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或る雪の日

作者: 朽縄咲良

「小説になろう」初心者です。

忌憚の無いご意見をよろしくお願いいたします。

 「何を、なさっているんです?」

――雪を、見ているんです。


 背後から問われて、ベンチに座る初老の老人は、背中越しにそう答えた。


「雪ですか」

――ええ。こんなに積もるのは久しぶりなので、懐かしくなって……。

「確かに。最近は、雪が降るのすら珍しいですからね」


 そう会話する間も、激しく降る雪は音にならない音を立てて、一面の色彩を白に塗り替えていく。


「ここまで降るのは、何年ぶりでしたっけ」

――はっきり何年前かは覚えてませんが……私の娘が3、4歳くらいの頃だったと思います。……だから、20年くらい前でしょうか。


 老人は、そう言うと目を細めた。


――その頃の事を思い出していたんです。

「20年前の雪の時?」

――ええ。


 老人は、座っていたベンチのスペースを空けた。


――年寄りの昔話ですが、お付き合い頂けますかな?

「ええ、もちろん。喜んで」


 老人は、微笑むと、静かな声で語り始める。


――20年前に大雪が降った日……。娘は、それはそれは大はしゃぎでした。私は、「いっしょにおそとであそぼう」と、娘に誘われたのです。でも、その頃の私は仕事に追われていて、わざわざ休日に、更に疲れるような事はしたくなかった。……娘は、そう言って私が断ると、物凄い勢いで怒りました。

「それは……どちらの言い分も分かりますね……」

――ええ。私も、娘の怒りが至極尤もな事は、断りながらも私は理解していました。で、結局、娘の勢いに折れて、少しだけ外で雪遊びをする事にしたのです。

「ハハ、娘さんには勝てませんでしたか」

――勝てませんでしたねえ。


 老人も頭を掻きながら、微笑った。


――で、まだ雪が舞っている中、家の前の道路や庭で、娘と雪合戦をしたり、大きなかまくらを作ったり、追いかけっこをしたり……。その頃には、私の膝下くらいまで雪が積もっていたので、娘が転んで雪に埋まってしまうのではないかと心配もしながら、遊びました。


 老人は、そこで目を細めて口元を綻ばせた。


――いや、楽しかった! 最初は文句言い言いだったのですが、本当に楽しくなりましてね。娘といっしょになって、年甲斐もなく、雪の上で転がりまわったり、駆けずり回ったり。おかげで翌日に、それはそれは酷い筋肉痛に襲われたんですがね……。

「ハハハ。次の日の朝に後悔するんですよね。痛くて身体を起こせなくなって」

――まさに。出社するのも一苦労でしたよ。


 老人はそう言うと、ふふふと含み笑いをした。


――で、流石に疲れ果てて、もう終わろうと娘に言ったら、「じゃあ、さいごにゆきだるまをつくりたい」と言われて、ふたりで娘の身長くらいの雪だるまをこしらえたんです。私が不器用なので、大分歪な雪だるまになってしまったんですが……それでも娘は喜びましたねぇ。


 老人は遠い目をして、呟くように言う。


――娘はその雪だるまに名前まで付けて、部屋の中からいつまでも眺めていました。

「可愛らしい娘さんですね」


 その言葉にうんうんと深く頷く老人。――と、彼の表情がふと曇る。


――……でも、雪だるまは翌日には溶け崩れて、数日で跡形も無くなってしまいました。……娘が泣いて困ったものです。

「…………」

――泣き止まない娘に、私はこう言うしかありませんでした。「今度大雪が降ったら、あれよりも大きい雪だるまさんを一緒に作ろう」って。

「……でも、雪が――」

――ええ。その通りです。


 老人は寂しげに頷いた。


――結局、あの日以上の大雪というのは、降りませんでした。私は……娘との約束を果たせませんでしたね……。それが今になって急に思い……出されて……。


 老人は、言葉に詰まり、手で目元を押さえた。

 しばらく、辺りは舞う雪の立てる微かな音しか聴こえなかった。

 数分が経っただろうか、老人は伏せていた顔を上げた。


――いやいや……失礼しました。お恥ずかしい。

「いえ――」

――では、そろそろ……参りましょうか。

「……もう、よろしいのですか? まだ――」


 時間はありますが――と続けようとした相手を、片手を上げて制した。


――いえ、もう、結構……これ以上は未練になりそうなので……。

「……かしこまりました……」

――……あ、いや……。


 老人は、一度は頷いたが……何かを思いついたのか、ためらいがちに言葉を継いだ。


――ひとつだけ……。わがままかもしれませんが、少しだけ時間をもらえますかな……?




