第1章『コクト・パイロット・サヤ視点』-1
十一月一日。
「うひゃあっ」
私の頭上を物騒な弾丸が突き抜けていった。思わず目を閉じて首をすくめる。
それでも死と隣り合わせの戦場でのんびりとはしていられない。遮蔽物のない草原では尚更だ。慣れない手つきで二本の操作レバーと、足下にあるふたつのフットペダルをモタモタと動かし、なんとか反撃に転じようと試みる。
雪がちらほらと舞う戦場。
先輩たちの人型兵器は、華麗な操作でことごとくブリーズの攻撃をかわし、次々と銃弾を敵機に撃ち込む。みずからの手足のように自在に機体が踊る姿は素直に美しいと思えた。
<うらあッ、新人! なにボーッとしてやがる! 的になりてーのかァ!>
「ひいっ」
迫力の罵声にこっちの声が裏返る。
狭い操縦席の中は完全な孤独。そこへ花が咲くみたいに、突然テレビ画面のモニターがポンッと浮かびあがった。同時に白髪の男性がアップで叫んでくる。
「ご、ごめんなさいいいっ!」
反射的に、その映像に謝る。すると画面はシュポンッとすぐに消えた。戦場ということを忘れ「ホッ」と息が洩れる。
この映像モニターは<タンポポ>と呼ばれるリアルタイムの通信装置である。仲間との連絡はすべてこのタンポポで行われる。
<サヤ、機体は動くか?>
再びタンポポが出現し、別の声が呼びかけてきた。この部隊の隊長コユキさんだ。
隊長といってもまだ十八歳。その若さで部隊の統率を任されているスゴイ人だ。コユキというカワイイ名前なのだが、実は男性である。触り心地の良さそうな蒼く透き通ったさらさらヘアーが特徴だ。きっと平和な世の中だったらファッションモデルとか似合っていたかも。
「うーんと……」
いつまでも彼に見とれているわけにもいかず、慌てて私はウィッシュの機体データを確認した。個人によって若干だがウィッシュの性能には違いがあり、私は『コクト』という黒いボディの機体に乗っている。
「……えっと、はいっ! 被弾率ゼロ、奇跡的に無事です!」
コユキ隊長がひとつ頷く。
<無理して前に出るな。俺とトウケンで前線を攪乱する。サヤは援護にまわれ>
「了解ですっ」
ちなみにトウケンってのが、さっき私を怒鳴りつけた白髪の人だ。確か隊長と同い年のはずなんだけど、モサモサの髪はすっかり色素が抜け落ちてしまい一見しただけでは年齢が分からない。目つきが鋭く、喋り方もちょっと怖くて私は苦手だ。
<散りなさい>
不意に響く落ち着いた女性のつぶやき。ほとんど時差もなく一発の弾丸が戦場を貫いた。後方から放たれた狙撃手の精密射撃。その一撃が私のすぐ近くにいたブリーズの頭部を吹き飛ばした。大きくのけぞった敵機はバランスを崩しながら、それでも前進をやめない。
ここで暢気に見ているほどこっちだって素人じゃない。
きちんと訓練を受けてきた成果を発揮するんだっ。こーゆー時は焦らずに、まず銃を構えて照準を合わせて……。
そこでタンポポが反応する。あの女性スナイパー、先輩のカノコだ。
<滅びなさい>
狙撃による連続射撃。
私がもたついているあいだに『ライフル・アラレ三式』から放たれた二射目、三射目の弾丸は、目前まで接近していた敵機のボディを粉砕した。飛び散る破片と爆発音にビックリして再び首をすくめてしまう。
<さすが狙撃屋だな。カノコに間違って撃たれるんじゃねーぞ、新人!>
「ひどいですー、私はそこまで鈍くありませんよっ」
トウケンのタンポポに文句を言っていると、さらにタンポポが咲いた。
<その狙撃屋って名称は納得できないわね。差別用語みたいで不愉快だわ。スナイパーと呼びなさい>
ふたつのモニターが私の顔を挟んで右と左で言い合いをはじめてしまった。
「あのあの、えっと……」
ど、どうしよお……。
<ストップ。そこまでだトウケン、カノコ。戦闘中ってことを忘れるなよ。くだらん討論は終わってからにしてくれ>
みっつ目のタンポポ。コユキ隊長が二人をなだめる。
<しゃーねえな、隊長の命令だ。残りのブリーズを先に片付けるかァ>
<そうね。うっかりアタシに撃たれないよう祈りながら戦いなさい。スナイパーにも誤射はあるのよ>
<おいおい、身内から背中を狙われる覚えはねえぞ>
<どうかしらね>
三人のタンポポが同時に消えた。
――コユキ隊長。トウケン。カノコ。そして新人の私、サヤ。この四人のメンバーが部隊ナンバー『ダブルオー』のチームだ。現在、戦場では他にオーファイブとオーナインという部隊が一緒に戦っている。
その時、消えたばかりのタンポポが再び出現した。コユキ隊長だ。
<サヤ、七式の残弾は?>
「あと二十二発、まだ行けます!」
<よし、相手は動き回っていても的はでかい。落ち着いて狙え>
「了解でえっす!」
コユキ隊長のタンポポに笑顔満開で答える。
隊長が言っていた七式というのはウィッシュが標準装備している連射タイプの武器で、正しくは『マシンガン・ツナミ七式』……だったかな? とにかく、威力よりも連射性能で牽制に使用する武器である。