第2章『ベース整備兵・マリナ視点』-3
サヤの射撃が下手なのは訓練学校でしっかり見てきた。好きな人と一緒にいられる反面、彼に迷惑をかける事実が憂鬱なのだろう。
普通なら落ち込んだ友人を励ますところだが、この子には現実を知ってもらう必要がある。ここはあえて、もっとテンション落としてやるか。
「ハンガー行くわよ」
「ふえ? どしたの、急に」
「あんたの機体を見に行くの」
「私の『コクト』? まだ整備とか残ってるの?」
「見れば分かるわよ。いいから来なさい」
食堂を名残惜しそうに振り返りつつ、サヤが不満顔であたしの後をついてきた。とりあえず作戦成功。
「あー。そーいえばさあ」
ハンガーに続く廊下を歩きながらサヤがつぶやく。
「あの『式』ってどんな意味だっけ?」
途端、思わず足を止めて目を見開く。
こっちのビックリを理解していないアホづらで、サヤは不思議そうに首をかしげた。
「それって武器の『一式』とか『二式』のことよね?」
「うん、それそれ。昨日コユキ隊長がなんか一式がどーのこーの言ってたんだけど、よく分かんないからテキトーに会話、流しちゃったんだけど……」
「その辺のことは授業で習ってるはずなんだけどさ……」
「うー、まったく覚えてないなあ」
こいつの脳ミソはどこまでダメ細胞に侵食されてるんだ……?
「ダメ軍人でごめんねー」
「ダメすぎだ!」
サヤの柔らかいホッペをプニプニつつきまくる。
「マリナ痛い! 本気で痛い!」
やりすぎはかわいそうなのでプニプニ中止。ほどよく遊んだあとで、呆れ顔にため息ひとつこぼして解説を開始する。
「すべての兵器は最初に造られた試作品をプロトタイプとして『ゼロ式』と命名されるの。そこから改良を重ねて一式、二式としだいにバージョンアップされ性能は向上。だからサヤがムダ弾を撃ちまくってたツナミ七式はかなり高性能なのよ」
「ほほおー」
「はじめて聞いた……みたいなリアクションねえ?」
大きくうなずく。自慢げに腕まで組んでいる。なんか偉そうだな。
「授業でやったっけ、そんな話?」
こいつの黒髪、いっぺん紫色に変色させてやろうか……。
などという野望に気づくはずもなく「もー、いいわ」と、あたしはそれ以上の説明を諦めた。
やっぱサヤには勝てないわ……。
そのまま二人で肩を並べてハンガーに到着。
「こっちの列にダブルオーの機体が……」
部隊ごとに整列しているウィッシュ。そのボディ・カラーもさまざまだ。
コユキ隊長の青き『セイバーン』。
トウケンの白き『ケンパク』。
カノコの赤き『クレナイ』。
そしてサヤの黒き『コクト』。
「うわー、『コクト』の装甲きれいに直ってるねー」
「あったり前でしょ。サヤと違ってあたしは優秀な整備兵だからね」
「うっ、もしかして私をヘコませるために連れてきたの?」
「今ごろ気づいたか」
「……ひどいよう。友達が落ち込んでる時は励ましてよー」
「やなこった。それより見なさい。あんたと一緒に最前線で戦っていた青と白を」
視線が『セイバーン』と『ケンパク』へと動き、最後にこちらを向く。
「両方とも装甲とか修理したんでしょ? こんなにピカピカだし」
「たわけ。どっちもパーツ交換なんてしてないわよ。あたしがやったのはきちんと反応するかどうかの動作確認。あまりに整備のやりがいが無いから磨いたのはオマケ」
分かっていないようなので答えを与える。
「この二機はね、あの銃撃戦の中で無傷だったのよ。想像できる? 敵も味方も、とんでもないスピードで戦闘してるのに、あの二人はすべての弾道を見切っているの。つまり回避率は百パーセント」
「ひゃー」
「唯一、『ケンパク』をかすめたのがスナイパーの一発だけ。でもあの程度の傷、ダメージのうちに入らないわ」
「あ、カノコが撃ったヤツだ!」
「そゆこと。銃弾はどうあがいても直線にしか飛ばない。それなのにあの人は、味方に被害を出す事なく、戦場で動き回るブリーズを仕留めている。敵の次の行動を予測して、場合によってはたった一発の弾丸で装甲のもっとも薄いポイントを貫いて撃破。しかも遥か後方からね」
さすがに愕然とした表情で三機のウィッシュを見上げるサヤ。
「間違いなくあの三人は、ベースのどの部隊の兵士よりも優秀……というよりバケモノね。あの能力はケタ違いだわ」
「そんなに……凄い人たちなんだ……」
「んで、あんたの機体はこっち」
まだ感動している様子のサヤの耳をつまんで横を向かせる。
「修理というより外装まるごと交換したわよ。で、アレが取り外した『コクト』の残骸」
黒い装甲は無残にも穴だらけ。普通だったら中のパイロットは死んでるレベルの被害状況だ。
「ど、どーやって私、生き残ったんだろ……」
それはあたしが訊きたいわ……。




