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 6話完結です。夏のホラー2017参加作品です。2時から一時間毎に完結まで予約投稿します。


 宜しくお願いします。

なあ、もっと。 もっとだよ。


「ゆ、ゆるして・・・」


足りない。


足りない。



 ガリッ



「ぎゃっ・・、うっ、ひいっ・・」


うまい。




あまい、うまい、あまい、うまい、あまい、うまい、・・・




お前、うまいなあ、


「ゆるして、痛い。お願い・・」




お前は、うまくていい子だ・・・。




「ああ、・・・」





**********************





「あの、佐藤君! 俺と遊園地行かないっ?!」


 大学の敷地内にある学生食堂で声を張ったら、賑やかなその場の「佐藤」が幾人も振り返り、声の主である男を見た。もちろん「佐藤」ではない大多数も男に好奇の目を向けた。


 細身の茶髪で、シャツにチノパン姿のありふれた学生の一人である男は、慌てて声を落として言い直す。


「さ、佐藤大地(さとうだいち)君?」


 目の前でうどんを(すす)る、後輩の佐藤大地に。

 大地は気だるげな動作で視線を男に返す。眉間にシワを寄せて。それにより、少なくないその他大勢の興味は失せたようだ。また学食に喧騒が戻ってくる。


「・・・なんですか、・・・・・・えーと、先輩?」


 男の名前が思い出せなかったらしい。


馬場(ばば)克也(かつや)! 四年で、君と同じ建築工学科。渥美教授の授業でしょっちゅう会ってるんだけどね?」


 話しながら克也は大地の対面にある椅子に腰をおろす。いやにニコニコしている克也を眺めて、渥美教授の授業にいつも出没する助手のような人がいたな、と大地は思う。頭がぼんやりしているのか、詳しく思い出せない。


「でね、俺と、遊園地行かない?」


「嫌です。俺男に興味ないんで」


 明らかに大地は引いていた。笑顔だったけど。克也の心の景色では大地がギュンギュンと後退していた。


「違うっ! 俺だって女好きだ!!」


 ガタン、ガコン、と克也の周囲の女の子達が立ち上がったり、椅子を離したりして、克也と物理的に距離を置く。


「ち、違うよ?! いや、好きなのは間違いなくて・・・あ、女の子の方ね? ・・・あの、大地君、その他人のフリやめてくれる?」


 やや怯んだものの、ようやく手にしたチャンスを克也は逃したくなかった。克也は大地のことが気になっていた。彼が一年生の時から。



 克也は生まれつき鼻が良い。それは、人柄みたいなものまで匂いで分かるほどだと、年が十になる前に気が付いた。


 不思議だと思うけれど、それで何度となく難事を乗り越えることができたものだから気にしていない、むしろこの鼻を持って生まれて得をしていると思っている。



 それで話を戻すと、大地はいい匂いがするのだ。


 キツい匂いじゃないのに、すぐ分かる。嗅ぐと染みるように全身に清涼感が巡る。自分がキレイになったような、新しく塗り替えられるような感覚。


 そして匂いだけでなく、雰囲気というか、大地の周りの空気が、他と何か違う。それが気になって、ついつい彼を目で追ってしまう。男が好きな訳ではない。断じて違う、と克也は自分に言い聞かせる。克也には可愛い彼女がいるのだ。


 佐藤大地と、友達になりたい。

 気さくに話して、遊んで・・・なんだか特別な彼の近くにいられたら。


 その為の切り札を克也は手にした。たまたま知り合いになったヤツから。


「遊園地って、裏野ドリームランドなんだっ」


 いつの間にかうどんを完食して腰を上げかけている大地が目に入り、早口で札を晒す。


「・・へぇ」


 目を見開いた大地は、椅子に座り直した。切り札は効果があったらしい。心の中でヨッシャ!と拳を握った克也は、顔がニヤけないように気を付ける。


「あこ、閉まってますよね?」


 そう、裏野ドリームランドは、開園して一年経たずに閉園した。大変人気のある遊園地だったが、短期間のうちに問題が起き過ぎた為らしい。子どもが行方不明になったとか、ジェットコースターで事故が起きたとか。他にもミラーハウスに入ると人格が変わるとか嘘みたいな話まである。閉園して一年経つ今でも、数々の噂が耳に入ってくる。


「うん。あそこの警備員に知り合いがいて、短時間なら入ってもいいって」


 ニヤニヤにならないように表情筋を叱咤しながら、克也は真面目を装って手札を明かしていく。


「不法侵入じゃないっすか・・・」


 呆れたような大地の視線に、克也はおたおたしながら、


「夏の思い出にっ、ほら、・・・女の子にも自慢できるよ? まだまだ話題のスポットだから!」


と、苦し紛れに言い募る。


「・・・女には困ってないんですよ」


 口の端だけ上げた大地の、色気漂う視線と鼻をくすぐる匂いに、克也は机に突っ伏してしまう。なんだか男として負けたような気持ちになった。

 





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