第4章『コクト・パイロット・サヤ視点』-6
<こちらオーナイン! 二機やられた! 至急、増援を三ブロックに回してくれ!>
聞き覚えのある声だった。映像には人の良さそうな中年の男性が映っている。
あれは初めて戦闘した時に『期待の新兵に幸運を』……そんな言葉を私にくれたオーナインの隊長さんだ。
<現在オーシックスが接近中です>
感情のないオペレーターの声。彼らのテンションに巻き込まれて慌てないように訓練されているのだろう。その声は不自然なほど落ち着いていた。
<はやくしてくれ! この数はオレだけじゃ防ぎきれな……っ>
「ひっ」
私は息を止めた。肩を竦めて、床に崩れ落ちる。力なく床にぶつかりそうになる直前、誰かが身体を支えてくれた。……コユキだった。
恐る恐る顔を上げる。大型スクリーンにはノイズがまじり、あの隊長さんのタンポポは映っていなかった。
……当然だ。タンポポが消える寸前、彼の頭が爆発して吹き飛んだ。きっと即死だ。
オペレーターの声は変わらない。
<……オーナイン全滅。これよりダブルオーは三ブロックに出動してください。オーエイトは四ブロックの援護を……>
ダブルオー出動。……私だ。私たちだ。
支えられながら、それでも身体の震えが止まらない。オーナイン全滅。全滅? みんな死んじゃったの? こんな簡単に?
「コユキ、先に行くわよ」
待機していたカノコが機体に乗り込む。
「時間がねえぞ、はやくしろよ」
トウケンの姿も消える。
ハンガーには私の黒い機体と、コユキのヘリだけが残っている。
先日の戦闘で大破した『セイバーン』は、予備パーツによって新品同様に組み立てられ、隊長の出撃を待っていた。
戦闘開始から三十分もしないうちに、すべてのウィッシュが戦場へと旅立って……。
あとは、私たちだけ。
「サヤ」
硬い声。いつもは穏やかで優しい声が、やや厳しく告げる。
「キミは残れ。そんな状態では戦えない」
どう考えても、その言葉は正しかった。
反論できない。震える指先で彼の制服をわし掴みにする。
「無理するな、いいね?」
力なくうなずく。…………わけにはいかなかった。
ここで挫けてどうする。コユキとの訓練はなんのために続けてきた?
「ダメです。逃げるなんてダメです」
「サヤ、わがままを言わないでくれ。勇気と無謀は違う。それぐらいキミでも分かるだろう」
「でも、でも、ダメなんです。私も行きます……」
彼に認めてほしい。役立たずはイヤだっ。私だって戦える!
「仕方ないな……。はっきり言わせてもらう。今のキミは足手まといだ。これまでとは状況が違う。サヤがブリーズに囲まれた時、キミを助けるために誰かが傷つくかもしれない。さっきの戦闘を見ただろう? 最悪の場合……死ぬ」
「だけどっ、いっぱい訓練しましたよ! 私だって……」
コユキが強く私の両肩を掴んだ。正面から、痛いほどにお互いの視線がぶつかる。
「経験が足りない。死んだらそれまでだ」
この距離で、はじめて彼に睨まれた。それでも視線を外すわけにはいかない。
逃げたくない。どんなに危険でも、状況が最悪でも。
ここでは引けない。負けたくない。
……睨み合い、そのまま数秒。
「……まったく、キミは。……本当に手間のかかる子だ」
彼がついに諦めぎみにため息をついた。
「一応、最後の警告だぞ。サヤは、俺にとって本当に大事な仲間なんだ。失いたくない。だから、ここに残って……」
あまりにしつこいので、こっちの言い方もきつくなる。
「だから、いーやーでーすうううーって言ってるじゃないですか!」
「心配だから必死に説得してるんだよ! 言うこときけよ、いいかげん!」
「コユキこそ私の言うこときいてよ、もう! 行くもん。なに言われたって行くもんっ。絶対、いーくーもーんんんっ!」
「こいつは……」
命懸けの戦闘をかけた会話なんだけど、なんとも緊張感がない。それに……いつの間にか、身体の震えも止まっていた。
「仲間というのなら、私だってこの部隊の仲間です。カノコやトウケンと同じダブルオーの仲間です」
根負けしたのは、彼のほうだった。悔しそうに顔を歪め、私の髪をガシガシと撫で回す。
「……ブリーズの数が多い。無理はするな。流れ弾にとにかく注意しろ。……できるだけ空中から援護するから。あと七式は二丁持っていけよ」
「たいちょおおおーっ」
喜びのあまり抱きつきそうになって、ふと伸ばした両腕を止めた。
整備兵と医療兵、みんなの視線がしっかりと私たちを見ている。整備兵の友人、マリナが壁に凭れて大笑いしていた……。猛烈に恥ずかしいトコを見られた気がする……。
「すぐに搭乗しろ。カノコもトウケンもかなり先行している。俺たちでサポートしてやらないとな」
「はいっ」
――深夜、日付が変わった。




