黒いノート
彼女の由紀子に僕は言いたかったことがあった。それが何なのか今では見当もつかない。奇妙な運命のめぐりあわせで出会った黒いノート。彼女との思い出なんかをここに書き記した。僕は黒いノートに別れた彼女への思いと気が狂う過程を描いた。
闇の黒いノート。取りつかれたものは精神に異常をきたす。どうして僕がこのノートに取りつかれてしまったのか。ただそれだけは今でもわからない。
黒いノートは皮の表紙で覆われている。見るからに不気味なノートだ。そしてそのノートには何かしらの人を引き付ける力のようなものが存在している。
僕が書き綴ったのは黒いノートだ。半ば小説のようで半ば自伝的なものだった。中身は到底恥ずかしくて人に見せれたものじゃないのだけれど、僕はこうしていられることだけになんともいえない感情を抱いた。
小さな料理店とそしてかけがえのない人たちだけが残った。ノートにボールペンで数多くの言葉を書いた。いったいなんの役に立つのか自分でもわからない。いったいこんなものにどんな価値が存在しているのか見当もつかない。
数多くのものと引き換えに僕が手に入れたのはたくさんの人間関係だ。あの頃は特に若者にありがちな慢心した考えだったり、人の中に入れないような思いだったり、自意識過剰な思いを抱えていたのだった。
僕は割とありふれた世界の中にぽつんと存在していた。ノートに書き綴った思いは今でも途絶えることはない。
僕は一度そのノートを父親に見せたことがある。僕はずいぶんと正気に戻っていた。
「これはお前が書いたのか? まるで作家みたいだな」父親はそう言った。
「本当に? そのノートは僕が全部書いたんです」
「これでいったいどうするんだ? まさか本当に作家にでもなるのか?」
「いや、僕にはそのつもりはまったくないんです。そのノートは誰にも見せずにあとはとっておこうと思っていました」
「まさか三十にもなってこんなことをしているとは」父親はそう言って笑った。
そんな感じで僕はそのノートを一度父親に見せたっきり机の中にしまっている。いやな思い出も何もかもは伏せてしまった。
僕は時折ノートを取り出してはその質感なんかを確かめたりするのだ。
二十台最後の年から三十歳を迎えるまでの僕をそこに書き綴った。
それはつまりノートとの偶然と必然の物語だった。
あの頃僕は二十九歳で何もかもが順調に行きそうとは思えなかったがなんとか生きていた。
そして僕はあの日から気がおかしくなり始めて、誰にもそれを言えずに過ごしてきたのだ。
黒いノートをどこで拾ったかというと僕が当時働いていた料理屋と家の間の小さな公園のベンチだった。
誰かが忘れていったんだろうと僕は思っていたが、不思議な魔力のようなものに引き寄せられ僕はそのノートに異常に強い興味を持った。
そしておそるおそる黒の上品な皮のノートを僕は懐にしまったのだ。
料理屋で働いていた時のストレスと日ごろの鬱屈がたまっていたのかもしれない。そして家に持ち帰ってから僕は精神が壊れていくのを感じた。
こんなセリフを照れくさくて吐けたものじゃないことは俺だってわかっています。別にこんなことをいうつもりはないんです。ただ本当にありがとうございます。感謝しています。
そんな言葉をまず僕はノートに書き綴った。
感謝の言葉とともにここに記したいことがある。
僕はノートをそれも一冊のノートを拾ったのだ。あて名はない。名前もない。そのノートは黒かった。
その黒いノートを今でも保存している。
そしてそのノートは馬鹿みたいに分厚くて、僕はなぜだか知らないがそこにたくさんの文字を書き連ね、若さと情熱をこめた。
僕はそう書き込んだ。春の風が吹いていて、僕は悲しさとともにノートに文字を書き連ねた。
癇癪持ちで別に誰かを怒らせるつもりなんかないのに時折怒られたり怒ってしまう。
その日あった不都合な理由を僕はいろいろと書いた。
特に理由なんかはなかったが、明らかに僕の精神が動揺しているのは確かだった。
春の風が過ぎ去り季節が梅雨を迎えたとき、僕は尚もノートに取りつかれていた。黒いノートにどうしてそんなに執着しているのか僕にはわからない。ただ申し訳なさ。それは自分がこの世に生まれてきてしまったということだった。
そして多大な人のお手数の上に僕という存在が成り立っているということを僕自身は認識している。まぁもともと僕は受精卵だったわけだ。
長い行間を読みながら僕は必至になってノートに文字を書き連ねていた。僕にとっては料理だったりノートなんかに何か夢中になれるものをただ探していた。
まるで地獄みたいな人生だったのだ。その中で何か執着できるものを探しては、様々なものを見つけていたのだった。
