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第1話 繰り返す映像

元ネタがわかる人はニヤニヤして読んでください。

 さっきから耳元で誰かが叫んでいる。

 

『絶対やるんだって決めたら絶対やるんです!

 だって自分で決めたんだから!』


 もう何回も聞いたフレーズだ。


『いいですか、仕事って言うのは自分の夢をかなえる物なんです!』


『お客さんの関心に敏感になって、本当に相手のために何かをしてあげたい!

 そう心の底から思えばきっと伝わるんです!』


『自分を変えるんです。今日、今すぐ変わるんです!

 そうすればその波は貴方のお客様に伝わってお客様も変わるんです!

 そうすれば世界を変えられるのです!!』


 繰り返し繰り返し繰り返しずーーーーーーーっと熱く語っている。


「俺は、変わるんだ!」


『そうだ!! 変えるって決めた瞬間から変わるんだ!』


「そうだ! 俺は世界を変える男なんだ!!」






 事の発端は仕事帰り、家に帰るために一人で山道を登っていた。


「まったく、格安物件に騙されてこんな場所に住んで……俺は馬鹿だよなぁ……」


 駅前で買ったコンビニ弁当をブラブラと揺らしながら、必死に坂を上がる。

 駅から10分、その謳い文句の賃貸アパートは山道を抜けた先にあった。

 毎日毎日この急な山道を上り下りする羽目になってしまったのだ。

 

「職場は糞ブラックだし、家は失敗するし、あーあー、ずーーーーっと大学生でいたかったなぁ!」


 すでに時計は深夜1時を指している。

 このところ毎日終電帰り、コンビニ弁当を買って山道を上がる。こんな日々だ。


「だいたい俺、まだ3か月だぞ! なんもわかんねーのに売ってこいとか、ありえねーだろ!

 誰が買うんだよこんな素人から投資目的のマンションとか!」


 思い出しても腹が立つ。一つしか受からなかった就職先が、小売業とか言っていたのに入ってみたらすぐ別部署の投資勧誘に回されて、それから毎日大声出した朝礼と電話帳見ての勧誘に足を使っての営業。


「投資価値が十分にあるなら自分で買ってるだろ! 馬鹿くせぇ!!」


 この山道の一ついいところは、夜になると周囲の建物もないから叫んでも文句を言われない。

 マンション自体も俺の部屋以外は家主の物置に使われているから爆音でゲームできる利点がある。


「ま、そのゲームもやってる暇なんてないんですけどねぇぇぇぇ!!!!!!」


 大声を出すと少しスッキリする。

 そんなアホなことをやっているとようやくアパートが見えてくる。

 職場まで20分の駅から、徒歩10分(実際は登りは20分、下り5分)。

 1DKのアパート。トイレとお風呂が別々だったし、なんと言っても家賃35000円、この辺りの相場は8万くらいなので激安だ。

 霊感もないから事故物件でもいいやと思ったけど、そういうわけでもなかった。

 ただただ、毎日登山生活が送れるだけだ。うれしーなー……


「嬉しいわけあるかー!!」


 大声を出しながら元気に家の鍵を開ける。

 いつもの小綺麗で生活感のない空間が目の前に開かれる。

 家電も家具もほとんど使っていない。

 電子レンジで弁当を温めてスーツを壁にかけたハンガーにつるす。

 シャワーを義務のように浴びてTシャツとパンツでベッドに座って少し冷めてきたコンビニ弁当を掻き込む。一応誰かに向けた言い訳なのか、野菜ジュースを流し込む。

 これで、生きていける。

 

「そう言えば、先輩が見ろって言っていたな……めんどくせぇなぁ……」


 メッセージに乗せられたアドレスをアプリに入力する。

 どうせあの先輩はちゃんと見ているかクイズとか言って答えられないと殴ってくるのは分かっている。

 動画を16倍速でも聞き取れる音を出すアプリ、二時間の動画なんて見てられない。

 流石に16倍速では何を言っているのかわからないので4倍速でセットする。

 

