③
宜しくお願いします。
講義の終わった教室は、どこか解放感が漂う。友達同士雑談に励んだり、次の講義のため足早に教室を出ていったり。90分間閉じ込められていた空気に流れができる。
大地は二年生で、必須科目と資格に必要な科目、興味を惹かれてとった科目などがひしめき合い、空きコマの方がまだ少ない。今も次の講義が控えているが、幸い次行く教室は近いので、ギリギリまで友人とここに居座るようだ。
克也はプロジェクターとパソコンの電源を落とし、黙々と片付けを進める。ちらり、ちらりと大地の方を伺いながら。
鼻の敏感な克也は、人の集まる場所が苦手だ。多種多様な匂いが混ざるから。一時間も居れば鼻は鈍り、よくわからなくなるのだけれど。小さい頃は気持ち悪くて堪らなかったが、今はもう慣れた。
四年生になった克也は、とらねばならない単位がほぼ揃い、時間に余裕がある。資格や、院試に向けての勉強は山盛りだが。そんな中で渥美教授の手伝いは、大地のいる講義だけ狙ってやっている。
すんすん・・・
克也はさりげなく鼻を啜る。渥美教授の講義は人気があるから、教室はいつも満杯だ。だから、鼻もヤられる。それが、早朝の森林のような爽やかさが鼻を抜けると、鈍っていた嗅覚が復活した。
なんという癒しの力・・・!
大地の匂いを少しでも取り入れれば、鼻は不調から快調へ転じるのだ。
はあっ、毎日でも嗅ぎたい・・・!
大地を大学で見つけてから一年経ち、行き着くところが「友達」から「変態」にかわりつつあることに克也は気付いているのかいないのか。
至福の顔で、克也が教室の忘れ物をチェックしていると、女の子達に囲まれて談笑していた大地が、いつの間にか隣に来ていた。女の子達も他の学生も、もう居ない。移動したようだ。
「女遊びはほどほどにね」
大地を見ないまま言う。克也は次々と机の置き忘れを覗いて確かめていく。
「君はしょっちゅう飲み会をしていて、女の子を必ずお持ち帰りするって噂になってるよ。相手はいつも違う。しかも女の子は皆、何があったか思い出せない、とか。怖いねえ」
噂は噂だ。克也は『何があったか』を知っている。たまたま見掛けたから。何故大地が本当のことを言わないのか不思議でしょうがない。自分だったら、女達の妄言だ!家に送っただけだ!と相手を糾弾するだろう。でも、克也が目撃したのは一人だけ。他の女も嘘を付いているとは言い切れない。
噂は白か黒か。
克也は俺だったら・・・とかぶつぶつ言ってるがそもそも克也は女の子達に囲まれない。彼は好みが匂いだから。
「・・・紹介しましょうか? 女」
つい、大地の顔を振り仰ぎ見た。机に腰を寄りかからせ、飄々とした顔と、いつもの匂い。
「俺は、君ほどじゃないけど不自由してないし、一途だ!」
叫んだあと、「可愛い彼女?」と、ニヤっと笑った大地にまたもやからかわれたのだと判った。
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カーテンを締め切った、薄暗い部屋。
小さな呼吸音と、金属の擦れる音。
そこには、鎖で首を繋がれた女がいた。身体中細かな傷だらけでへたり込んでいる。
「・・・自由になりたいか」
静かに問いかける声。
ーーーー沈黙。
弱々しく首を横にふる女。
静寂。
一時間毎に完結まで予約投稿しています。6話完結です。