10話 エリス・ペンドラゴン
勇者目線です。
「はぁー。」
「また逃げられたの?」
酒場で酒を飲みながら長い長いため息をつく私に語りかけてくるのは冒険者時代ともにパーティを組んでいたレーナだ。
レーナは猫の亜人でいたずら好きな私の親友だ。
「うるせぇな。 どいつもこいつも腰抜けばっかりだ。 私は私より強い男にしか興味ないんだよ。」
「あんたね、勇者のあんたより強い男なんかそうそういるわけないでしょ? そんなことしてたら婚期逃しちゃうよ?」
「うっ……」
そう、最近の私の悩みは結婚。
まだ18の私だが、もう冒険者を引退して早1年。
勇者として数々の武勲をたててきた私だったが、やはり恋というものに憧れる年頃なのだ。
「仕方ないだろ? みんな逃げちまうんだから。」
「あんた外見はいいんだから大人しくしといたらいいのに、どうしてわざわざ決闘なんてするのよ。」
「そんなの、男は女を守るもんだろうが! 私より強くなくてどうやって私を守るってんだよ!」
「あー、でたでた。 戦闘狂のくせに中身は乙女なんだから。 世界中の男の中であんたより強い奴なんかそれこそ他の勇者くらいでしょうに。」
「そういうレーナだって彼氏いないくせに。」
「私はいいのよ。 男になんて興味ないからね。 世の中金よ金!」
レーナも相当拗らせてやがるな。
私は親友に先を越される心配はまだ無さそうだと少し安心した。
「それよりエリス。 またリエール地下迷宮に行ったんだって?」
「ん? あぁ、憂さ晴らしにな。 70階層くらいまでしか行ってないぞ?」
「70階層ってあんたね、一人で行くようなところじゃないでしょ。」
「それくらいまで行かなきゃ、手応えねーんだよ。 あ、そういえばおかしなことがあったな。」
「おかしなこと?」
「あぁ、この間休憩所にリエールオオサソリの死体があったって噂が流れてただろ?」
「あぁ、魔物が出ない休憩所に死んでたというあの毒で全身ボロボロの蠍の話?」
「そうそう、その階層と同じ階層でな、変な蛙がいたんだ。」
「蛙ってリエールフロッグのこと?」
「いや、それがドクドフロッグだったんだよ。 しかも天井で気配を消してやがってな。 恐らくあれは隠密スキルだ。 それに私のことを鑑定しようとしたんだ。」
「鑑定!? 鑑定持ちの魔物なんてそうそういないわよ!? それにドクドフロッグって魔の沼地とかに存在する毒持ちの蛙でしょ? そんなのがなんでリエール地下迷宮に?」
「それがわからないんだ。 ただ鑑定された事は確かなんだ。 私の【認識遮断】に引っかかってたからな。 発動するのが少し遅れたからちょっとだけステータスを覗かれたと思うんだが、それを理解しているかのように逃げて行ってな。」
「鑑定持ちで知性持ちって相当やばくない?」
「まぁ、追いかけてたら竪穴に落ちちまったからさすがに生きてないと思うけどな。 レベルも8くらいだったし。」
「へぇ、不思議なこともあるものね。 あの竪穴って88階層まで繋がってるんだっけ? 私たちでも90階層まで行くのでギリギリだったものね。」
「あの迷宮は異常だよ。 下層に行くほど強くなる。 それも何階層あるのかもわからないときた。 攻略不可能だよ。」
「力の神リエール様は何を求めて作ったんだろうね。」
「さぁな。 私たち人間には一生わからないさ。」
そう言って酒を仰ぐと私は金を置いて席を立つ。
「あら、もう行くの?」
「あぁ、少し用事があるんだ。」
「そっか。 またね。」
「あぁ、また。」
私はレーナと別れると暗い街道を歩く。
私が勇者と呼ばれるようになったのは7歳のとき。
小さな辺境の村で育った私は貧しくも幸せな日々を過ごしていた。
父と母は優しく、妹も可愛かった。
村人達は皆私のことを本当の子のように接してくれていた。
私の国では7歳になると鑑定の儀を受けに都市の教会へと足を運ばなければならないという決まりがあるため父と二人で教会へと訪れた。
最初は優しく笑顔だった教会の関係者達も私の鑑定が終わると慌ただしく動きはじめ、その顔は真剣そのものになる。
私のステータスにあったもの。
それは【勇者】の称号だった。
その日から私の生活は激変した。
王国の城に引き取られた私は大好きだった家族から離れて暮らすことになった。
村では考えられないほど豪華で贅沢な暮らしは楽しかった。
フカフカのベッドで眠るのも、勉強をするのも初めてだったのだ。
でも唯一稽古だけはどうしても好きになれなかった。
君はこの世界を救うんだ。
それが先生達の口癖だった。
色々な稽古を受けた結果私は剣術が一番向いていることがわかった。
それからは毎日剣を振り続ける日々。
強くなるのは嬉しかったし、剣は好きだから楽しくもあった。
そんな日々が続き、気がつくと村を出てから3年が経っていた。
3年も経つとそれなりに信頼されているため国の中であればそれなりに自由に行き来することができるようになっていた。
私は久しぶりに村へ帰ろうと先生達の目を盗んで馬で駆けた。
門番さんもなんとか騙して抜け出してそのまま半日ほど走り続ける。
ようやく村が見える距離へと近づいた時違和感に気づいた。
村長さんが大事にしていた畑は荒れ果てて、守り神を象った像は横たわっている。
私は慌てて馬を降りて村へと走る。
目に映ったのは私が育った花が綺麗で村人達が幸せそうに暮らしていた元のままの景色…………
ではなかった。
荒れ果てた地面にボロボロの民家。
燃えた後の真っ黒な煤が辺りを埋め尽くしていた。
私は急いで王国へ戻ると先生達を問い詰めた。
そのあと王様の前に連れてこられた私は王様から村が1年前に滅んだことを聞かされた。
生き残りは0人。
魔王の襲撃があったそうだ。
私は信じられない気持ちと目にした現実とで膝をつく。
涙がとめどなく流れ落ち数日間はベッドの上から出ることはなかった。
私が幸せな日々を過ごしているうちに私の大好きな人たちが死んでしまった。
罪悪感と悲壮感に心が満ち溢れる。
だが、毎日そうやって過ごすことが許されるはずもなく私はいつも通りの日々へと連れ戻された。
私を動かしたのは復讐の心だけ。
魔物を殺す。
ただそれだけのために強くなる。
私はそれからも毎日剣を振り続けた……
「嫌なことを思い出したな。」
私はそう呟き墓石に花を添える。
今日は村が滅んでから丁度11年なのだ。
私は村のあった場所に村人分の墓を作った。
そして毎年こうやってお参りに来ているのだ。
「アリス。 お姉ちゃんまた結婚できなかったよ。 男なんて弱っちいやつばっかだよな。」
妹の墓の前で私は愚痴をこぼした。
しっかり者の妹は私になんて言うのだろうか?
今となってはもうわからない。
全員に酒や水、花を供えると私は村のあった場所に背を向けて歩きだす。
「じゃ、行ってくるよ。 また帰ってくるから。」
まだ私の復讐は終わっていない。
月明かりに照らされた道は緑色に輝き森の木々は煌めきを放っていた。
そんな女の歩く道は修羅の道。
憎しみだけが彼女を突き動かしていた…………