第4章『コクト・パイロット・サヤ視点』-3
待ち合わせ場所はなぜかベースの、司令部の近くだった。
飛び抜けて高度のある司令部の塔。あの高みには偉い人がいて、他の部隊の隊長たちが集まって会議をしたりする。
私には無縁の世界なんだけどなー。
「サヤ、こっちだ」
到着してすぐに名を呼ばれて駆け寄る。
何事かと質問する前に、コユキ隊長は私の手を取って足早に司令部のエレベーターに乗り込んだ。
「うにゃ、どこ行くんですか? 会議とかだったらイヤですよ」
「違う、この塔の最上階に行く」
「ふえ? さいじょー……って部屋なんてありましたっけ?」
確か司令部の最上階は情報統括のための巨大な電波アンテナがあるだけで、他にはなんにもなかったような……。
「行けば分かる。すぐにな」
エレベーターが最上階で停止した。しかし、階数を示す小型モニターには『立ち入り禁止』と表示され、ドアが開かない。
彼は慣れた手つきでモニターの下にある操作パネルを使い、ロックを解除。二人で禁止エリアに足を踏み入れる。
「うひゃあああー……」
愕然とした。
「間に合ったようだな」
あまりの光景にギュッと、つないでいた手を強く強く握る。
髪をなでる人工的な風。
ただただ圧倒される高さと、身を竦ませる冷えた温度。
――そこには。
「これを見せたかった」
見つめる先。
世界があった。
民間人が暮らすホームよりも高く、私たちがいたベースよりも高い。
司令部の最上階。巨大アンテナを囲う形で、転倒防止の柵が手摺りとなってグルリと周囲を一周している。
彼に手を引かれたまま、恐る恐る手摺りに触れる。空調設備が近くにあるらしく、風がとにかく強い。
「たまに一人でここに来るんだよ。ブリーズの侵入を防ぐために本物の風を感じることはできないが……。ここがもっとも空に近く、もっとも開放感がある。ウィッシュの操縦席よりも、よっぽど世界が身近に感じられる」
「ずっと囲まれた世界にいたから……不思議な感覚ですね。こんなに見晴らしの良い場所があるなんて……」
すぐ隣で、照れたように笑う横顔。
「どうしたんですか?」
「こんな話、今まで誰にも言ったことなかったんだが……。いや、やめておくか」
「あー、その言い方はズルイですよ。続きが気になりますもん、話してください」
ためらいはあったんだろーけど、二人きりという環境が安心感を与えたのかもしれない。やけに長く息を吐いて、彼は話しはじめた。
「カノコやトウケンにも語ったことがないんだが……。俺は、正義の味方になりたかった。誰かを救い、守る存在に」
「英雄志望……みたいな感じですか?」
「うーん、似てる。けど、ちょっと違うな。英雄ってのは多くの人々から感謝され尊敬される存在だろ? 俺の場合、別に誰かに褒めてほしかったわけじゃないんだ。まー、なんとなく子供っぽい理由なんだが、ヒーローみたいに強くなりたかった。……守りたいものを守れる人間になりたかった」
はにかみながら隊長が本音を語る。
「ただ守りたいって願っても、守れるだけの強さ、力がないと……なにもできない。気持ちだけじゃ駄目なんだよ。無力は……たぶん小さな罪だ」
「罪……悪いことって感じるんですか?」
「俺の勝手な理屈だよ。……弱い人は必ずいる。ただそれを守ろうとするやつだっている。どうせなら、俺は守る側の人間になりたかった。だから強さを求めた」
「その答えが、軍隊に入ることだったんですね?」
小首をかしげるコユキ隊長。
「選択肢のひとつだった。でも本当の答えではないような気がするよ。正直、分からん。……サヤはどうして入隊したんだ? ホームの中で守られるだけの生活も選べただろ? 戦場が危険なことは誰だって知ってる」
「それは……」
理由なんて、きっとこんなものだ。
「隊長と一緒です。……誰かを守りたいから、この道を選びました」
「そっか……。案外、単純なことかもしれないな。俺たちが戦う理由なんて」
どこか憂いを含んだ瞳。
ずっと、つないだままだった指先を強くからめる。
「……大丈夫ですよ」
彼の肩に頬を寄せて。
「少なくとも……私にとって隊長は……」
――最高のヒーローです。




