②
宜しくお願いします。
ほら、ほら、ほら、だせ、
あまいの。
「っ、ひ、ぃ・・・」
そう、
・・・あまい、うまい。
それでいい、そのまま・・・
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「あれ? 大地君?」
大学の最寄り駅からいくつか目の駅。少し歩くと商店街がある。克也はそこで、大地を見掛けた。彼は八百屋の店主と親しげに話をしている。
横顔も整ってるなぁ・・・。
克也が彼の目鼻のパーツを、建築物の梁を見るような感覚でしみじみ眺めていると、ガン見で近付きすぎたせいか、ふいに周囲を見渡した彼と目があった。大地は軽く目を見開いてから眉間にシワを寄せている。
「ストーカーかよ」
大地の呟きを拾ってしまった。
「違うから! 製図に使う道具の買い出しだから!」
大学近くにも店はあるが、ここの店にしか置いていない物があるのだ。用途が同じ道具でも、使いやすさが段違いだから。大地はそれを聞いて「あぁ、」と軽く頷く。店が判ったようだ。
「大地君は?」
克也は、会話を繋げるだけの軽い気持ちで聞いたのだが、それはダメな質問だったらしい。大地は目付きをちょっと鋭くさせて、ふん?と笑っている。ぶわ、と濃密な匂いが大地から吹き出して、顔面にそれを受けた克也は無意識に後ずさる。
凄い、こんな力強い匂い、今まで周りに居なかった。彼は間違いなく特別だ。これはどうしてもお近づきになりたい、と克也が考えるまでの一連の動きを、じっと大地に見られていたことに彼は気付いていなかった。
ここで会えたのもいい機会だと、克也は大地をお茶に誘った。アンタ、やっぱり男好き?と大地に言われ、反射でつい、「女好き!可愛い彼女いるから!!」と往来で叫んでしまい、克也は顔を両手で覆ってしゃがみこんでしまった。
羞恥から立ち直り、チェーン店のコーヒーショップに大地を何とか連れ込んで、克也は逃げられる前にとさっそく本題に入る。
「それで、この前の話は・・・」
「何で俺?」
克也の声に被せてきた大地の最もな疑問に、ポロリと言葉が出た。
「いい匂いがしたから」
ガガッ、
大地が真顔で椅子を引いたのを見て、慌てて建前を広げる。
「あ、違う違う! 君の、レポートのっ」
渥美教授の手伝いをしている克也は、希望すれば教授に提出された学生達のレポートを読むことができる。
そして大地の「建築の設計において芸術的造形のもたらす耐久性の差異」というレポートを読んで興味を持った。日本の伝統的な木造工法に加えて、民家の木造軸組工法には特定のシンボルを設計に付加して耐久性を増しているものがある、という説が面白かった。
見た目良しで人当たりも良い大地は、いつも人に囲まれている割に、どこか冷めているところがある。その大地が「シンボル」とか。なんだかロマンチックなことを考えてるんだな、と克也は思ったものだ。そして尚更親しくなりたくなったのだ。
「知り合いが、俺が建築勉強してるんなら裏ドリの中みていいよ、ってさ。あそこ、設計は大御所だろ。まさに芸術的でかつ機能的。それで、大地君のレポート思い出して、君も好きかなあ、と」
それで誘ったと、克也は大地に言う。
だが実際は、大地が興味を持つ建築家だと知っていた。彼と仲良くなりたいから、警備の知り合いに頼み込んだ。
「ふーん・・・」
頬杖をついて何かを考えているような様子で、大地はおざなりな相づちをうつ。
「まぁ、付き合いますよ、裏ドリ」
明日も夏日です、みたいな当たり前のことを話すように告げて、大地は飲み終わったアイスコーヒーのカップを片手に立ち上がり、先出ます、と克也のわきを過ぎる。
その時、すいっと克也の耳元に口を寄せて、
「先輩はうまそうな匂いがします」
気をつけて、と低く呟いた。突然のことに、背筋がぞくっとする克也。よくわからないまま粟立った腕をする。
振り返れば、離れたところで、子憎たらしい顔で笑い手を振る大地が見えた。彼にからかわれたのだと判り、また克也は机に突っ伏した。
一時間毎に完結まで予約投稿しています。6話完結です。