第5章『クレナイ・パイロット・カノコ視点』-3
「だからこそ」
答えは同じ。
今度はこの世界を、サヤの生きる第八世界を救う。アタシたちの力で。
「コユキ、今どこ?」
部屋を出てコユキにタンポポをつなぐ。
今日はサヤの初戦闘の日だ。ブリーズが発生したあとでは落ち着いて作戦を立てることができない。先に打ち合わせをしておくべきだ。
<早いな、カノコ……俺は作戦会議室にいる>
「すぐ行くわ。トウケンは?」
<まだ干渉していない。じきに来るだろ>
「あのバカ。時間に緩いのよ……」
歩く速度が苛立ちでしだいに速まる。
「コユキはどこまで知っていたの?」
<サヤがなんらかの方法で死亡する。その後、世界は崩壊するってとこかな……>
「それで……あんなにあの子の傍にベッタリくっついていたわけね」
<なんかトゲのある言い方だな。仕方ないだろう。サヤがいつ死亡するのか、ランスからの情報がなかったんだ。毎日、彼女の近くにいればボディガードとしての役割も果たせるだろ?>
「ずいぶん密接なスキンシップをしていたみたいだけど……アタシの見間違いかしら? いろんな所で抱き合っていたわよねえ……」
<こっちに来てからそんな愚痴を言われてもな……>
会議室に入り、彼の姿を見つける。目が合った途端、コユキは視線を逸らした。
「アタシにはあんなに優しくしてくれた事ないわよね? ずーっと一緒に仕事しているのに」
横長のテーブルが規則正しく並ぶ部屋。アタシは彼の真っ正面に着席して髪をかきあげた。問い詰めるために身体を前に寄せる。
「そう……だろうか? むうう……」
コユキが眉間にシワを寄せて本気で悩みだしたので、つい苦笑してしまった。手を伸ばし彼の前髪をひと房つまむ。
「別に、あの子に嫉妬しているわけじゃないから安心なさい。別世界の者同士なんて、どうせ恋愛できないシステムだし」
コユキの蒼い髪。柔らかくて素直で、きれいな髪。サヤも……すでに彼の髪を触ったのだろうか。
「あの子は、この第八世界の星の人間。この星からは出られない。アタシたちは結局、別世界の干渉者。いつかこの世界から脱出しなければならない。あまりサヤにのめり込まないほうがいいわよ。別れが辛くなる」
「それぐらい……分かってる」
彼のちょっと長い前髪で、本人の鼻先をくすぐる。コユキは迷惑そうに顔をしかめた。
「髪の毛、少し伸びたわねえ。今度、切ってあげよっか? 整えるくらいなら簡単にできるわよ」
「必要ない。今はサヤを……この世界を救うことが先決だ」
子供あつかいされたと思ったのだろうか、コユキは不満そうに口を尖らせた。彼のほうが年上なのだが……そのしぐさがカワイイ。ついイジメたくなる。
……そこへ不意に足音が近づく。
バタンと乱暴にドアが開いて……沈黙。
アタシは彼の前髪を指先でつまんだまま。コユキは迷惑そうな顔のまま。入り口でトウケンが踏み出そうとした足を止めたまま。
三人が硬直した。
「出直そうか、オレ?」
「遅刻よ。とにかく座りなさい」
戸惑うトウケンに、ちょっと強めに言い放つ。
「なんで怒られてるんだ、オレは……」
不服そうにつぶやき、隣の席に着いた白髪の男を一瞥して、アタシはコユキに視線を戻した。
同時にイスケのタンポポが咲く。
<自室から失礼するよ。新しい開発プランを練っている途中でね>
映像の向こうで、茶髪メガネが資料を掲げた。さきほどの雰囲気を振り払うみたいに咳払いひとつして、コユキが説明をはじめる。
「同じ行動を繰り返しても歴史は変化しない。なんとしても世界が滅んだ十一月七日を乗り切る必要がある」
「ってこたァ、まずは生体兵器を覚醒させないこと、だよな?」
「そうね。人類にあれほどの戦力があると確信してブリーズは攻めてきたわけだから。サヤがこれからも生存を続けてアレが覚醒しなければ敵も大攻勢には出ない、はずよね?」
<カノコの意見に賛成。ブリーズの大量発生は、一種の過剰反応だと思うんだ。だからサヤを覚醒させずにあの日を守り抜けば、きっと歴史は変わるはず>
出てくる答えは、ただひとつ。




