙間を通らない。鍵をかけて室内へ入れることさえできないんだ。窓はあったけど、外から鍵を投げ入れるのが難しいし、閉じることができない。しかも制服のポケットに入っていたんだ。どうすればいいのやら」
でも何かしらの方法があるんでしょ? 希は強く頷いて指を一本立てた。
「仮説1、扉の蝶番を取り外す。
扉は外開きだから、蝶番の出っ張りが廊下に出ているよね。ハンマーなどを駆使して蝶番を取り外せば、扉ごと外すことができ、密室は瓦解する。
これは不可能ではないけど、蝶番を取り外して戻すのに多大な労力と時間がかかる。現実的に考えて、5分足らずで終えられる作業ではないよ。よってボツ」
希はもう一本指を立てた。
「仮説2、外から鍵を伝わせる。
制服のポケットに長い糸を通して、窓から地面へ垂らす。鍵をかけたら、その鍵を垂らしていた糸でロープウェイのように制服のポケットに収める。
この方法は、鍵の運搬を見られるリスクが大きい。部活中の生徒に少なからず姿を見られてしまうだろう。しかしそのリスクを許容するなら悪くないトリックだ。
ただそれよりも問題なのは、閉まっていた窓。鍵を通した後閉めることがブージャムにはできない。放送室は3階にあるので壁を登れるはずもない。これも不可能だ」
3本目の指は立てられなかった。
「そして僕は結論付けた。この密室に鍵を入れるのは不可能だと。そして僕は気づいたのさ。開かれた密室に鍵を入れる方が遥かに簡単だと」
開けた密室に鍵を入れる?
「つまりは、真実くんが放送室の鍵を持っていれば話は簡単なんだよ」
いや、持ってなかったから、消火器で扉をぶっ壊そうとした天使を取り押さえてたわけで。そもそも鍵があったのは放送室内の制服のポケットだったじゃないか。
「君は真実くんが放送室の鍵を取り出したところを目撃したのかな?してないよね。
彼は自分の懐から鍵を取り出してあたかも制服から発見したかのように見せかけたんだ」
おれは言葉に詰まった。あいつはおれの気が他へ向いている間に鍵をどこからか取り出していたのだ。室内の制服のポケットに入っていたとは限らない。
この密室は、天使真実ならば至極容易に作成出来る代物だったのである。
「まず放送室の鍵をくすねる。そして下準備だ。放送室に制服一式を置いて、マイクを起動させ、『ブー──』と音声を流す。肉声ではなくて、何かしらの録音機器を使ったんだろう。放送のスイッチを切ったら準備完了。放送室に鍵をかけて僕がくるのを待てばいいわけさ」
まだあいつが犯人と決まったわけじゃない。おれは放送を聞いたとき、天使と一緒に文芸部にいたんだ。これってアリバイになるかな?
「それを証言出来る人は、君の他にいる?」
部室には文芸部の先輩が2人いた。希ちゃんも見たことあるよね。先輩たちならきっとおれたちのアリバイを証明してくれるよ。
「ああ、彼らかい。文芸部がまるまる事件に加担しているのは考えづらいな。君と天使くんのアリバイは認めよう。
なら、天使くんに協力してくれそうな人物に心当たりはないかな?」
あいつの交友関係は井戸の中のカエル並さ。めちゃくちゃ狭いよ。おれ以上に親しいやつなんてこの学校には────ちょっと待て。
放送が流れたとき文芸部にいたのは4人だ。文芸部は大方5人で活動している。1人足りない。誰がいなかった?葛木がいなかった。
天使が探偵だと知るやいなや挑戦してきた葛木。天使が葛木に頼んで犯行に協力……ありえない話じゃない。
「あるんだね。心当たりが。沈黙は肯定と受け取るよ。協力者が準備を終えたのち、君らが放送室に出向いたってわけさ」
だ、だけどそれだと鍵は協力者が持っていることになるだろう。
道中で天使が鍵を受け取る様子なんてなかった。そもそも誰ともすれ違わなかったぜ。
「直接受け渡しをする必要なんて無いよ。受け渡し場所に鍵を置いておけばいい。例えば消火器の下とか」
おれは頭を横からガツンと殴られたような想いだった。
消火器はあくまで鍵を受け取るための口実だった。そう解釈すれば納得できる点も多い。考えてみれば天使は弱すぎた。本気で抵抗したならば消火器でおれを攻撃することだってできたはずだ。あいつはそれをしなかった。
「以上の推論より、犯人は天使真実と、協力者1名だ。
ただ動機はよく分からなかった。僕が慌てふためく様を見て楽しんでたのかもしれないな」
そう結論付け、希ちゃんは幸せが逃げそうなくらい、深いため息をついた。
おれは慌ててその言葉を否定した。
葛木──協力者はそういう面があると思う。でも天使はそんなやつじゃない、とおれは信じてる。事件を楽しんでる節はあるけど、娯楽のために自分で事件を起こしたりはしないさ。
「なら、何のためにこんな事件を?」
挑戦、したかったんじゃないかな。警察も一目置いているという、名探偵一夢希にさ。
あいつ探偵を名乗ってはいるけど、アマチュアなの。
名探偵にどれだけ肉薄できるか、試してみたかったんだよ。
「名探偵だなんてやめてくれ。僕はただの探偵さ。しかし、僕へ挑戦するだけでこんな大掛かりなことするかな……?」
希ちゃんが照れと疑問符の混ざった複雑な表情をしていると、彼女のポケットからベートーベンの交響曲第9番、通称『喜びの歌』が流れ出した。スマホの着信だ。こういうところ細かなところからも知性を感じ取れて好きだよ。
「ちょっと失礼」
希ちゃんが電話に出て、ふんふんと相槌をうつ。
「え……」
希ちゃんの顔がだんだんと青ざめてゆく。やがて通話は終了した。
彼女のアイスクリームがポタリと落ちた。
……なんの連絡だったの?
「警察からの連絡。清澄高校から、行方不明者が1名出たってさ」
おれは唖然とした。それひょっとして天使のことじゃない?
先に云っておこう。行方不明者は天使のことではなかった。てか数日後、灰禅村から悠々と帰還してきた。
ここで判明したのは、ブージャムによって消された人物が本当に存在した、という事実なのであった。
やっと3章中盤か、中盤から少し進んだくらい?
消失トリックもロマンがありますよね。
それはともかくとして希ちゃんは可愛い。




