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旅立つということ

「お待たせして申し訳ない」


 蒼白な顔で入室し、硬い表情で開口一言謝罪をした王に、その場に控えた年若い女官と侍従たちは一瞬動きが止まった。

 王の入室と同時に流れるように礼を取ったミランダとロザムンドもまた、一瞬動きを止めた。


「陛下。衆目がございます」


「あ、ああ。申し訳……」


「陛下?」


 にっこり。一見柔らかな微笑にさりげなく最上級の威圧を乗せて微笑むロザムンドの傍らで、氷のような無表情を浮かべるミランダ。

 その場に居合わせた者たちは、体感温度が一気に3度は下がったと身震いと共に親しい者に語ったという。


「どうぞ、お人払いを」


「あ、ああ。隣室の王太子をこれへ。お前たちは下がって良いぞ」


「はい、陛下」


 無言の威圧にさらされた王の顔は相変わらず蒼白だったが、何とか気持ちを立て直した王は、侍従長に指示を出して全員下がらせる。

 にっこり。出来の悪い生徒をほめるような笑顔をロザムンドに向けられて、王は――ソスランは、居心地悪そうに居住まいを正した。

 全員が退出し、王太子が入室したのを見計らって、ミランダが口火を切る。


「王太子殿下。そのような遠い場所にいらっしゃらずに、どうぞこちらにおかけになってください」


「いや……私は」


「そちらとこちらでは、お話しが遠いのです。どうぞこちらへ」


 ロザムンドに再度促されて、マノアはソスランの方に伺うような視線を向ける。


「マノア、そのようにせよ」


 決して逆らうんじゃないと、目線で言い聞かせられてマノアは小さく頷く。

 その顔が蒼白で若干汗ばんで見えるのは、決して見間違えではない。

 動揺を抑え込みながら、ゆっくりと座ったマノアに、ロザムンドが話し始める。


「わたくしたちは何も殿下の非を責めに参ったのではございません。この時勢下に、我が息子の行方を案じる以上にこの冬を終わらせることが重要なことぐらいは、わたくしのように世間知らずな母親でも存じております」


「私どもは殿下の若さ故の軽率さや、陛下のお約束が果たされなかったということよりも、民の命を守ることが大切であると心得ております」


 棘と嫌みがこれ以上ないほどにまぶされた老婦人たちの息の合った口撃に、ソスランもマノアも言葉を挟めずに、足の上に拳を乗せて背筋を伸ばして座った体制のまま黙って聴いている。


「わたくしは、陛下と殿下の謝罪など求めません。そのようなものは無意味ですし、わたくしたちは2人の生存を信じておりますから」


「ええ。ですから私たちは、四季の塔へと旅立つことを本日は報告に参りました」


 ミランダの言葉に、ソスランが思わず立ち上がる。


「冬の女王の力が弱まった時に、冬の愛し子が四季の塔に旅立つ意味を知らぬ貴女でもあるまい。それを……」


「私は、エオル様との約束を果たすだけでございます」


 背筋を伸ばして決然と言い切ったミランダの覚悟に、ソスランは掛ける言葉を見つけられずに再び腰を下ろす。


「それに、私だけなのです。今ここで旅立っても誰も待つ者がないのは」


「わたくしも、息子の命を救えるのはこのミランダとわたくし以外にいないと確信しております」


「どうぞ、行かせてくださいませ。ルーナが、不憫でならないのです」


「先頃、そなたの養女となった娘だな。確か、そなたに匹敵するほどの力の持ち主と聞いている。冬の精霊との親和性もこの上ないとか」


 ソスランが何の気なしに会話に加わったその言葉にかぶせるように、マノアが言葉を絞り出す。


「父上、その娘こそがリノレイルの婚約者でございます」


 マノアが告げた言葉に、沈黙が落ちる。


「急なことなれば、お披露目はおろか父上への挨拶もさせてやれませんでしたが、私が許可致しました。ミランダの養女となり、後見を得るのを条件に」


「四季の塔より無事に戻れば、すぐにでも陛下にご挨拶させて正式な許可をいただく予定でした」


「そういう、ことだったのか……」


 肩を落としたソスランに、再度沈黙が落ちる。


「リノレイルの婚約者が冬の愛し子だとは聞いていたが、まさかミランダの養女とはな」


「ええ。ですから、私以上の適任はいないと申し上げたのです」


 深いため息をついて瞑目したソスランは、目を開けるとミランダをまっすぐに見て口を開いた。


「ミランダ=レイラ・プルイーナ並びにロザムンド=アウラ・アントス=スルール、両名に四季の塔周辺の探索及び行方不明者の捜索を命じる」


「「陛下の御心のままに」」


 一礼してソスランの勅命を拝命すると、早速座を立って退出しようとするミランダとロザムンドの足が、ふと止まる。


「殿下」


 ミランダの呼び掛けに、俯いていた王太子がのろのろと顔を上げる。


「何というお顔をなさっているのです。しっかりなさいませ」


「そうですよ、愚息とリノレイル様はこのわたくしが責任を持って送り返しますので。状況が許せば、勿論わたくしも帰って参るつもりです。そうしたら、ミニィの分までこのわたくしが叱って差し上げますから、お覚悟なさいましね」


 そう言って微笑むロザムンドの言葉に、王太子は顔を一瞬歪め、その後精一杯の笑顔を作って一礼した。


「陛下、殿下。これにて、ミランダ=レイラ・プルイーナ、永のお暇をいただきます。お二方の御代が末永く安寧でありますことをこの先も祈らせていただきます」


「そなたの我が国への献身、心より感謝する」


 この部屋に入って、ミランダはその顔に初めて柔らかな笑みを浮かべた。

 その表情は、見る者の目を奪う幸福に満ちあふれたという表現が似つかわしい表情で、ソスランはいつか若き日に、ミランダが一度だけ自身の婚約者について語った時の笑顔とその表情を重ねて、ハッとした。


「行って参ります」


 持って生まれた立場と才能故に、探しに行くことも後を追うことも許されなかった女性が、ようやく重責の枷から解き放たれて自らの思いを遂げに行くことを、ソスランは美しい礼を残して去って行くその後ろ姿に改めて思い知った。


「ご機嫌よう」


「ああ、さらばだ。旅の無事を、私も王太子共々祈っている」


 ロザムンドの礼を受け、静かに扉が閉められた後も、ソスランはしばらくそのままその場に立ち尽くしていた。

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