季節は梅雨を通り過ぎて初夏を迎えた。僕はみかんを食べながら遠くの空を眺めていた。もしノートが見つかれば大変なことになるだろう。
ゆらゆらと街灯の明かりが消えていくのを見た。さみしさでまたつぶれそうになった。そして季節はぐるりと過ぎ去って夏がやってきた。
ノートに僕は思いを書き綴った。いっぱい書いた。嫌になった。怖くなった。死にたくなった。嘘と本当を使い分けることができなくて僕は復讐を胸の中で誓ったりした。
馬鹿みたいに蒸し暑い日だった。完全に夏だ。それも八月の真夏日だった。気温は三十度を優に回っていた。太陽が遠くの方で輝いていた。気温と気候と世界の色が同じだった。
誰か自分のことを見てくれているといいのになと思うくらい自分の自信はなくなっていた。思い浮かぶのはただ出会った人たちの顔だった。
僕自身の世界を形成している輪郭というものについて僕は長く風呂の中やベランダなんかで考えたりしていた。
いろんなことを考えては、頭の中でどれほど考えてもとめどない悩みばかりが浮かぶのだった。
そんなときふとノートに向かって文字を書きなぐった。気が済むまで書き込んでは休んで、時折今まですれ違った誰かに例えば彼女に思いを馳せたのだ。
僕はこのころから明らかに精神を病んでいた。
二度とあの時出会った彼女に会えないなんて当たり前だったのだけれど。
ノートに書き綴り、書きなぐり、ベッドの中で不安の中に眠った。
ラジオを聴きながら眠ることだってあった。そうしないと眠れないのだった。僕は地球が自転している不思議について考えて眠りについた。朝目覚めて眠い目をこすりながら洗面台へいって顔を洗った。
インコが鳴く声がベランダからした。歯ブラシにレインボーの歯磨き粉をつけて歯を磨いた。
蒸し暑い部屋の中に窓を開けて風を通した。風は一気に部屋の中を通って涼しげなリビングを演出した。
テーブルについて作ったベーコンエッグとトーストとサラダとコーヒーを並べて、順番にゆっくりと食べた。
馬鹿みたいに部屋が暑い。それで僕はたまらずに部屋の中にクーラーを入れてトーストを片手に朝食をとった。
朝日がぐるりと日差しを変えて夏の朝の道路に照り付けた。ベランダから見る景色がやけに懐かしかった。
やはり病気のせいなのか、僕は気が付かなかったが明らかにおかしな考えに取りつかれていた。
僕は簡単に朝食をテーブルで済ませた。マンションの中は二部屋あってシンクの中に皿を放りこんだ。
いってきますなんて言わずに僕は部屋の扉を閉めて鍵をかけた。あの頃は彼女に向かってなんども「行ってきます」って言葉をかけた。
僕はラフな格好で仕事場まで向かった。小さな料理店を経営していた。イタリアンの店で僕はいろいろなメニューを作っては客に出した。
だけど最近はすごく料理をシンプルにした。途端に経費は安くなって、客足は伸びた。パスタだとかピッツァだとかを簡単に作って手早く客に提供する。ケーキとコーヒーを最後に出すこともあった。
ポケットにはジョイスだとかプルーストのあの長編小説なんかをいれて暇があるときに読んでいた。
やっぱり彼らも精神を病んでいたのかやけに共感できたせいだった。
従業員たちはみんな僕よりわかくて、それで経営者で独身の僕に愛想を振りまいてくれていた。
「林さんはまだ独身なんですか?」なんて若い子が時折僕にいう。
「若いころに挫折したせいでね」
僕はそんなとき適当にはぐらかした。でもこうしてくれるのがうれしかったりする。
「ところで林さんは何歳なんですか?」別の新入りのバイトの子が僕に聞いた。
「二十九ですよ」
「へぇ~。てっきり三十台だと思ってました」そう言って彼は笑った。
そんな感じだった。仕込みをやって、昼に店を開けて夜まで続けて客に何枚ものピッツアとパスタを提供する。
悩みなんていくらでもあるけれども、僕は風向きを見つつぼんやりと厨房でせわしなく働いた。
頭の中にあるのは昔付き合っていた彼女のことだったり、将来の漠然とした不安だったりした。
別に出会いがないわけじゃなかった。会社で数年勤めた時の同期や高校の友達なんかがいた。今ではこの小さな料理店の箱の中で一人奮闘していた。
夕方僕は休憩しながら煙草を吸って目を閉じている。憂鬱の中に店の外では黒いカラスが飛び、虹色の空が遠くに輝いていた。
まるで太陽とその周りを回転する地球とのどうにもならない距離感みたいだ。遠くで泣いているのは小学生で男の子が泣いていた。
そんな光景を見るたびに僕は昔の自分を思い出して恥ずかしくなる。
生まれながらに悩みがあるのか、生まれてきた絶望か、それとも若さゆえか。お互い名前も知らないのに奇妙だった。
