第4章『コクト・パイロット・サヤ視点』-7
十一月七日。
午前一時。
地域、第三ブロック。
後方には遠距離用のライフル・アラレ三式を構えるカノコの『クレナイ』。
最前線ではトウケンの『ケンパク』がフウセツ六式を振るい、ブリーズを片っ端から切り刻んでいる。
闇が支配した戦場は、私が想像していた以上の乱戦になっていた。
遮蔽物のない平原には、先に戦場へと赴いたウィッシュの破片が至る所に砕け散り、彼らがついさきほどまで命を賭してここで戦っていたカケラが残っていた。今となっては、ただの残骸となってしまった命の果て。
<うだあああッ、なんだよ! このタイムサービスは! 切りがねえぞッ>
<そうよねえ、ディナーの時間にはちょっと遅すぎるわよねー>
<クレームなら敵を殲滅してからにしてくれ!>
「やった! 敵の空戦型、一機、撃墜ですーっ」
<おう、腕をあげたじゃねーか、新人!>
「とーぜんですっ」
私がマシンガン・ツナミ七式を二丁持って撃ちまくっていると、やけにシンプルなセリフがよぎった。
<ちょっとトウケン、しゃがみなさい>
<うわ、こっち来るのかッ>
<落ちなさい>
戦場を貫く弾丸。
それは地上から空へ向け。
<っと、カノコ! どこ狙ってるんだ、このヘリは俺だぞ、ブリーズじゃない!>
コユキの文句は途中で途切れた。
空中で発生したばかりのブリーズ空戦型が、あっけなく撃墜された。傾き火を吹いて大地に抱かれる敵機。
<カノコ……よく出現ポイントが分かったな>
<ん、ただの勘>
<って、オイッ! 空を狙うんだったら、オレがしゃがんだ意味ねーじゃねえか! この狙撃屋ァ!>
<そうね。ただの嫌がらせだから、あまり気にしなくていいわよ>
<てんめェェェー!>
「真面目に戦いましょうよおー」
――来る。
私に兵士としての経験なんてほとんど無い。それでもこの一撃は明らかに闇を裂いてこちらに向かってきた。
銃弾という名の異物。
「うひゃっ」
機体をしゃがみ込ませて、なんとか回避。
<ブリーズにも狙撃兵がいるのか?>
コユキのつぶやき。カノコが同意した。
<けっこう良い腕みたいね。ブリーズの機体にパイロットは乗っていないから、あいつらの個体レベルが急上昇してるってことかしら>
<厄介じゃねえか、それって?>
「しかも大量ですよ!」
レーダーにはすでに五十ちかいブリーズの大群が表示されている。
間違いなく、これまでの中では最大規模だ。
<報告します>
司令部オペレーターの声が、無情に世界を照らす。まるで死刑宣告のように。
<部隊ナンバー、オーワン、オーシックスが全滅しました。残存しているブリーズが現在ベースに接近しています>
「そ、そんなあ……」
<全部隊に通達。ただちにベース周辺に最終防衛ラインを引きます。全機後退してください>
絶望の匂いがした。
容易に兵士たちの命が地上に吸い取られていく。さながら、抗えない運命のように。
<ちっくしょう! どうなってやがる!>
<疑問を挟む余地はない。現実だ、後退する。まだまだ……俺たちはあがくぞ>
<いいわね、その覚悟。付き合うわよ>
<……だーッ、ったく。オマエら決断、早すぎ。……しゃーない、オレもやるか。どーせ逃げも隠れもできねえしなァ>
銃弾よりも安い兵士たちの命。
それでも。
たやすく、彼らは決意した。
これが死線を何度も越えてきた戦士の覚悟……なのかな……。
だとしたら、選択肢なんて必要ない。
「やりましょう! 私も頑張りますっ」
カノコは言ってくれた。
<安心なさい。今さら仲間ハズレにはしないから>
トウケンが吠える。
<せいぜい暴れろ! すべて薙ぎ払えばエンディングだ!>
つくづく、この人たちは絶望の意味を知らないらしい。どう考えても不利な状況なのは変わらない。気持ちを入れ替えても現実は変化しない。それなのに、彼らなら……その現実をなんとか叩き潰してしまいそうな勢いがあった。根拠はない。理屈もいらない。
ただ、ひとつ。
<サヤ>
コユキの一言。
<生きてりゃ勝ちだ>
彼らの勝利はシンプルだ。いとおしいほどに。




