第1章『コクト・パイロット・サヤ視点』-6
わずかに目を伏せた隊長の視線が、私の頭に向いた。
<……凄い寝癖だな。どんな寝相してたんだ、いったい?>
「眠っている時のことなんか知りませんよお。あっ、睡眠中にタンポポで覗き見は禁止ですからねー」
<……それ以前に、本人の意識がない時に通信をつなごうとしてもタンポポは反応しないだろう?>
「ありゃ、そうでしたっけ?」
<システムの基本だぞ、きちんと覚えておけ。それに通信を拒否したい時はタンポポのシステムをオフにするとか、映像のみをカットしてボイス・オンリーにするとか、色々と方法があるだろう?>
全然、知らなかった……。
<学校の授業で習っているはずなんだが……。まあ、いい。それより昨日の初戦闘があの状態だったからな。サヤがどんな様子かと、少し心配していたんだが……>
「私は大丈夫ですよ。結局、怪我も無かったし」
<身体よりも心の問題だ。新人が初めての戦闘で極端な強いショックを受けると、そのあとで軽い精神障害を起こして病院送りになる奴がたまにいてな>
「私はその辺、問題ナシです!」
だって隊長が心の支えですもの! この写真とコユキ隊長への熱い想いがあれば、どんな恐怖にも負けません!
……とか心の中で胸を張ってみる。
<それを聞いて安心した。朝から騒がせてすまんな>
「いーえ、そんなことないですよー。……あ、そーだ!」
タンポポが消える直前、なんとかギリギリで隊長を呼び止めた。
落ち着け、私。二人きりだからって緊張するな。会話だ、普通に会話ができればいいんだ。かるく息を吸ってー……よしっ!
<どうした、サヤ?>
「き、昨日は色々とありがとうございました。そのー……大泣きしちゃって迷惑かけたかなって、ずっと気になってて。お礼をちゃんと言いたくて、でもなかなかチャンスがなくって、えっと……その」
<気にするな、サヤが無事ならそれでいい。泣きたければいくらでも俺に頼れ。どんな相談でも乗るから>
……恋愛相談もアリですか?
<顔、赤いぞ>
「ぬあ、なんでもありませんっ!」
彼がうなずき、今度こそ映像が消える。
目の前からタンポポが消失して途端に力が抜けて床にへたり込む。こんな平凡な会話で疲れてどーする。気のせいか戦闘中よりも苦戦してないか?
「隊長……」
まだ背中で握り締めていた写真立てを改めて見つめる。いつも優しい笑顔と声を私にくれる愛しい存在。どうしようもない片想い。告白なんてできない。だって……足手まといの部下からいきなり告白されたって必ず迷惑かけるに決まってる。困らせたくない。だからせめて戦闘中くらいは彼の役に立ちたい。必要とされたい。
だけど……。だからこそ……。
私の想いは写真の中だけに閉じ込めておけばいい。……きっと、そのほうがいい。
言葉にならない悔しさと愛情を込めて、そっと指先で彼の横顔をなぞり、ゆっくり、ゆっくり頬を寄せる。その横顔に、彼の頬に唇を……。
<ああ、言い忘れていたんだが>
「ぷぎゃーっ」
衝撃で吹き飛んだ。ただ単に一人で引っくり返っただけなのだが、精神的に非常によろしくない。
「な、なんですか、もー! もー!」
かなり困った表情になった隊長のタンポポに全力で叫ぶ。
<す、すまない……。思いついた時に声をかけようと……。ところで、なに大事そうに持ってるんだ?>
「教えません! ナイショです!」
ややキレ気味にペシっと写真立てをベッドに叩きつけた。
「で、なんですか!」
恥ずかしさのあまり爆発しそうな気持ちを抑えて、なんだか勢いで睨みつける。
<そんな睨むな……>
「でっ?」
<あー、今日のスケジュールなんだが……。サヤの都合がよければ、これから一緒に訓練しないか? 訓練シミュレーターとか>
「訓練……ですか?」
予想外のセリフに目を丸くする。
<あの調子で次も戦っていたら命がいくつあっても足りないだろう? だから機体の動きに少しでも慣れるためにウィッシュのシミュレーター訓練を……>
「それってコユキ隊長がみてくれるんですか?」
<当然だ。俺の指導じゃ不満か?>
もしかして二人きり?
「やります! お願いします!」
<それじゃ二時間後に。それまでに寝癖、直しておけよ>
「はあーい」
……隊長の映像が消える。しばらく様子を見てもタンポポの再出現はなさそうだ。
そこでようやく喜び解放。さきほどの写真をガシっと掴み、胸に抱いてクルクル回る。
「くーっ、やった! これからコユキ隊長と一緒だーっ」
すると。
「ごっ!」
足の小指をベッドのカドにぶつけた。
「ま、回らなきゃよかった……」
ピンポイントの激痛に呻きつつも、写真立てはしっかりと握っている。変わらぬ彼の穏やかな横顔に、私は苦痛を我慢して微笑んだ。
チャンス到来。
なんたって隊長と二人きりの訓練。少しでも距離が縮められたらいいんだけど。