第5章『クレナイ・パイロット・カノコ視点』-1
崩壊した肉体が再構成され、記憶が流れ込む感覚。こればっかりは繰り返し経験しても慣れるものではない。
新しい身体の具合を確認して、アタシは干渉ユニットから脱出した。
人間一人がすっぽり収まる縦長のケース。異世界に干渉するための唯一の装置。
通称、干渉ユニット。正式名称で呼ぶ者はまずいない。
「コユキは先に行ったみたいね」
ユニットから出ると、そこには見慣れた光景が広がっていた。
いくつも並んだユニット。常に変動を続ける百を超える世界情報。終わりの見えない星と人との戦い。
干渉組織『ランス』。
世界の歴史を見つめ、歪んだ現実を救う組織。
情報部が収集した世界データを基に、最高司令を中心とした上層部が干渉の決定を下す。
そして歴史を変えるためにその星、世界に干渉するメンバーを選出するのが、現場を指揮する司令の仕事だ。その人物が実質的にアタシたちの上司にあたる。
「どういうことですか!」
司令室に入った途端、コユキの叫びとデスクを叩く音が耳に飛び込んだ。
部屋には激怒している彼の後ろ姿。
少し離れた場所で、小さく肩を竦めたイスケと目が合った。メガネに白衣というスタイルは変わらない。
まだトウケンは来ていない……か。
「そんな怒鳴らなくても聞こえてる。あと睨むな、ちょっと怖い」
視線の先。コユキをいさめているのは十三、四の少女。彼女がアタシたちの上司、メグ司令だ。
部屋の照明を吸い込んだような色素の薄い銀髪。一見しただけでは、ただの学生にも見えるが、その少女が紛れもなく現場を指揮するランスの司令官だ。
「えーっと、第八世界についてだな……」
「お? オレが最後か?」
ようやくトウケンが顔を出した。
干渉メンバー四人を前に、メグ司令が空中にデータを表示する。
「情報部の資料だと、その死亡したサヤって子は…………普通の人間ではない」
「んなこたァ、最後の戦闘を見てりゃ分かるさ。おかげでこっちは焼き殺されたばっかりだ。で、真実は?」
「第八世界で製造された……生体兵器だ」
兵器……?
「人型兵器ってことかしら?」
メグ司令がうなずく。
「……そう。ウィッシュと同じ、人型兵器。厳密に言えばウィッシュが修理を前提とした汎用兵器であるのに対し、サヤのような生体兵器はほとんど使い捨てを目的としているようだな」
無意識のうちに息を飲んでいた。思わず胸元を押さえる。
「使い捨て……だと?」
「だから睨むな、コユキ」
「司令、あの子はそれを知っていたの?」
「いや、知らないだろうな。この第八世界に干渉したのは、星暦二八〇年。ブリーズに対抗するためウィッシュを製造させる目的で軍事干渉したのが最初だ」
イスケがわずかに手を上げた。
「ボクが干渉して機体データを第八世界の技術者たちに提供したよ。それ以上のことはしていない。すぐに世界から脱出したからね」
「歴史を見るかぎりではその後、機体データが完成したのち、この第八世界の者が自分たちでウィッシュを現在の形状に改良した」
「ちなみにボクは、生体兵器に関与していない」
「ランスは生体兵器を直接、造ってねえわけだ。つまり……その後ってことか」
司令の説明が続く。
「そうだ。あの機体だけでは未知の存在に不安を感じたのだろう。第八世界の技術者たちは、人間にウィッシュの技術を応用した」
「そうやって、あの子を……生きた兵器を造ったの……?」
どいつもこいつも人間って奴は……。どうしてこう汚いことを平気で出来てしまうのだろう。アタシも人のことは言えないけど……。
「発動の条件は本人の死亡。目的は敵の殲滅」
「とんでもねえ破壊力だったしな」
「人体をそこまで改造できるテクニックを第八世界の技術者たちは持ってるんだ。都合の悪いことは記憶操作でもやって消してあるんだろう。だからサヤという少女は、自身が兵器であるという自覚はないだろうな」
コユキが呻いた。怒りで肩が震えている。
不愉快な現実はいくつも見てきたが、これほど理不尽なモノもそうそう無いだろう。
「メグ司令、なぜその情報を先に与えてくれなかった?」
「無茶を言うな。確認できているだけで、いくつの世界があるか知ってるだろ?」
その数、百八。
第一世界から第百八世界まで、それぞれ別の世界、別の歴史が存在する。
「情報部だって人手不足なんだ。上層部は何かとウルサイし……。たったひとつの世界に集中して時間を浪費することはできない。干渉者が四人もいれば、なんとかなるだろ?」
メグ司令が表示した世界データにはタイム・カウントがあり、その残り時間がジワジワと減少していた。
「問題はまだある。あの世界の終わりは十一月七日。情報部の調査でこれは確実らしい。原因となったのはサヤの覚醒。それまでのブリーズは、大群で攻めて来ることがあっても限度があった。しかし、サヤのような生体兵器の存在を知った連中は、人類を危険視して一気に攻勢作戦を決行。大陸全域に約千体ちかいブリーズが発生して……」
結果として、人類は滅びた……。
「次の干渉可能時間まで、あと十二分。作戦を立てるのは第八世界に行ってからにしてくれ。健闘を祈る。わたしを失望させるなよ、コユキ」




