これはデートですか?
書き上げたら意外とまともにデートしてた
「ごめん、待たせたかな」
いいや。今きたところだよ。
おれたちは高校の前で待ち合わせしていた。希ちゃんは黒いTシャツにデニムを着ていた。
派手さはないがそれがいい。服装の大人っぽさと体格の幼さのミスマッチが、名状しがたいハーモニーを奏でていた。
要約すると、希ちゃんまじ天使ってことだ。……訂正。希ちゃんまじ女神ってことだ。
ここ数日で急に日差しを強めた太陽を、希ちゃんは眩しそうに見つめた。
ゴールデンウィーク前半は天気が悪く雨続きだったから、今日は晴れてよかった。
水堀の中程に小さな水しぶきが上がっているのが見える。今日も変わらず、鯉たちがエサに群がっているようだった。一応パンの耳を持参してきて、試しに放ってみたのだが、天使のときとは異なり鯉はあまり集まらなかった。近所の人が餌やりを済ませているのかもしれない。
ポロッポーと雉太郎が鳴き声を上げた。おれと希ちゃんの旅路を祝福しているのかもしれない。お前の声援、しかと胸に響いたぜ。おれと雉太郎は熱い心で繋がった。
「このゴールデンウィーク、真実くんとは遊んだのかい?」
遊んでないよ。短期旅行に誘われたけど、先に予定が入ってたから断ったんだよね。
だからあいつ1人で旅行してるはずだぜ。行き先はどっかの村。
「村?なんて名前だい?」
灰禅村だったかな。脅迫状が届いたとか云ってさ。そういえばあいつから何の連絡も来ないな。自撮りとか送ってくると思ったんだが。
ひょっとすると灰禅村は電波が届かない地域なのかもしれない。
「灰禅村……最近のニュースでその名前を聞いたな」
首をかしげながら、希ちゃんはスマホでニュースサイトを開いた。そして3日前のニュース記事の見出しが表示される。
【大雨で土砂崩れ 灰禅村で40人が孤立】
「村から伸びる唯一の道路が土砂で埋まってしまって孤立してしまったらしい。土砂の撤去作業が進められているそうだよ。だけど灰禅村周辺は未だに悪天候で、ヘリコプターでの救助活動は見送られている状況みたいだ」
おおう……しっかり事件に巻き込まれていた。土砂崩れだなんて天使もタイミングが悪いな。
ちなみに今日がゴールデンウィーク最終日だ。あいつ学校始まるまでに帰ってこれないんじゃないか……?
「むしろ真実くんが出向いたからこそ土砂崩れが起きたのかもしれない。いるんだよね。いく先々で事件が起こるタイプの探偵」
くそ迷惑だなそのタイプの探偵。気軽に遊びに行ったら殺人事件とか嫌だよおれ。
ま、今日は楽しもうよ。とりあえず図書館でも行こうぜ。
清澄市立清澄図書館。蔵書数40万冊以上。広大な敷地を有している。その広さは小学校がすっぽり収まってしまうくらいだ。
図書館は二階建てだ。1階は主に児童書と一般文芸書で構成されている。新聞も1階にある。対して2階には専門書が所蔵され、閲覧スペースとは別に調べ物、勉強をするための学習室がある。
いよいよ最初のイベント、図書館利用カード作成である。おれはほくそ笑んだ。おれが希ちゃんに手取り足取り教えてあげることで親密度を上昇させる作戦だ。
しかし希ちゃんは引っ込み思案ではなかったのでスムーズに手続きを行い、貸し出しカードを作り終えた。
イベント終了っ……!希ちゃんは一人でもしっかり生きていける強い子だった。おれは我が子の成長を見届ける父親のようにはらりと落涙した。
「どうして泣いてるんだい……」
ちょっと感極まっちゃって。そんなことより図書館利用カードは無事作れた?
「もちろん。ほらご覧よ。3つのデザインから選べるなんて面白いね」
図書館利用カードのデザインはえつねく、カブトガニ、七夕から一つ選択できるようになっている。
希ちゃんの掲げるカードには、岩を伝って流れる水、えつねくが印刷されていた。
「ところで、右下にえつねくと書いてあるが、これは岩の名前なのかな?」
いいや。えつねくってのはこの清澄市に湧き出す水の名前なんだ。つまりは地下水なんだけど、名水百選に選ばれるくらい水質がよくて、安全でおいしい。飲むのに煮沸する必要もない。
そもそも清澄市に水道は無くて、地下水を汲み上げて利用してるのさ。実は水道水として飲んでいるのがえつねくなんだよ。
「だから来る途中でポンプや噴水を見かけたのか。ジョーくん詳しいね」
いやあそれほどでも。おれは小学校時代に実施した地域の調べ学習に、心から感謝した。
目的は達成したけど、何か借りていく?