僕は相変わらず地球とその周りを回転する太陽の関係性について考えて未来を忘れようとしていた。
知らないことなんか何もないなんて子供の頃に思っていたのを思い出した。
僕は煙草を捨てて厨房に戻り、頭の中でプルーストの小説のワンシーンを思い浮かべながらさもそんな世界に僕がいるみたいに気前よく客にビールを提供していた。
夜の静けさと店内の明かり。常連客はバイトの子と時折気さくに話したりしていた。自由と平等なんて考えたってきりがないが、僕はまたどこかで読んだ本についてその意見について考えたりした。もちろん考えても意味がないことはわかっていた。
店じまいを行って家に帰るときにふと寂しさを感じたりした。夜に食べたマルゲリータ、あのトマトとバジルの味、そしてもう何度目かの味を思い浮かべた。
月が輝いていて、やけに落ち着いていた夜だ。二人で過ごした夜を思い浮かべた。あの頃の雰囲気はすぐになくなってしまった。
満月のように光り輝いていたのは僕の青春の一瞬だったのだろう。
あの頃に帰れたらいいなと僕は思った。憂鬱に沈んでいた時もある。所詮若いころの悩みでしかないなんて思った。
ゆらりと僕は空からUFOが現れないか期待していた。どこかこことは違うどこかへ僕を連れて行ってほしいなんて自分に嘘をついた。
宇宙船からUFOが現れた。現世の終わりみたいに僕を光り輝く城へと連れていってくれる。きらきらとまぶしい光の中へいざなわれる。
僕は庭から世界を眺めた。美しいオーロラと子供の頃に見た世界だ。あれは僕がまだ希望に満ちていた頃だった。
家に帰り僕はキッチンで野菜ジュースを作った。夜中だった。手慣れた手つきで一つのミックスジュースを作ったんだ。
僕は風呂に入りそして彼女のことを思い出した。さっきのジュースの味がまだ舌に残っていた。
長い風呂だ。僕は今日のバイトのやつのことを思い出した。動きが遅かったから叱ったら、彼が落ち込んでいるのを見てしまったので僕もショックだった。
もし自分の世界だけならもうすれ違うことしかできないだろ。僕らはいつも自分の世界に囚われているんだ。回転するロボットみたいにもうどこにもいくことはできない。
家族から電話が来ていた。長い着信音の後に電話がぷつりと切れた。僕は家族の着信をふらっと眺めた。かけなおそうか数分悩んでやめた。明日かければいいやと僕は思った。
テーブルに座った僕はウイスキーを飲んだ。ロックでグラスの中に注いだ。馬鹿みたいに気持ちがすっとした。
嫌なことは忘れてそして酒におぼれる。テレビのニュースは連日にぎわっていた。
僕は一度カリフォルニアに行ったことがあった。一人旅で道で会う人はどの人も優しかった。
海岸で僕はBBQの肉を食べた。度数の強い酒を浴びるように飲みそして太陽が沈んでいくのを眺めた。
海はまるで日本とは比べ物にならないスケールで、それは僕の中にやまほどある夢みたいだった。
結局一人旅で得たのは広大な海の景色だけだったようだ。飛行機で旅をしても僕の中にありあまる衝動が鎮まることはなかった。
真夜中に僕は寝床で眠りについた。ベッドの中は自分の体温で温かかった。布団の中で僕は丸くなりながら羊が何匹いるか数えた。
一匹二匹と数えているうちに僕は眠くなった。それで僕は眠りにつく前に羊の頭数を数えるのをやめて今日自分が何をしたのか逐一思い出していた。
僕は枕元に母親が電話してきてくれた着信の履歴を思い浮かべながら彼女とセックスしたり別れた時の記憶を思い出した。
「僕は悪いことをしたみたいです。誰も僕のことを助けてくれなくなってしまいました。僕は人間から嫌われちゃいました」
母親は枕元で言った。
「しっかり生きなさい」
僕はばからしくなってベッドを離れて遠くの景色を眺めた。頭の中に羊があふれかえって埋め尽くされていた。
もし音楽にサビがあるならここだろう。ドレミファミレド。
頭の中で旋律が浮かんだ。
朝目覚めた僕はテーブルの上で納豆とご飯を食べた。僕は枕元に寄り添って遠くの景色を眺めていたんだ。
ふらーっと遠くの方にカモメが泳いでいるのが見えた。
こじんまりした防音の聴いたマンションだった。遠くの方で馬鹿みたいな景色が繰り広げられているのを僕は見た。
べろーんとムンクの叫びが飾られている家があった。
そこには二人の家族が住んでいた。一人は病気だったみたいで皮肉だったらしい。
闇だ。暗闇だった。朝起きても起きた心地がしなかった。
始終現実はうごめいていた。気づくと僕は夜の闇の中にいた。そして昔会った彼女に会いにいく旅を頭の中でしていた。
