第5章『クレナイ・パイロット・カノコ視点』-8
<……オーツー、オーファイブ……焦るな。ペースが速い。スピードを落としてくれ。オーセブンは角度を上昇。風が洩れる>
コユキの的確な指示により、すべての部隊が全方向から一斉に風を同じポイントに誘導する。巨大ブースターは見事に効果を発揮してくれた。
ブリーズが具現化するまでの短時間で、一箇所に莫大な量の風が集約されたのだ。
十一月七日。
ブースターが吐き出す熱風によって集まった風が、ついに具現化する。
それは、さながらオモチャ箱の中を覗いているようだった。
密集した狭い空間に、ウィッシュと空戦型をコピーした盛り沢山のブリーズが溢れかえっている。お互いに重なり合い、踏みつけ合い、絡み合い、まるで身動きがとれていない。
<さあ、大掃除の時間だ!>
コユキが、超大型ミサイル・キリサメ五式を発射する。同時に『セイバーン』は方向転換。爆風を回避するため空を舞う。
もっともブリーズが密集している中心地点に、ミサイルは迷うことなく直撃。
高く高く火柱が上がり、さらなる爆発と衝撃が大地を揺らした。
天まで焦がさんばかりの炎。
爆音が空を染めあげる。
黒煙が辺りを包み、視界を奪った。
操縦席の全面スクリーンには煙しか映っていない。サーモグラフィーには爆発の高温が表示されブリーズの状態が確認できない。
――待つこと数分。
あまりに長い長い沈黙。誰のタンポポも反応しない。結果に目を凝らし、耳を澄ます。
……ようやく、見えた世界には。
<さて、ベースに帰ったらパーティーの準備をしないとな>
コユキの声。
着弾ポイントは大地が抉れ、そこは巨大なクレーターになっていた。
ブリーズの姿はカケラも無い。
一斉に歓声が上がった。
<たいちょおおおーっ、すごいですぅー! 素敵ですぅー!>
<オイオイ、うまく行き過ぎだろ。少しはオレらの出番を残しておけよ>
<そこまで考えていなかった。余裕があったら、次からは活躍の場を残しておくよ>
コユキの映像がこちらに届く。
<カノコ、キミの作戦のおかげだ。ありがとう>
「まだすべてが終わったわけじゃないわ、油断しちゃ駄目よ?」
<了解。……ただ、この戦法は使える。これなら敵が百だろうが二百だろうが一撃で殲滅できる。この世界を、救える>
ようやくホッとしたのか、彼が微笑む。アタシもつられて笑顔になってしまった。
「ほらコユキ、そろそろベースに戻りましょ。みんなで、ね!」
<ああ、そうだな。……みんなで、だな!>
コユキが部隊すべてに通信をつなぐ。
<まずは作戦の協力を心より感謝する。これより我々はベースに帰還。次の戦闘に備えて全員、しっかり休息を取るように。次に戦死しても責任は取らないからな!>
再び上がる歓声。
<あとは…………ん?>
不自然なところでコユキのセリフが止まった。
レーダーに反応がある。ブリーズだ。しかも規模が大きい。普通のウィッシュのボリュームではない。
周辺には風が集まっている気配がない。だがサーモグラフィーの温度分布には、確かにブリーズの反応があった。
<空だ……>
最初に気がついたのはコユキだった。大量のそよ風が空に集合している。
ブリーズ空戦型が大量発生するのだろうか? それにしては範囲が広すぎる。
<まさか、そんな>
彼のつぶやき。風が急激に圧縮され…………。
それは、堂々と姿を現した。
<お、オイオイ。なんだよ、こいつはァ……>
圧倒的な存在感。
空に。そこに。
――巨大な人型が浮かんでいた。
機体の二倍……。いや、それ以上はあるだろう。銀色の装甲に覆われた巨大なウィッシュはこちらを見下ろし、圧力を誇示していた。
突然のことに思考が停止する。しだいに沸き起こる恐怖。
巨大な未知の存在は、まさに畏怖そのもの。
<……『コウキ』……だと?>
コユキの声が震えていた。
わずかに遅れてこちらにもデータが表示された。機体ステータス不明。ただその名前だけが表示されている。
……このデータはどこから転送されてきた?
「あの光……」
地上から見上げる『コウキ』全体が、神々しいほどに輝く。
一斉に。
全方向に、空に向かって光が走った。
コユキの『セイバーン』を光が貫通する。空を支配した圧倒的な輝き。
そして。
『セイバーン』、爆発。
<た、たいちょおおおぉぉぉーっ!>
ヘリの残骸が地上に落ちてくる。
飛び出す『コクト』。
<オイ、待て新人!>
トウケンが追う。
アタシは……何もできなかった。
<いやあっ、いやだ! コユキ隊長が! コユキがあああーっ>
サヤの悲鳴じみた叫びが戦場に広がる。
『コウキ』が再度、輝きを増した。
光が放たれる。今度は地上に向かって。数百の光の雨が降り注ぐ。
輝く刃が機体に突き刺さり、なす術もなく……砕け散るウィッシュ。
見ているしかなかった。一切の抵抗もできずに、アタシは、見ていることしかできなかった。
そして、すべては輝きに喰われた。
――世界は、再び絶望に抱かれた。




