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第4章『コクト・パイロット・サヤ視点』-2

「ごめんなさい。洗って返しますね」

「ああ、普通はそういう流れになるよな。今、そのまま返そうとしたろう?」

「ありゃ、バレました?」

 私が制服のポケットにハンカチを入れようとすると、コユキ隊長がなにかをつぶやきはじめた。

「ドジっ子……洗濯……失敗。ハンカチ爆発!」

 改めてこちらに手を差し出した。

「やっぱり俺が洗う」

「どういう発想ですか今の! ハンカチくらい私が洗いますよ! ちゃんとアイロンかけてシワひとつ残しませんからっ」

「……いや、俺が洗う。サヤは致命的に不器ぶきようだからなー」

 彼がハンカチのはしつかむ。とっさに私もギュッと握る。洗濯もできない女と思われたくないし……渡すもんかっ。

「サヤ、ここはおとなしくハンカチをばなすべきだと意見してみるぞ、俺は」

「いーえ、私だって女の子ですから。確かにちょっと不器用ですけど、ハンカチくらい洗えます。隊長こそ諦めて離すべきだと進言しんげんします」

 ハンカチをはさんで左右から指先で引っ張り合う。強く引くと簡単にやぶれてしまうので意外に力の加減が難しい。

「サヤは絶対このハンカチを洗い損ねてしまうと、俺は推測すいそくする」

「そんなことないですうー、ちゃんと愛情を込めて綺麗きれいにできますもーん」

「いや、無理だな」

「でーきーまーすうううっ」

 そこに足音が近づく。

 ピタっと私たちのそばで停止。

「なにしてるの、アンタたち」

 みじかめのあざやかな赤い髪を揺らす小柄こがらな女性が、しんしゃを見る目つきでいてきた。

 とっさに隊長が声をあげる。

「カノコ! ちょうどいい所にきた! キミもサヤを説得してくれっ」

「説得されるのは隊長のほうです! だってこのハンカチには私の鼻水がたっぷりと染み込んでいるんですよ! それを欲しがるなんて、おかしーですよ!」

「鼻水を欲しがるわけないだろうがっ」

 その単語にカノコが嫌そうに顔をしかめる。そしてハッキリと一歩いっぽ、引いた。

「別に……人の趣味をとやかく言うつもりはないけど。……まさかコユキが鼻水コレクターだったなんて」

「違う! だんじて違う!」

「サヤ、相手は選んだほうがいいわよ。なんたって鼻水オトコよ。うっかりビヨーンって糸とか引いちゃうわよ」

「引くか、そんなモン!」

「それじゃ、アタシは何も見なかったことにしてあげるから」

 プイっと顔を背け、カノコがコツコツとくつを鳴らして去っていく。背を向けたまま、最後に一言ひとこと

「アタシのは……あげないからね」

「いらんっ、そんなモン! そもそも誤解ごかいだ、待てカノコー!」

 見事に鼻水コレクターの称号を手に入れたコユキ隊長は、がっくりとうなだれ、ハンカチを手放した。カノコの小さな背中が通路のかどに消える。

 よしっハンカチ、ゲット!

「……ちゃんと洗って返せよ」

「ハイッ! 約束します!」

 彼の態度とは裏腹うらはらに、私は満面の笑みでハンカチをにぎった。うわ、ちょっと出た。

「ん、……そろそろか」

 不意に、意外と早く立ち直った隊長が時間を確認して言った。

「サヤ、カゼひくといけないから、ちゃんと着替えておけよ。あと、それと……」

 珍しく少し口ごもり、視線を高い天井に揺らして。

「このあと、時間あるか」

「いっ、……また訓練ですか」

 思わず顔をしかめる。

「ハズレ。ちょうど良い時間なんだ、見せたいものがある」

 つまりこれは、その……デートのおさそいですかっ?

「行きます! すぐに準備しますねっ」


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