現実が理解できない。ただそれだけが辛すぎる。僕はどうにもちゃんと正気を保っていきていけそうにない。狂っていく。狂気を感じる。
どうしよう。海の暗闇が僕を追いかけてくる。どこへ行ったって逃げることはできない。
心の底にいつも不安と憂鬱と退屈が宿って逃げることができない。
僕はふらふらになりながらその日も仕事に向かった。遠くではカモメが鳴いているのが聞こえた。
「おはよう」僕はやっとの思いで仕事場へたどり着いた。
「おはようございます」一人のバイトの男の青木が言った。
「なぁどうしてお前は今日こんなに早く来たんだ? もしかして俺のためにやってくれたのか?」
「いいえ。 店長がいつも一人で頑張っているのを見たんです。僕も張り切っていろいろやってあげようと思いました。ナプキンの整理とバケツに水をくんで床をモップで掃除したんです」
「それはありがとな。俺はうれしいよ」
そんな感じで僕はバイトに店を任せて、遠くへ歩いて行った。店から出ると通りがやけに静まっていた。煙草も切れていた。
煙草屋の前で僕は煙草を注文した。
「一ダース」
「四千八百円です」
僕は五千円札を出した。
僕は一ダース買った煙草を持って、通りを歩いていた。公園のベンチに座って、僕は煙草を吸った。ライターでつけては消していった。煙草の火が煙る。霞が見えた。
ゆらゆらと煙が舞っては消えてゆく。僕はその光景を随時眺めていた。
「どうして俺は一人なんだ? あいつと会ってからもうあいつのことが忘れられなくなってしまった」
僕はぼんやりと遠くを眺めて、また一羽白いカモメが通り過ぎていくのを見ていた。
僕は空を眺めたんだ。ばかみたいにきれいな空だった。カモメが二羽並んで飛んで行くのを見た。
ところでこんな話を知っているか。僕と彼女の出会ったときのエピソードについて。
「三匹の子豚って話を知ってる?」
「知ってるよ」
「その中にね。かわいそうな子豚が出てくるの」
「狼に食べられる豚か?」
「そう。かわいそうなことに人間の皮をかぶった狼に殺されたの」
「かわいそう」
そんな話をデパートの屋上のレストランで僕らはしていたのだ。高卒で働きはじめたばかりで彼女と僕はまだ若かった。
僕はとんかつを彼女はそばを食べていた。
その後に僕らはホテルで寝た。
頭がおかしくなって僕は病院に担ぎこまれた。公園で意識を失って近所の人が僕を連れていったというわけだった。
僕はその病院に偶然一冊のノートを持って行った。ただ僕は漠然とその日ノートを自分の懐にしまっておいた。
病棟の一室の中で僕は看護師の検診が終わると中央の部屋へ向かって歩いていた。何人かの知り合いができた。皆仲がよさそうには見えなかった、
「こんにちは」僕は一人の老人に話しかけた。
「こんにちは」老人はぼんやりした目で僕に問いかけた。
「こんなところで何してるんですか?」
「いや、新聞を読んでいた。私にはさっぱり世の中で何が起きているのかはわからない。私は長い間うつ病に苦しんでいた」
「大変ですね」僕は知ったように言った。
「あなたはいったいどんな理由でここへ?」
「特に理由はないんです。ただなぜか僕はここへ追いやられてきた」
僕は当然のように病気のことを話さなかった。
かっこうが遠くで鳴くのが聞こえた。蒸し暑い日だった。月日は入れ替わりもう九月になろうとしていた。
かっこうの名前も僕は知らなかった。二十九歳あと半年で三十歳になろうとしていた。特に理由もなかった。医者からといっても僕より年下の医者から処方された薬を飲んでいるだけだ。
かっこうが飛んでいるのを僕はバルコニーで眺めていた。
「林さんお薬の時間ですよ」看護師さんが僕に薬を持ってきてくれた。
「ありがとうございます」と僕は言ってバルコニーから戻った。
夏の蒸し暑さは外の快適さと中のクーラーの効いた涼しさに打ち消された。
「お仕事はどうなさるんですか? こんな病態なら難しいでしょう?」
僕より年下の看護師は薬の入った袋を開けてそういった。
「そんなことないです。しっかりと治して来月には戻れるかと」
「無理しないでくださいね」
「ところでお名前は?」
「桜井です」
「連日つらいニュースばかりですね」
「仕方ないですよ」
僕はそう言った。大学には通わなかった。それでも普通の会社に就職した。家族からはどうしてお前は大学に行かないんだと逆に言われたこともあった。
僕は別にそんなことを気にもしていなかった。
自分で稼いだ金で働く。それがよかった。
僕はノートに書き込んだ。
僕はとある設計事務所で働いていたのだった。彼女とは高校時代のバイト先で知り合った。
