第6章『ベース開発部・イスケ視点』-1
第八世界の崩壊によりランスへの強制帰還が実行された。
再生されたばかりの肉体は思うように自由がきかない。
おぼつかない足取りでなんとか干渉ユニットから這い出る。
向かうべきは仲間のもとへ。
けだるい身体を引きずって司令室のドアを開ける。
先に来ていたコユキとカノコが同時に振り向いた。
「ひどい顔だね……」
ボクのつぶやきに無言の同意を示す。
ついさっき死亡したおかげか、この救いのない状況のせいか。二人が疲弊しているのは明らかだった。
「できれば、もう少し穏やかな死に方をしたかったが……」
「無理なお願いよね、世界があんな状態だと……」
やや遅れてトウケンも合流する。
「で、当然、アレの説明はしてもらえるんだよなァ?」
不機嫌な様子を隠そうともせず、メグ司令に詰め寄る。
四人の視線を受け止めて、銀髪の少女はシンプルに答えた。
「喜べ、最悪の情報だ」
「うっわ、聞きたくねー」
「聞いておきなさいよ。アンタのヘタレ脳ミソでも少しは役に立つかもしれないし」
「テンション低いとケンカする気にもならねえなァ……」
さきほど見た巨大なウィッシュの映像が空中に表示される。
全体が銀色で、通常の機体の倍……十メートル以上はあるだろう。
「……ペインの干渉を確認した」
目を伏せ、司令は言った。
「なるほど……最悪の情報かよ」
納得するしかなかった。
ボクたちが所属している『ランス』。
それに反抗する干渉組織『ペイン』。
――痛みや苦しみを意味する言葉『ペイン』。
その名の通り、ランスによって苦痛を刻み込まれた者たちが集い、唯一の反抗勢力となった。
救済された歴史の犠牲者たち。
ランスが世界を救おうとすれば、ペインは裏から手を回してランスの計画をぶち壊す。ボクたちとは完全に対となる組織。
世界に変化を求めるランス。
対して、ランスを否定するペイン。
相反する組織は、どこの世界でも衝突を繰り返してきた。
「奴らはすでに第八世界へと干渉し、ブリーズを陰から操っているらしい。もともとブリーズに人間ほどの知性はない。だがペインが干渉したことで奴らは作戦や計画性のある行動をとるようになってきた。こちらの機体コピーしかできなかった連中が、突然新型のウィッシュを誕生させたのもペインが原因だろう。……問題はさらにある」
聞くほど憂鬱になる内容だった。
「こちらの行動、情報が洩れている。すなわちペインの関係者が、あの世界のベース内部にいる」
「んなッ……誰だ? 人数は? 情報、掴んでるんだろ?」
メグ司令が首を横に振った。
――状況は悪くなる一方か……。
敵がいるのだ。極めて近くに。
「怪しい人物の見当とか、ついてないの?」
カノコの質問に、ボクは予想できる答えを並べてみた。
「疑うとすれば……まず開発部だろうね。ブリーズと戦うための新兵器の情報は、どうしても彼らには筒抜けになる。そこにペインの関係者がいた場合、対応策を練ってブリーズを操作することもできるし」
「そうなると……あとは第八世界の司令部かしら? 作戦の報告書は普通、上層部に流れていくから、あの世界の上の連中がペインの干渉を受けて知らないうちに入れ替わっていたら……アタシたちだけじゃ、手の出しようがないわ」
人物の入れ替わり。
カノコの意見も一理ある。
ボクたち干渉者が突然世界に侵入すれば、もともとあの世界で暮らしていた人々が気がついて違和感を覚えるだろう。そうならないために、ランスの干渉システムが記憶データの書き換えを行っている。ボクたちがもっと前から「この世界にいた」というニセの記憶を植えつけるのだ。そのシステムのおかげで普段からベースにいる仲間とも不自由なくコミュニケーションがとれる。
それをペインが、こちらの知らないうちに行っていたら……。
「アタシたちはベースにいるすべての人間のデータなんて持っていない。入れ替わりが起きても対処できないわ……。唯一、間違いなく信用できるのは……」
コユキがつぶやく。
「サヤだけ、だろうな」
あの世界が、どうしても殺したい存在。
彼女の死をきっかけに終わる歴史。
さらにコユキが指をピッと一本立てて解説をはじめた。
「確信はないが、もしかしたらペインは俺たちよりかなり前に第八世界に干渉していたのかもしれない」
「なんでだよ?」
「あいつらの目的はランスの妨害だ。まずはじめに第八世界の滅びの歴史が発覚する。当然ランスは世界を救うために干渉を開始。敵はブリーズだ。……だが、そのブリーズを発生させたのは……いったい誰だ?」
カノコがうなずく。
「ランスの干渉を失敗させるためにペインはブリーズを世界にばらまく。それを知らずにアタシたちが干渉。あいつらはブリーズをエサとしてランスを叩き潰すって寸法ね」
「どーすりゃいいんだよ……。完全にあいつらのフィールドで戦うしかねえじゃねーか」
メグ司令が声を上げた。
「続きは第八世界でやってくれ。次の干渉可能時間まで、残り六分だ」