「せっかく来たし、そうさせてもらおうかな」
しばらく外で待っていると、ニコニコしながら『世界の密室』という本を持って図書館から出てきた。
「お待たせ。さあ行こうか」
希ちゃんは向上心があって素晴らしいなあ!
「ここがそのお菓子屋さんか。ししやって云うのか。どことなく強そうなお店だね」
希ちゃんはがおーと、産まれたての子猫に負けないくらいの勢いで威嚇した。
おれは希ちゃんをエスコートして、イチ押しの菓子店へ来ていた。
今もなお車掌が切符を切る、そんなのどかな田舎町。清澄駅前の一角にししやは店を構えている。大人から子供まで、地域から愛されている老舗の菓子店だ。
店内にはケーキたちの甘い香りと、焼き菓子の香ばしい匂いが立ち込めていた。
希ちゃんがつばをごくりと飲み込んだのがわかった。
ししやの商品は多岐にわたる。定番のショートケーキやチーズケーキ。口でとろりとろける生チョコ、たまには甘いプリンも。珍しいところでは生クリームを生地で包んだオムレットなんてお菓子もある。
だがここは駅前だ。お土産にケーキは適さないだろう。そこで登場するのが焼き菓子たちだ。クッキーにラングドシャ。地元の名水をモチーフにしたえつねくという名のお菓子もある。
地元の子供たちはししやのお菓子を食べて育ってきたといっても過言ではない。2階の菓子工場へ続く階段の前には、職業見学に来た小学生たちの手紙が飾られている。
「これだけあると目移りしちゃうね。何がいいのかな?」
ど定番はクッキーだよ。一袋100円で、子どもでも手が届きやすいでしょ。幼少期のおれのお小遣いは、全てクッキーに注ぎ込まれたといってもいいくらい。クッキーはミルク、ココア、コーヒー、ゆず、ジャム、チーズ、さとうの全7種類だ。
クッキーをある程度買うなら、これがおしゃれでいいんじゃないかな。おれは、家を模したクッキー詰め合わせの箱を指で示した。
「可愛らしくて素敵じゃないか。だけど老舗にしては現代チックなデザインだね。他の商品と比べても真新しさがある」
さすが鋭い!実はししやは、玉波の辺りにもう一店舗あるんだ。
玉波店はお菓子作りの修行を終えた店主の息子さんのお店で、様々な新商品を打ち出したんだ。その際、奥さんが新商品の包装なんかをデザインしてこのような可愛らしくて手に取りやすい商品が生まれたってわけ。
「真新しいデザインである訳には合点がいったが、君、異様にししやに詳しいね……」
まあ親戚だからね。じいちゃんここで働いてるし。おれは店番をしている君江おばさんに会釈した。この子は友達の一夢希ちゃん。今月引っ越してきたばっかりで、今日は町を案内してたんだ。
君江おばさんは噂好きのする表情を浮かべた。
「あらまそうだったの。てっきり彼女ができたのかと思ったのに」
「ジョーくんには町を案内してもらっていただけなので。彼氏彼女なんて関係じゃないですよ。至って普通の友達です。ねえジョーくん?」
そ、そうだね。でもそんなばっさり云わなくても……
「これは僕の経験則だけど、誤解ってのはきちんと解けるときに解いておかないと、後々とんでもない事態になってたりするんだ。
事実関係をはっきりさせることが探偵への第一歩だよ。いいかい?」
うん。誤解はちゃんと解かないとね……はあ。
「ママとパパ……おほん。両親にもクッキーを送っておこうかな」
希ちゃんは慈母のような優しい目をした君江おばさんと、いくつかやりとりをして、それなりに数の入った贈答向けのクッキーを彼女の実家へ送付した。
おれもクッキーを数袋と、家型の箱に詰められたクッキーを購入した。
じゃあこれが希ちゃんの分。お祝いってことでね。
「わざわざ今日一日付き合ってもらった上にクッキーまでいただくだなんて、そんな悪いよ」
遠慮しないで。後ろめたいならおれからの依頼料だと思ってよ。どうかブージャムを捕まえてくれよな。
希ちゃんは一瞬キョトンとして、ふふ、と微笑んだ。
「そういうことなら。僕はこの通り、ジョーくんの依頼を承りました。内容は学校に潜伏するブージャムを捕まえること。さあ、クッキーをエネルギーにして張り切っちゃうよ!」
彼女の瞳の奥は、熱く燃えていた。
それから移動して、おれたちはグランイシヅチのフードコートの一角を陣取っていた。
そしておれは裁かれようとしている。何故?どうして?悪いことなんて何もしてないのに。希ちゃん、いや一夢希が怖い。ヘビに睨まれたカエルの気分だ。
一夢希は情熱的に燃え盛る目とは裏腹に、冷え切った声で話を切り出した。
「──さあ、推理を始めようか」
実はこの小説にはモデルにしてる場所がある。
そしたら今話はデートというか、地域の特色紹介みたいになった。
クッキーがマジでうまい。ココアが好き。