第3章『ケンパク・パイロット・トウケン視点』-1
十一月四日。
味気ない横長のデスクに頬杖をついて、部屋の正面にある大型スクリーンを眺める。
そこにはオレたちダブルオーの機体データが表示され、まるで教師のようにコユキが教壇に立ち、手元のコンソールを操作して四機のウィッシュをそれぞれのポジションに配置していった。
不意に、その手が止まる。
バタバタと近づく足音に、隣に座っていたカノコがため息まじりでドアを見つめた。
「すみませーん! お待たせしましたーっ」
会議室のドアをブチやぶりそうな勢いで転がり込んできた期待の新人は、髪の毛をひと房だけピョコンと立たせ、寝癖を揺らして長く息を吐いた。
「おう新人、ずいぶんと時間ギリギリの到着だな。こってりメイクに手間暇かけすぎたんじゃねえかァ?」
予定していたミーティング開始時間の直前、滑り込みセーフってところか。
「残念ですけど、私スッピンです」
ムスっとした表情でこちらを睨む。
「つまらないケンカなら余所でやってくれ。ミーティングはじめるぞ」
「コユキ、ちょっと待って」
狙撃屋の一言にコユキが意外そうな顔をした。席を立ったカノコは不機嫌オーラをばら撒いてサヤに近づく。お、新人に説教か?
「あのお……なにか?」
「動かないで」
「はひっ」
言われるまま棒立ちの新人。カノコが手を伸ばしてサヤの制服のボタンをパチンパチンと外しはじめた。
「わっ、ちょ、困りますうーっ」
胸元を隠そうとするサヤの腕を邪魔そうに払いのけ、狙撃屋がつぶやく。
「制服のボタン、かけ間違えてるわよ。一段ずれてる。しかも全部」
「え? あ、ホントだー」
「部屋を出る前に確認しなさい。だらしないわね」
「遅刻すると思って急いでいたら……つい」
「しっかりなさい、もう……手間のかかる子ね」
きれいにボタンをかけ直してもらい、照れ笑いを浮かべるサヤが席につき、隣にカノコが座った。
ようやくメンバーが揃ったところで、正面スクリーンを示しコユキが説明を開始する。
「まずウィッシュのシミュレーター訓練で確認できたことだが、戦闘時のサヤのポジションを……」
カクンと、なにかが斜めに揺れた。見れば新人が寝癖をふらつかせ、座ってわずか数秒で目が半開きの居眠りモードに移行していた。しかもヨダレ付き。
こいつにとってコユキの声は子守歌に聞こえるらしい。
「ふぁがっ」
「……サヤ。開始一分で居眠りはどうかと思うが」
ハッとして顔を上げる。
「ね、寝てまふぇん! うわ、ヨダレがこんなに」
「緊張感なさすぎだな……」
呆れ顔のコユキに必死で弁解するヨダレ女。狙撃屋もフォローするのを諦めたのか、無言で眉間にシワを寄せていた。
「あのあの、こーゆー授業みたいなの苦手なんです! 訓練学校にいた頃も、ほとんど授業は聞いてなくて」
「よく筆記試験に合格できたな……」
「それがどーゆーわけか、選択肢を選ぶ問題だけは正解率が抜群に高いんですよお。卒業試験も実技はギリギリだったんですけど、筆記は意外と余裕あったし……」
「自慢にならねえぞ、それ」
否定できないことが悔しいのか、新人が下唇をわずかに噛んでうつむいた。
「仕方ない、できるだけ簡単に説明しよう」
コユキが改めてスクリーンを指さした。
――その時。
ベース全体にけたたましい警報が鳴り響いた。
<……ブリーズが発生しました。至急、戦闘準備を開始して下さい。……繰り返します、ブリーズが発生……>
リピートするベース内のアナウンスを聞きながら、コユキが司令部に通信をつないだ。
「出現ポイントはどのブロックだ?」
司令部にいるオペレーターのタンポポが出現。映像には緊迫した女性の表情が映っていた。
<ブロックではありません。ホーム内部です>
「内部……って、オイ! 民間人の居住スペースに出たのかよッ!」
「そんなあ! だってホームに風は侵入しないはずじゃ……」
サヤの声にオペレーターが答えた。
<前回の戦闘でホームの一部に流れ弾が命中した模様です。そこから『そよ風』が侵入。ブリーズが発生したとの情報がありました。現在、修理チームが現場に向かっています>
「民間人の避難はどうなっている?」
冷静なコユキの質問。オペレーターにも焦りの色はない。
<現在、地下シェルターに移動中。早急にブリーズの殲滅を>
「了解した」
<なおフィールドが居住区のため、一切の射撃武器の使用を禁止します>
「言われるまでもない」
通信を解除。もはやミーティングどころではない。コユキが迷わず会議室のスクリーンをオフにした。
「聞いての通りだ。ただちに出撃する」
同時にダブルオーのメンバーが頷いた。
――そういえば射撃禁止って、狙撃屋はどうするんだ……?