僕は病院の中で何人か友達を作った。看護師の桜井さん。老人の黒木さん。桜井さんは僕より年下の看護師さんで僕の面倒を見てくれている。
黒木さんは僕よりずっと年上の思慮深い人だった。桜井さんがセックスするところを僕は妄想しながらトイレで自慰行為をしていた。きれいな桜井さんが犯されているのを想像しただけで僕は興奮したのだった。
誰かがそれを知ったら恐怖で震え上がったろう。僕は今日も悪いことをしましたとノートに書き綴ったのだった。
桜井さんがしきりに黒木さんの悪口を言っているのを僕は彼女から聞いていた。僕はそれをやんわりと黒木さんに皮肉交じりに伝えようとしたのだった。
黒木さんは年をとって震えていた。手にはコーヒーカップが入っていた。そのコーヒーはなんだか汚れていて誰かが年を取った黒木さんにわからないように仕組んでいるのが僕からは見え見えだったようにその時思った。
そんなこんなでわけのわからない病院生活がすぎていった。心の中には虚無感だけしかない。作曲か小説でも書こうかと僕は思った。
黒木さんが退院してそして桜井さんが妊娠して病院をやめて季節は秋を通り過ぎた。
冬がやってきた。あれほど待ち望んでいた冬だった。病院の中はやけに明るかった。僕は元気になりつつあった。
なんとか自分の貯蓄で生きていた。家族とはこれを境に縁を取り戻しつつあった。
「今度旅行にでも行けたらいいね」
なんて妹がそれもたった一人の妹が僕にいった。
僕が作った料理屋ももう一人、人を雇ってうまくいっているらしい。夏から秋まで季節は一様に過ぎていき僕はただ退屈な日々を過ごしていた。
僕はいじけてノートにそれもあの黒いノートに日々思ったことを書き連ねていた。
今日は看護師さんが来てくれました。僕は昔付き合っていた由紀子のことを話しました。ボロボロになった僕の心に響いてきました。恥ずかしい思いばかり抱えて生きてきました。自分では精一杯生きてきたつもりです。
そんなことを僕は日記として書き連ねた。冬があまりに心地よかった。きれいな季節だった。
鳥の鳴く声はきこえなかった。かっこうもカモメももうどこかへ行ったらしい。ぼんやりと頭の中でいろいろな妄想が浮かんでは消えていった。
「林さん。大丈夫ですか?」
なんて目の色を変えて看護師さんがやってきたときに僕は目の色を変えて看護師さんに応答した。
僕は気が狂ったふりをしていたのだった。
廊下で倒れていたのだ。
看護師さんは僕をその場でたたき起こした。
「ところでお名前は?」僕は必至に振り絞ってその場から立ち上がらせてもらった。
「斎藤です」小柄な看護師は僕に向かってそういった。
「斎藤さん。僕はずっと本を読んできたんですよ。一時は作家も目指しました」
「それで? いったい何ですか? こんなところでわざとらしく倒れたりして」
「まさか。僕はそんなことはしていませんよ。僕は本当の気持ちで倒れてしまったんです」
「ところであなたノートに何か書き綴っていませんでした?」
僕は気持ちがはっとした。
「幸福な人生について書いていました」
僕は咄嗟にそう言った。
「こんなにひどい世界なのに?」斎藤さんは咄嗟に僕に聞いた。
「ええ。もしかしたらこの世界がちゃんとなるんじゃないかって思って」
「あなたは病気ですよ」
「その通りですね」
僕らは少し話してその場で別れた。
斎藤さんはその日から僕のことを奇妙な目つきで見るようになった。僕も僕で彼女のことを奇妙な目つきで見ていた。
夕食の時間、病室内で配膳が行われた。白身魚のソテーとほうれん草のおひたしが配られた。
老人から若者まで病気の人たちが食事をしていた。僕は彼らの様子をただなんとなく見ていた。
「ねぇここんところまずい食事しかでないわよね」一人の老婆がそういった。
「そうねぇ、私最近尿漏れがひどいのよ」
変なにおいだなと僕は思った。僕はここ二日風呂に入っていないせいか体臭がした。老婆たちはあきらかに体から匂いがするのをどうにかしようとしているみたいだった。
夕食を終えて僕はオセロを一人の若者とした。彼は大学生だと言っていた。
「最近ねノイローゼがひどくてまいっちゃいます」
「それは大変ですね。僕はね昔料理屋をやっていたんだ」
「へぇ」
「結構繁盛したんだよ。イタリアンの店でね」
「僕にはね彼女がいるんです。大学に通っている子でモデルでした」
「へぇ」
なんて会話を僕らはしていた。マス目はおもしろいように埋まっていった。僕はぼんやりと頭の中にヘミングウェイの老人と海のワンシーンを思い浮かべていた。
老人がシイラを吊り上げるシーンだ。特に意味はないのだが、そういうのがいいんだった。ここではないところへ行ってみたいなんて若者にありがちなことをまだ抱き続けていた。