「仕事というものは~~」


 内容は、所謂自己啓発セミナーの動画だ。

 あの先輩はどっぷりとそういったセミナーにハマっている。

 確かに先輩の業績は社でも1・2を争っている。


「苦手なんだよあの人……」


 妙に明るく前向きで、誰に対しても元気いっぱい全力投球。暑っ苦しい……

 仕事を楽しいとか心の底から言っちゃうタイプで、しかも周りにそれを求めてくる……


「仕事なんて、金稼ぐためにいやいややってるんだっつーの……」


「仕事というものは、自分自身の夢の実現なんです」


 早回しされ甲高い声がキーキーと話している。

 身振り手振りを加えて演者が聴衆に語り掛けている。


「仕事とはいえ、この人も大変だよなぁ……」


「一人の人の、たった一人の行動が、全てを変えていくんです!!」


「変わりませんよー……だ」


 あくびをかみ殺す。この人の言っていることは分からんでもない。

 それでも、それを実行するほどの元気はない……


「自分の価値は、自分自身で決めているんです!

 他人じゃない! 自分自身が決めたんです!

 自分が人に言われたことをどう受け止めるかで、価値なんて変わるんです!

 自分を変えれば、すべてが変わるんです……」


 早送りの性で十分な効果が出ていないが、声の勢いや抑揚、間の取り方で引き込まれそうになる。


「……あぶな、ちょっと洗脳されそうになった……

 こうして社畜作るんですね、解ります。

 はーあ、あとちょっとだな……」


 残り10分ほどでこの動画も終わる。

 そう思った瞬間、すさまじい衝撃と共に、身体が浮き上がった。

 そして次の瞬間、目の前が真っ暗になった。

 体に何かが覆いかぶさり、一切の行動を封じられ、鈍い痛みを感じる。

 グラグラと揺れる地面ここにきて、ようやく理解する。


「じ、地震……か?」


 声は出せる。呼吸も出来る。ただ、四肢は動かないし、身体は動かせない。


「誰かー!! 誰か助けてくれー!!」


 のどがかれるまで叫んで、疲労した脳が、現実を理解してくる。


「……はぁ……はぁ……こんなとこに、人なんていねーよ……クソッ……」


 その時、目の前に何かが落ちてくる。

 真っ暗闇を煌々と照らす画面が、目の前にちょうど落ちてきた。


「スマホ! 通報!! くそっ! 手が、動かない!!」


 落下と同時に、先ほどの動画が再生される。

 運が悪いことに16倍速で流れ始める。


「うるさいうるさい、何言ってるかもよくわからん! 

 やめろ! 止めろ! くそっ!!」


 様々な偶然が重なったのか、なぜか家の電源は生きているようで、スマホは充電されながら延々とそのセミナーを16倍速で流し続ける。

 人間というものは凄い物で、繰り返し繰り返し流され続けると最初は何を言っているのかわからない言葉も、だんだんと聞き取れるようになってくる。

 そして、暗闇の中で唯一の光を放つものが目の前にあるせいで、それしか見えなくなる。

 何度目かもうわからないが、すでに中身は頭に叩き込まれている。

 画面に映る講師の抑揚さえも完璧にコピーが出来るくらいになってくる。

 身振り手振りは真似できないが、何もしていないよりは不安が消えるので声に出して真似を繰り返す。


「「価値なんてものは全て自分が決めることが出来るんです!」」


「「自分で決めてしまえばいいんです! そうすれば、自分が変わって、世界が……変わるんです!」」


「「自分を信じられるのは、自分だけなんです! それは、思うだけでいいんです!」」


「「一人が変えれば、皆が変わるんです! そういう力を誰もが持っているんです!!

 貴方が変わりましょう! そうすれば世界を変えられるんです!!」」


「「人は誰しも世界を変える力を持っているんです!!」」


「「変わりましょう!! この、瞬間から!!」」


 命を落とす、その瞬間まで、俺は、叫び続けていた。

小説を書けるって楽しー!!

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