第9章『干渉者・コユキ視点』-1
「なぜなんだ……トウケン」
彼の名を呼ぶ。
操縦席に、一人。
沈黙が支配する。
<コユキ、第十六世界のこと、覚えているか>
空中にいるヘリにすぐ手が出せないためか、トウケンは逃げるでもなく、戦うわけでもなく、ゆっくりと語りだした。
第十六世界。
まだトウケンに会う前、俺とカノコで扱った世界だ。ある男と、その娘が「細菌兵器」を製造してしまい、世界が滅びかけた……。歴史を変えるために、やむなくその二人を殺害した。
<その親子にはもう一人、家族がいてな>
――話がようやく見えてきた。
<その二人は…………オレのオヤジと、妹だ>
トウケンとはじめて会ったのは、この第八世界……。すでに罠は張られていたわけか。
ペインのメンバーは、全員がランスに恨みを持つ者たちと聞いたことがある。
第十六世界でランスによって家族を失ったトウケンに、ペインが接触。奴らはランスをおびき寄せるエサとしてブリーズを第八世界に投入。同時にスパイとして……トウケンをランスに入隊するように仕向けた……ってところか。
<オレの目的は簡単だ。ランスへの報復。オマエら二人への復讐! ……どうしても……どうしてもランス内部では直接、手が出せなかった。だから任務を繰り返し失敗させて、空間の狭間に落としてやろうと思っていたんだが……運のいい奴だよ、オマエはッ>
今まで心の奥底に抑えていたドス黒い感情が、トウケンの言葉から溢れている……。
<人の命を数字でしか判断できないランスには……家族の重さなんて分からねえよなァ。分かるはずがねえよなァ……コユキィィィーッ!>
<たあああーい、ちょおおおーっ! ブリーズ全滅ですよーっ>
一番きてほしくないタイミングで、一番きてほしくない人物がきてしまった。
<さっきの凄かったですねー……アレ?>
『コクト』が止まる。タンポポをつないだまま、不思議そうにサヤが首をかしげた。
俺とトウケンは同時に動いた。
空戦型の機銃を『ケンパク』にロック。下降しながらありったけの銃撃を注ぐ。トウケンは持っていた二本の刀を地面に突き刺し、対『コウキ』用に準備していた大型ライフルを向けてきた。
ライフルの銃口が火を吹く。
しかしあの大型ライフルはカノコほどの腕がなければ扱えるシロモノではない。
弾丸は直撃しなかった。だがヘリのプロペラをかすめる。
<テメエの命で、罪を償えやあああァァァーッ!>
操縦席に警告アラーム。ロック・オンされた。抜群の戦闘センスで角度を調整してきたのだ。
さきほどプロペラをかすめたせいで『セイバーン』のバランスが大きく崩れる。
そこへさらにトウケンの追撃。
よけられない。その一発がプロペラを直撃する。操縦席を襲う凄まじい揺れ。
「こいつも限界か……」
レーダーで『コクト』の位置を確認。届くか?
俺は空戦型の操縦席を飛び出し、生身でサヤの機体めがけて飛び降りた。タンポポをつなぐ。
「サヤ! 絶対に俺を受け止めろ!」
<うひゃあーっ、なにやってるんですかあああ!>
文句を言いつつ、ギリギリのタイミングで機体の手の平が俺をキャッチ。着地の衝撃で片足がグシャっと潰れたような音がした。
頭上で起こる爆発。『セイバーン』が破壊された。
「サヤ! 中にいれてくれ!」
開いた途端、操縦席に転がり込む。
「せ、狭いですうー」
「着地で足が潰れた。席を替わってくれ」
「うわ、痛そ。え? なんでトウケンが暴れてるんですか?」
「あいつは敵のスパイだった! このままだと俺たちもやられるぞ!」
「うひーっ」
シートに腰をおろし、全面スクリーンで『ケンパク』の位置を捉える。
「だーっ、サヤ邪魔だ。スクリーンが見えない! とにかく座れ!」
「座れって、そんなスペースありませんよ! どこに座ったらいいんですかっ」
「俺の膝の上があるだろうが! 不満かっ」
「だ……大満足です!」
サヤのお尻が膝に乗る。ちょっと重い。
俺はトウケンの動きを見ながら操作レバーを握り締めた。地上で戦うのは久しぶりだ。まして相手は接近戦のプロ。やや分が悪い。
潰れたつま先がじりじり痛む。さきほど切り落とした指からの出血も止まらない。
「サヤもレバーを握ってくれ。とっさの判断はキミのほうが早い」
迫る『ケンパク』。邪魔な大型ライフルを捨て、二本の刀を構えて近づいてくる。
「トウケン……悪い人だったんですか……」
言葉に詰まる。
「いや、あいつは悪くない。……だが……もう仲間ではない。やらなきゃ、やられる。どうする? ここで俺と心中するか?」
サヤが操作レバーを手にした。お互いの指が絡まる。
「死んじゃダメです。私は……隊長と生きていたいです!」