「作家になってね、料理屋を誰かに売ってしまって、それで僕は昔の思い人について長い長編を書くのが夢なんだ」
「作家になんてなれないですよ。きっとね普通の家庭に暮らしておいしい料理を作ってくれる奥さんがいたらそれでいいんです」
「君は何か誤解しているようだね」
「いいえ」
「僕はね別に作家になりたいわけじゃないんだ。ただ胸の中につまった思いを吐き出したいだけなんだ」
「へぇ」
「それでね。どうにか誰にも言えないことを伝える手段として作家になりたいわけだ」
オセロは何度も終局を迎えた。
「そろそろ帰りますよ」彼は言った。
「ああ」
「早く退院できるといいですね」
「お互いね」
僕は部屋の窓を閉めて、そしてベッドに横になりながら小説を読んだ。カフカの審判を読んだ。やけに目がさえて眠れない。頭の中には様々なことが思い浮かぶ。黒木さんのこと、桜井さんのこと。そして今になって二人が仲良く話しているところを思い出したりした。悪口を言っているわりに何か二人の間につながる共通点があったようだった。
黒木さんが病院を出ていくときに僕に「小説なんか書いていたって仕方がないじゃないですか」なんて皮肉を言ったのを思い出した。
僕は「若いころに挫折した経験がまだぬぐえないんです」といつもながら馬鹿正直なことをつぶやいていたのだ。
「料理屋は儲かっているのか? 家族はなんていっているんだ?」
「別になんとも思っていないですよ。僕のことなんか。僕はただひっそりと暮らしていけりゃあそれでいいと思ったんですね。彼女の由紀子ってもう大分前に別れた女がいるんですが、彼女のことをまだ思い続けているんです」
「どうしてまた?」
「作家にはありがちなことなんですよ。僕はそうやって誰かにすがって生きているんです」
なんてことを別れ際に僕たちはしたのだった。黒木さんの目には涙が浮かんでいた。僕も確かにその通りだななんて思ったんだ。
桜井さんは嫌がらせを影でしていたらしいが、どうやら僕のことも本当は嫌っていたんじゃないかなんて思いを馳せる。
斎藤さんに僕は桜井さんのことについて聞いたりもした。
「あの人はねぇ。いろいろと悩みを抱えていたんですよ」
そんなことを僕に言った。
「僕はもうじき三十歳になりますよ。独身です。料理屋しかありません」
「いいじゃないですか。独り身のほうが気楽だっていいますし」
「この年になってもまだ人というものがわからないんですね」
いつの間にか消灯時間を回り、僕はウイスキーでも飲みたいななんて思いながら、退屈な病室の中を過ごしていた。
いつの間にか黒いノートに小説を書き綴るのが日課になっていた。いまじゃ知り合いはあの若者と斎藤さんくらいになった。
次々と人は入れ替わっていく。斎藤さんは僕の担当になった。何かの皮肉かな。
翌朝目覚めると太陽が顔を出していた。僕は憂鬱な気分でそれを眺めていた。
きらきらと朝日が病室の僕の一人だけの部屋の中を照らした。長い間病院にいたせいですっかり僕はその環境に慣れてしまった。朝の太陽が僕に問いかけている。
「お前はこの先どうするんだ?」
僕は答える。
「子供もいらない。結婚もしたくない。なぜなら生まれてきた子供がかわいそうだから」
僕は幼いころに抱き続けていた思いをふと思い出した。
世界が平和になればいい。
頭の中にきらきらと太陽が映し出された。相変わらず家族がたまに病院にやってきた。僕はそれを眺めていた。
悟りだとか釈迦みたいなことを僕は病気になる前に考えていた。
僕自身満たされればそれで終わりだとずっと思っていたのだけれど、実は心が大事なんだと知った。
「朝食のお時間です……」と看護師のアナウンスが聞こえた。
僕は眠い目をこすりながら談話室へと向かった。
おばさんやおじいさんが多かった。若い子も昨日オセロをした子もその中にいた。
僕はトレイを持って朝食をうけとった。パンとバナナとヨーグルトだった。
部屋に戻り部屋でもくもくと食べた。
「林さん。お薬の時間です」
朝食の後に看護師さんが僕に薬を持ってきてくれた。
僕は薬を飲んで、少し談話室で老婆としゃべり、そのあと部屋に戻った。
昼ご飯を食べて、談話室で代り映えのしないテレビを見て、そして夕方になった。
「林さん。家族の方が来ていますよ」
部屋の中に妹の典子が入ってきた。
「お兄ちゃん。大変ねー」
明るく妹がそういった。
「典子は仕事の方はどうなんだ? ちゃんとやってるか?」
「こっちは普通に営業してますよ。この前ね会社に芸能人の川田義正が来たの。それでうちの会社の広告に出ることになって」
そんな話を妹としていた。
