第3話 神の声
その声はいつも俺のそばに居てくれた。
俺のありとあらゆることを肯定して、承認して、応援してくれた。
俺は、様々な困難も辛いと思うことはない、この困難に打ち勝った自分はどれだけ変化しているのだろうとドキドキが止まらない方が遥かに大きい。
出来ない、無理だ、諦める。そういう選択肢は神様がなくしてくれたんだ。
神様はいつも言っている。
『人間の行動は、全て心から生まれるんだ。逆じゃない、そこは絶対に間違えてはいけない。
始まりは心、それが行動になって結果になる。
だから、心さえ変えてしまえば結果はついてくるんだ』
そして、その言葉が正しいことを、俺は毎日毎日証明してきた。
だからこそ、今、この場に立っている。
『そう、思ったら、そうなる』
今日もこれを実行するだけだ。
「もう決めたんだ、だからこんなことピンチでも何でも無い!」
眼の前には見上げるほどの巨大な魔物が対峙している。
ミノタウロス、牛の顔、筋骨隆々な人間の体を持った魔物だ。
俺の後ろには同じ班になった仲間が震えている。
ギリギリだったが、敵の持つ巨大な棍棒の一撃は受けきることが出来た。
その代償はぶらりと下がった左腕、多分肩の関節が破壊されている。
ブロードソードは根本から歪んでいる。
客観的に見たら、絶体絶命、いや、もう終わっているような状態に見えるだろう。
「だが、俺は平気だ! 俺はこいつを倒す未来しか想像できてない!」
そう叫ぶと体の奥底から力が湧いてくる。練っている魔力ではない、なぜならその力のおかげで魔力が爆発的に高ぶったからだ、コレを俺は心の力だと思っている。
叫び出したいほど傷んでいた肩から、いつの間にか痛みが引いている。
剣を握る腕に信じられないほどの力が湧いてくる。
「今の俺は、この世の誰よりも強い!」
声を発して自分自身で信じる。それだけで、結果がついてくる!
ミノタウロスは俺の挑発に興奮して鈍く赤く光った瞳が血走っていく、筋肉が隆起して棍棒を振りかぶる。先程不意打ちで食らった一撃、しかし……
「もう、食らわない!」
そう思えば、そうなる。
肉眼で巨大な棍棒が歪むほどのスピードで振り下ろされる。
しかし、その全てを俺は見えている。見えると思ったからだ。
棍棒の速度よりも早く俺の体は動き、そのままミノタウロス振り下ろした腕の下に潜り込んで、剣を振り上げる。強靭な肉体で弾かれる可能性なんて一ミリも考えない、斬れる。そう信じている。
「グモオオオォォォォォ!!!」
結果、脇腹を大きく斬り抜けて木にぶつかりそうになった。
背後を確認すると、怒りに満ちた表情でミノタウロスが体当たりをかましてきていた、あの傷で驚異的な体力だ。正面に迫る木に勢いをそのままに駆け上り空に向かって飛び上がる。
同時にミノタウロスの巨体が木に突っ込んで驚くことに半分ぐらい木幹が圧縮されて、今にも倒れんばかりに傾いていく、眼下に無防備な背中を晒している。
先程斬り抜けた傷からはボタボタと大量の血液が溢れ出している。そのまま袈裟斬りにその背中を斬りつける。
すでにミノタウロスは叫び声を上げることはない、その一撃がとどめとなって、この暴風のような乱入者は息絶えていた。
俺の背後ではベキベキと音を立てて大木が倒れていった。
「いやー、ちょっと危なかったけど、乗り越えた。また成長してしまったな……」
実習開始6日目、明日で実習最終日の予定だったが、どうやらこれ以上実習を続けるのは難しいだろう。
俺は問題ないが、同じ班のメンバーが耐えられないだろう。
左腕を調べてみるとどうやら骨は粉砕されていない、基本的には脱臼だけで済んでくれている。
ちょっとヒビくらいは入ってそうだが……
適当な木に腰掛けて腕を掴んで膝を使う。
「せーの、フンッ!」
足の力は腕よりも強い、外れた肩を足の力を利用して伸ばして戻す。
もちろん痛いが、痛くない!
ゴリン、という鈍い音がして肩がハマってくれる。
それでも動かせば痛みが走る。とりあえず適当な布をつかって支えておく。
「みんな、大丈夫か?」
「シーザー君……あり、ありが、とう」
「実習は中止だ、撤退しよう。あんなレベルの魔物がこのあたりにいるなんて明らかな異常事態だ」
4名のクラスメイトがものすごい勢いでうんうんとうなずいている。
「立てるか?」
「だ、大丈夫、腰抜けたけど……」
「あ、あんな魔物始めて見た……他の班は大丈夫かな?」
「……そうだな、できる限り早く戻ろう……嫌な予感する」
「そ、それよりも肩、真っ赤だよ! じっとしていて治すから……本当にありがとうねシーザー君……」
柔らかな光が俺の肩を包み込み、心地よい暖かさが痛みを解いていく。
治癒魔法は自分自身に使うことが難しい、正確には局所の治療が難しい。
自分の体と魔力が馴染みすぎているので全体に回ってしまう、物凄い魔力を回せば体全体を回復することは可能だが、当然燃費が悪い。
さすがはSクラスの生徒の治癒魔法はあっという間に俺の方から痛みを取り除いてくれる。
「流石だな! いいね!」
「でも、何も出来なかった……」
「何言ってるんだ! あの魔物は俺が倒した。そして君が治してくれた、君のおかげで俺は次も戦える。
ありがとう! 君がいてくれてよかったよ!」
「いつもの全肯定だけど、こういうときは嬉しいものだね」
俺はサムズアップでそれに答える。
それからすぐに荷物をまとめて実習地から街へ向かって進む。
「普通ならこのあたりはGランク程度の魔物しか出ないはずだが、さっきのは明らかにDは超えていた……」
「落ち着けば対応できたはずなのに……くそっ……」
「仕方がない、完全な不意打ちだったし、俺ももっと早く気がつければよかった……俺の問題だ!」
「……否定しても無駄なのは知ってるから否定しないけど、ほんとに全部の問題を自分の問題だって思ってるんだな」
「当たり前だ。俺の周りで起きるいいことは、皆のおかげだが、悪いことは俺が問題だ」
「……相変わらず……なんというか……」
「シーザー節だよな」
恐怖と緊張で青ざめていたメンバーの顔に笑顔が戻ってきた。
俺の気持ちは俺自身だけじゃない、俺の周りも全て変えてくれる。
俺がそう信じているから、そうなるんだ。