第1章『コクト・パイロット・サヤ視点』-7
予定時間の三十分前。
ウィッシュのシミュレーター訓練に向かうため部屋を出ると、すぐ近くのドアが不意に開いた。
出てきたのは見覚えのある小柄な女性の姿。私よりも少し背が低く、肩の辺りで綺麗に切り揃えられた赤い髪を優雅に揺らす先輩。
「ほー……」
しばらく見とれてしまった。
「なにボーっとしてるの、サヤ?」
「あ、あはは、つい……」
同じダブルオーの仲間、スナイパーのカノコだ。
「あ。昨日は助けていただいて、ありがとうござ……」
「いらない」
「ふえ?」
普段はトロンとしている眠たそうなカノコの目がわずかに吊り上がる。
「お礼なんていらないわ」
「え、でも助けてもらったし……」
「あのねー、サヤ。ブリーズとの戦闘なんてこれからいくらでもあるの。まだ戦いに慣れていないアンタは、これからも大量に仲間に迷惑かけるわけよ。そのたびにお礼と謝罪を撒き散らすつもり? だとしたら相当うっとうしいわよ……」
き、きびしい……。
でも納得させられる意見だった。反論もできずに表情が強ばる。
ちなみに先輩のカノコという人は、私より二歳年上の十七。ちっちゃくて少しタレ目ぎみで……一見カワイイと言ってしまいそうな印象の人物。……なのだが、ハッキリものを言う性格なので遠慮がない。うらオモテがないのが長所……かな?
「ところでサヤ……どうして髪の毛、ずっと押さえているの?」
うぐっ、やはり訊かれたか……。しかたなく手を離す。
「実は……」
「あら、立派な寝癖ね。記念に写真でも撮ろうかしら」
「ダメですーっ! あー、もー、どうあがいても直らなくて……」
頭のてっぺんからピョコンと飛び出す髪一輪。結局どうにもならなかった……。
「これから隊長と訓練なのに、どうしよお……」
「そのまま行けば? コユキのとこ」
「そんなーっ」
「直したいの?」
ぶんぶんと首を縦に振る。この情けない頭でコユキ隊長に会うわけにはいかない。
「時間はある?」
「あと三十分くらい……」
カノコは時間を確認し、たった今出てきた自分の部屋に私を手招きした。
「それなら間に合いそうね。アタシに任せなさい」
カノコさまは神様です! 呼ばれるままに彼女の部屋にお邪魔する。
「うわ、すっきりしてますねー」
それが思わず出てきた第一声だった。
実際ほとんど物がない。必要最低限の生活用品が若干ある程度だろうか。
「ムダ口たたいてないで、ここ座りなさい」
鏡のついた化粧台の前に椅子がひとつ。有無を言わさず着席させられる。カノコはすぐに半透明の頭髪ジェルを私の髪になじませ櫛で梳かしはじめた。
「意外とキレイな髪ね。ちゃんと手入れしてるでしょ?」
「ええ、それなりに……。カノコはそーゆーのやらないんですか?」
「そうねえー……昔はきちんとしてたけど。戦場での暮らしが長くなると、真っ先に自分のことがどうでもよくなってくるのよ。身だしなみを気にするくらいならウィッシュの整備を確認したり、武器の調整してみたり。完全に考え方が戦争屋になるわね」
「なるほどー。でも昨日の三人のコンビネーション凄かったですよー」
「まあね。コユキとトウケンと組んで、しばらく経つから……」
トウケンの名前にヒクっと私の頬が引きつる。
「あー、もしかして苦手? トウケンのこと」
一瞬、否定しようかと思ったけど……正直に頷いた。
「ちょっと怖くて……」