「じゃあね。お兄ちゃん。あんまり思いつめないように」
「ありがとね」
そんな感じで僕たちは別れた。妹が帰った後の部屋がもの寂しかった。
その日の夜に僕はノートを自分で読み返した。ノートの中に書かれている文字が違う。なんかおかしいなと僕は思った。
僕は嫌な感じで自分のことを分析していたのだった。おそろしい話だが、僕はノートの中で自分の感情と思考について考えていたのだ。
まさかあの時考えたあの言葉が気を狂わせる言葉だなんて思いもしなかった。
キリスト教とイスラム教の争い、アメリカとロシアの冷戦、父親と僕の関係、それらはすべて同じ構造だと気が付いてしまった。
僕は気づいてしまいました。誰かが見るといけないからここには何も書かないで起きます。長い間人類が隠してきた嘘に気が付いてしまいました。
僕は悪い人間でしょうか。神様は僕のことを見ているんでしょうか。どうして僕らは世界から迫害されなきゃならないんでしょう。
夜、僕は嫌な感じで過ごした。また気がくるってしまう。あの時と同じように。
目が覚めると僕の手足は自由に動かない。左腕には注射の跡があった。
「看護師さん。いらっしゃいますか? 僕に返事をしてください」
僕は半ば気が狂った状態でそう叫んだ。
「はい。林さん」
看護師さんは斎藤さんだった。
「三日、目を覚ましませんでしたよ」
「知っていますよ! 僕はね気がおかしくなってしまったんです。斎藤さんに会いたかった。もうこのあたりでは斎藤さん以外知っている人がいないんです。頼れるのは身内だけです」
「わかっていますよ。妹さんがお見舞いに来てくれましたね。両親はいったいどこにいらっしゃるんでしょうか?」
「両親は全然僕の見舞いに来てくれないんです。悲しいことにね」
「それでは食事の準備をしますよ」
「ありがとうございます」
ベッドから起き上がらせてもらい昼食を食べた。バターの塗られたパンと牛乳だった。
「どうしてもこれだけは言っておきたいんです。僕を見捨てないでください。僕をどっかへやってしまわないでください」
「わかってます。わかってます。身寄りがない人だってここにはいるんです。私たちは人です。人間はほどほどに助けあうことができますよ」
斎藤さんはそう言って看護師のいる部屋に帰っていってしまった。
僕は不自由な体のまま無様にも部屋の天井を眺めていた。
星の模様みたいな天井の木目だった。
遠くの方で犬の鳴き声が聞こえた。
僕は彼女の由紀子のことを思い出した。
由紀子は髪が長くてそしてほっそりとした体躯だった。
「林君。今度の週末はどこに行きたい? 海がいい? 川がいい?」
「ホテルがいいな」
「やだぁ」
そんな風に仲良さげに僕らは会話をしていた。
実際には僕らは観覧車を道端で眺めていただけだった。観覧車はとても小さく回っていた。
僕が彼女の手をとると彼女は笑った。
「なによもう!」
そう言っているのを僕は隣で黙って聞いていた。
「平凡な服ね。私と会う時くらいちゃんとした服を着てきてよ」
僕は「そうだねぇ」と言っていた。まだ何かしら心の中にくすぶっていた感情があったのだ。
「しっかりしないと林君だって就職してせっかくの休みなんだからね」
「わかってるよ。せっかくの休みだし」
僕はそんな感じで揺れる由紀子の髪の毛を眺めていた。
目が覚めるとまた夜だった。憂鬱な夜だった。隣の人が何かを叫んでいるのを聞いた。
「俺をこっから出しやがれ。このくずども。俺は世に奇妙な国から生まれた王子だ。キリストと釈迦とムハンマドより偉いんだ」
僕はああ彼はおかしなやつなんだと思った。
パンパンと音がしたので振り向くと看護師さんが僕の部屋の扉を叩いているのが見えた。
「何をしているんですか?」
「お供え物をしているの」
「それがいったいなんの役に?」
「それでいいの」
僕はのんびりとしていた。由紀子のことばかり考えていた。
お世辞ではないが僕は頭がおかしくなっていた。
「僕は頭がおかしくなっちゃいました。天と地が融合したみたいです。僕はお姫様になって王子様に強姦される夢を見ました」
僕はそう言って笑った。
斎藤さんがやってきた。
「どうしたんですか?」
「いやちょっと頭がおかしくなって」
「別にいいじゃありませんか」
朝目覚めると僕はやはり僕の体は動かない。また今日もこんなことをしなきゃならないのかと思うとひどく憂鬱だった。
「くだらねえよ。こんな人生下らねえよ。俺はもうどこかへ行っちゃいたい気分だよ。もういいかげんこっから出しておくれよぉ」
「いやです、いやです。だしません、だしません。こっからさきはあなたの独壇場です。どうやってあがいてもでれません。でれませんよ」
