第7章『セイバーン・パイロット・コユキ視点』-3
十一月七日。
ブースターを設置して、それぞれの機体が牽引ロープを握る。
いつもよりブリーズの発生が遅い。
「どういうことだ……?」
待機しているだけで兵士たちの指揮が落ちる危険性がある。
これ以上、集中力を削りたくはない。
……さらに待つ。変化は唐突に起こった。
サーモグラフィーに反応あり。
――最後の死闘がはじまった。
※ ※ ※
アクシデントは常に突発的に起こる。
ブリーズが前回とまったく違う場所に発生したのだ。途端に部隊の隊形が乱れる。
フォローが間に合わない。こうなると、もはやブースターに利用価値はない。
さらに状況は悪化した。
<オイオイ……なんでだよ……>
トウケンのぼやきも納得できる。
地上にウィッシュの大群。空にはブリーズ空戦型。
この状態で、出現したのだ。
あの『コウキ』が。
――作戦の失敗。何もできずに部隊が死ぬ。このままでは……全滅する。
決断は早かった。
「全軍に告ぐ! 全力でベース付近まで後退せよ!」
動揺が走った。いくつか他の部隊の隊長からタンポポが飛んできて反論を訴えてきたが、説得している暇がない。
「死にたくなければ下がれ! 反論は認めん!」
目前にある絶望。兵士であると同時に、彼らはただの人間だ。
一斉に部隊が動く。ありったけの弾丸を掃射しながらベースに向かって後退。
「サヤも下がれ」
<でも隊長!>
「下がれ!」
ここであがく事は確実に死を意味する。
サヤが一瞬、泣きそうな顔になって――
<了解……しました……>
『コクト』が後退をはじめる。
「カノコ、トウケン。部隊が後退するまでの時間を稼ぐ」
<つくづく損な役回りよね>
<しゃーない、やるか>
あの『コウキ』を破壊するのはあまりに至難だ。先に地上のブリーズを蹴散らす。
密集地点に大型ミサイルで爆撃。レーダーから敵機が激減する。『クレナイ』と『ケンパク』の凄まじい奮戦。
同時にレーダーで部隊の位置を確認。ベースに全部隊が密集している。
迫るブリーズの大群。
ペインはどうしても世界を滅ぼしたいらしい。
現れた絶望は一機だけではなかった。
さらに空が割れ、巨大な銀色の機体『コウキ』が出現する。
空間を裂き、大量の『コウキ』がこの世界に侵入してくる。
絶望がやってくる。世界の終焉。
「これだけ派手にイカサマしてくれるなら、こちらも少しばかり本気を出させてもらおうか」
ナイフを取り出し自分の親指を根元から切断した。
「帰還せよ!」
切られた指が光に包まれ『セイバーン』から飛び出し空へと飲み込まれる。この第八世界からランスに向けての強制帰還。
この星から出て行こうとする力。
対して、この星へと侵入しようとする『コウキ』。
相反するエネルギーの衝突。
世界への侵入と、世界からの脱出。
そこに生まれる狭間。
星の狭間は急激に膨れ上がり、空を覆いつくしていた銀色の巨体が次々と飲み込まれ消えていった。さらに敵の空戦型も飲まれて消える。
わずか数秒。
たった数秒で、すべての『コウキ』が消去された。
ほどなくして狭間が閉じられる。
狭間に落ちた以上、もう出現することはできない。
そして俺は、事前に仕込んでいたあのスイッチをオンにした。
不自然な挙動をしたのち、動きを停止したブリーズ。
ベースから、オペレーターの興奮した声が届く。
<ほっ、報告します! 『コウキ』が消失。さらに世界中、すべてのブリーズが完全に活動を停止。原因は不明です! ですが……止まりました!>
普段は冷静なオペレーターの声がはずんでいる。
当然だ。突然、世界最大の絶望が消滅したのだ。
空に敵はいない。地上のブリーズは沈黙したまま。
だがまだ戦いは終わっていない。
紛れ込んだペインを、犯人との決着をつける。
疑うべき相手は決まっている。仲間の、誰か。
いつも遅れてやってきた人物。
――それは。
一人だけ、いた。