 「何を見ているんだい?」

「雪を、見ていたの」


 窓越しに中庭をじっと見つめていた、黒いワンピース姿の若い女性は、背後からの声にそう答えた。

 声を掛けた礼服姿の男性は、女性の肩越しに、窓の外を見た。


「……こりゃあ、随分と積もったな。こんなに積もるのは、いつ以来だ?」

「私が幼稚園の頃以来じゃないかしら……。思い出しちゃってたわ……半分忘れてたのに」


 そう言って肩を震わせる妻に、男性は自分の上着をそっとかけてやる。


「……お義父さんの、事?」


 無言で頷く妻。


「……私、雪の日にお父さんが一緒に遊んでくれたのが、本当に嬉しくて……たくさん遊んで、お父さんはもうヘトヘトで……」


 妻はそう言うと、その時の父親の顔を思い出したのか、クスリと微笑った。


「最後に、お父さんと一緒に雪だるまを作ったの。枝を3本、真ん中で折って、笑ってる顔になった雪だるま。とっても可愛かったわ。ユーキくんって名前も付けてあげてた」

「雪だるまだから、ユーキくん……可愛らしい名前だね」


 夫は優しく微笑む。


「でも、だから……お日様が照って、ふたりで作ったユーキくんが溶けて無くなっちゃうのが、本当に悲しくて……。ず――っと泣いてたのを覚えてる」

「それは――お義父さんも困ったろうね。どうしたって、外の雪だるまなんて、2.3日で溶けてしまうからね……」

「……そう。本当に困った顔していたわ」


 その時の父親の困り顔を思い出したのか、涙を拭きながら、顔をほころばせる妻。


「……で、お父さんは私にこう言ったの。『雪だるまさんは、暑いのが苦手だから、もう帰っちゃったんだよ。またこの前みたいに沢山雪が降ったら、また一緒に雪だるまを作ろう。今度は暑くてもなかなか溶けないように、ものすごく大きな雪だるまにしようね』……って。――でも」


 妻の瞳いっぱいに、涙が浮かんでいた。


「結局、あの日みたいな大雪は一回も降らないまま……。もう少し――もう少しこの雪が早く降ってくれれば……」


 そこまで言うと、耐えきれなくなった妻は、大粒の涙を零しながら、夫の胸に顔を埋める。

 夫は、そんな妻を優しく抱きしめながら、何も言わずに降り続く雪を眺めていたが――、


「…………あれ?」


 中庭のベンチに何かあるのに気付いた。


「……何だろう、あれは?」

「……あれって?」


 夫の声に、妻は顔を上げる。

 夫は、中庭のベンチの上を指さした。


「――ほら、あのベンチの上。何かある」

「……本当。でも、さっきは……」


 訝しむ妻。さっき中庭を眺めていた時は、そんな物は無かった……はず。


「……見てこよう」


 夫はそう言うと、中庭に出るガラスの扉を開けた。身を切るような冷気が雪崩れ込んでくる。

 夫と妻は、冷気に打ち震えながら、フワフワの新雪で覆われた芝生を踏んで、ベンチに近づいていく。


「これは――」


 こぢんまりとしたベンチの上に、それは、あった。


「……雪だるま?」


 ソフトボールくらいの雪玉の上に、野球ボールくらいの雪玉が乗っかったそれは……、でこぼこした不格好な形だったが、紛れもなく雪だるまだった。


「…………っ!」


 夫の背後で、妻が息を呑むのが分かった。


「…………お父……さん……!」


 妻は、ベンチに駆け寄った。


「……間違いないわ……。この子は……ユーキくん……! お父さんが作った……あの時と同じ……!」

「……え? まさか――」


 妻の言葉に半信半疑だった夫だが、ベンチ周囲の雪に、足跡が一つも残っていない事と、雪だるまがニッコリと笑っている(・・・・・・・・・・)事に気付くと、何かを察したように、優しい表情を浮かべて、妻の肩を抱いた。




 それから何分経っただろう。

 

「さ、そろそろ行こう。もう時間だ」


 夫は、妻の肩に触れ、優しく促した。


「……ええ」


 妻は、夫の言葉に答えると立ち上がり、ホールの高い煙突を見上げた。煙突のてっぺんからたなびく煙は大分細くなっている。

 妻は、煙に向かって呟く。


「……お父さん、最後に約束を守ってくれて、ありがとう」


 そして、二人はホールに戻っていく。

 ベンチには、雪だるまが残された。


 不格好な雪だるまと、一回り小さな雪だるま。

 二つの雪だるまは、ニッコリと笑って寄り添っている。


 ――まるで、親子のように。

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― 新着の感想 ―
[一言] ほっこりとした心温まるお話でした。 雪の日に読んでみたいものですね。
2019/12/18 12:54 退会済み
管理
[一言] ほっこりとした心温まるお話でした。 雪の日に読んでみたいものですね。
2019/12/18 12:54 退会済み
管理
[良い点]  子供時代の無邪気さと、成長した大人としての心理の対比が動と静の関係のようで、その心の動きの表現が大きければ大きいほど、読み手の魂の奥底から揺さぶってくるように思います。 この手の対比に弱…
2019/02/05 02:50 退会済み
管理
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