「こんな詩を思いつきました。流星の彼方に光り輝く月があった。きらきらと輝くその月はまばらに散った星と混じって宇宙の芥子粒みたいに消えていった」
「よくそんな詩が書けたもんだ。私ならこう書きます。月が空と融合して目玉焼きになりました。目玉焼きの目玉の中に眼球をくりぬいてぶち込んでサラダにしました。しましまのトラを僕は捕まえてきました。ぺろんぺろん舌を嘗め回す怪獣です。怪獣が好きなんです」
斎藤さんが僕には目玉焼きに見えた。
僕はなんとかその日昼食を食べた。頭の中の妄想と現実のどっちが正しいのかわからなくなっていた。
「銀河と融合したのは小鳥。慢心していたのは僕の気質だ。恥ずかしいことはなんでも言える。さぁて気のきいたあの詩人が書いたみたいな小説が書きたい」
「さてさて今日の晩御飯は鶏のから揚げです。でも私の頭の中にあるのはあなたの指のからあげです」
晩御飯は斎藤さんのいった通りから揚げだった。斎藤さんの指がから揚げに見えた。
夜は静かに過ぎていった。後には僕の寒い気持ちだけが残った。
それから正気を取り戻すまでにずいぶん時間がかかったように思う。僕は元来何かに向いていたのだろうか。黒いノートはびっしりと文字で埋まっていた。
斎藤さんは相変わらず僕の看病を続けていてくれた。僕にはそれがうれしかった。
僕は斎藤さんにずいぶんと恥ずかしいところを見せてしまったようだった。
僕の心にあるのはあまりに情けないところを見せてしまったという深い反省のようなものだ。
由紀子を追いかけるのをもうやめようかなんて僕は思った。元来僕という存在自体が何か皮肉めいたものなんじゃないかなんて僕は思った。
ばかばかしいことばかり頭の中に浮かんでは消える。斎藤さんはいつの間にか僕のことを冷たい目で見ているような気がした。
僕はできるだけ静かにふるまった。
「林さん。今日は検診があるんです」
斎藤さんが僕の目の前にやってきて体の血圧を測る機械なんかを持ってきてくれた。
僕は周りの目が嫌になった。あきらかに僕は周りから浮いていたのだった。
「すみません。体調が悪くて。また今度にしてくれませんか」
「無理ですよ。わかります。体調が悪いのはわかります」
「知ってますよ。あなたが僕の奇行を見ていたのは知っているんです」
「わかりますとも。私だって酒に酔って飲み会で変な行動をとってしまったことはあります」
「だから僕のはそういうんじゃない。ただ単に頭がおかしくなっているだけなんだ」
「恥ずかしいだけなんでしょ。わかってますよ」
「ああもう」
そんなやりとりを僕らは繰り広げた。
僕はなんかいろいろと考えて机の上で昼飯を食べた。
「ここんとこどうやるんだろ?」
みたいな声が遠くで聞こえた。
「知らないよ」
僕はやるせない気持ちで遠くの方を見ていた。
すーっと窓から風が入ってきたのが心地いい。
僕はぼんやりとしてそして遠くの方を見ていた。
けだるげな昼間だった。
周りの人たちが僕のことを見ているのがストレスだ。
僕は昼食の後に洗面台のところで歯を磨いた。
「林さんここに荷物おいておきますよ」
「わかりました」
頭がおかしくなった僕は笑っていた。看護師さんは僕の方をじっと見たまま持っている荷物をゆすった。
「大好きなんです。あなたのことが。林さんに恋をしてしまいました。犬の散歩よりも好きです」
「僕はね。哲学者なんです。アリストテレスより偉いんです」
心には鍵が固くかかっていた。開かない鍵だ。誰かがその鍵を使って僕の心を開いてくれればいいのに。
遠くには電柱が見えた。
カラスが遠くの空を飛びまわっていた。
一度でいいから由紀子に会いたかった。斎藤さんは遠くへ行ってしまった。
瞬間に銀色の光が部屋の中に集合した。いつか見たプラズマだった。
由紀子のような姿の光の集合が部屋の中に集まる。
いま自分が見ているのは幻覚だと思った。
光が集まってそして世界が形作られる。
おそらく僕がいまいる世界だけが存在しているのだろう。
しばらくの間光の集合を見ていた。
美しい日の光が空を照らしていた。
だけれどもこの空だけは真実だと思う。
妹も父も母も看護師の斎藤さんも僕もそして昔であった由紀子も。
悲しいことに僕はここに存在していないのだ。
それが何よりも悲しい事実だった。
時間は動く空間だとニュートンが言った。
つまり僕という存在はなく、ただこの空間が存在し視界の映像と音が変化して体の感覚を世界の映像や音に合わせて感じているに過ぎない。
気が狂った僕は笑った。
もうどこにも行けない。
ならば由紀子にも出会えるはずだ。
黒いノートに書き続けたように。