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勅命を受ける者は

「ロザムンド。貴女がなぜここに?」


「お久し振り~。20年ぶりぐらいかしら? あと、私のことはロジィって呼んでって言ってるでしょ~。ミ・ニ・ィ!」


 薄暗い廊下を背にして立ち、その背景にはアーチ状の大窓から見渡す限りの白銀の冬景色を背負っていながら、至って気楽そうに笑顔を振りまくロザムンド。

 娘時分には、ふわふわと波打つ紅茶色の髪に、いたずらっぽく輝く若葉色の瞳がそれはそれは魅力的だと、騎士団から護衛騎士への立候補者が絶えないと噂に疎かったミランダの耳にさえ入って来ていた。それは年を重ねて色褪せるどころか、より一層柔らかさと深みを増してその存在に彩りを与えている。黙っていれば春の女神にさえなぞらえられそうな、この友はかつて社交界の花と謳われた人物だ。

 そんな自身の評判を知ってか知らずか、相変わらずな調子で話すかつての友に、ミランダは揉みほぐしたはずの眉間の皺をより一層深く刻みながらため息をついた。椅子に腰掛け直して、自らの対面にある椅子を、ロザムンドに目線で勧める。


「深刻な様子で貴女が来るとは思いませんでしたが、重要な案件はもう少しそれらしい様子で告げに来られないのですか?」


「んん~。それじゃ私じゃないって言うかぁ、深刻ぶってみたところで状況は変わらないし、そうじゃなくてもだだ下がりな気分が余計下がるって言うかぁ」


「……どうでもいいですが、その不自然なぶりっ子口調は年齢的にかなり厳しいので普通にしてください」


 そうしなければ追い返すと冷たい目線を向ければ、ロザムンドは椅子にちゃっかり腰掛けると肩をすくめた。


「そういう冗談の通じない、融通の利かないところがわたくしは好きなんだけれど、お遊びに付き合ってくれないのは冷たくって好きじゃないのよねぇ」


「……用件を」


 尚も身勝手なミランダに対する評価を呟き続けるロザムンドの言葉を切るように、ミランダは声を低める。


「折角んー十年ぶりに再会した友人に対して、貴女は旧交を温めようとかそういうつもりってないのよね」


「それが目的ではないのでしょう? だってロジィ、貴女気がついていないようだけれど、そんな泣きそうな顔をして、旧交を温めるも何もないのではない?」


 ミランダの言葉に、ロザムンドの表情が歪む。

 ふふふ、と小さく笑ったロザムンドの頬を、一筋の涙が零れ落ちていく。


「わたくしの息子が、ニブヘルムの穂先で消息を絶ったの。王太子のマノア=ラニ殿下をお守りして、近衛隊長のリノレイル・エアラッハと雪の下に消えたと、今朝、屋敷に使いが来たの」


「殿下はご無事だったのね。雪の下ということは、雪崩かしら?」


「ええ、そう聞いているわ。王太子殿下は長引く冬の原因を調査されるために、わたくしの息子と近衛隊長を伴って、単身四季の塔に向かわれたということだけど」


「雪が深過ぎてたどり着けず、どうしようかと思案されていたところに雪崩が起こり、殿下だけが強制転移で宮中に飛ばされてきた。それを行ったのは宮廷筆頭魔導師エアナルディ・ランス=スルール、つまり貴女の息子は殿下のお命を守るために王城まで強制転移を行ったということでよろしい?」


 ミランダは肩に入った力を抜くために一つ息を吐くと、背筋を伸ばして鋭い眼差しで前を見据えた。

 その肩口で、きっぱりと切りそろえられた髪がさらさらと揺れる。

 さらさらと揺れる髪を、ロザムンドは悲しいような、何かを懐かしむような、痛みをこらえるような何とも表現しがたい複雑な表情で見つめる。


「事情は分かったわ。要するに、私は貴女の息子とルーナの婚約者の命を救い、この国に春をもたらすために貴女と共に王の勅命を受けて旅立てばよろしいのでしょう?」


「ミニィ。いいえ、ミランダ=レイラ・プルイーナ。貴女に感謝致します」


 さっと椅子から降りて跪くロザムンドを立たせて、ミランダは首を傾げる。


「でも、ロザムンド=アウラ・アントス=スルール。貴女にこの国のための人柱になる覚悟はあるのかしら?」


 小柄でふっくらとした体格のロザムンドを、長身でほっそりとした体格のミランダが見下ろす。

 視線の鋭さと元々の冷たい美貌のせいで、ことあるごとに他者をいびっているというあらぬ疑いを掛けられていたミランダのかつての評判を思い出して、ロザムンドは微笑んだ。

 いつでも、この友の優しさはとても分かりづらいが、一見厳しいように見えるこの態度が限りない優しさで出来ていることをロザムンドは知っている。

 冬の愛し子を纏め上げる長にまで上り詰めたミランダと、貴族社会の頂点にまで上り詰めたロザムンド。2人を含めた、この国のごく少数の者たちだけが知る最高機密。

 各季節の女王と呼ばれる存在は、かつては人間であり、期間はまちまちであるものの代替わりがあり、新しい女王はそれぞれの愛し子の中から選ばれるということ。


「あら、わたくしを誰だと思っているの? わたくしの持つ力ならば、春の女王の代替わりなどたやすいわ。知っているでしょう? それに、わたくしには来春3人目の孫が生まれる予定なのよ、その孫を抱けないのは少々心残りだけど、春が来てくれなければその孫も健やかに育てないのだから、一体何を迷うというのよ」


 カラカラと大らかに笑うロザムンドに、ミランダは頷く。

 女王になれる者は、何も清らかな乙女でなくとも良いのだ。女王の持つ膨大な力と、記憶とを受け入れることが出来る器であれば、年老いていても、健康でなくても、美しくなくても、身分が低くても構わない。

 現に今の冬の女王は150年前、名も残されていない庶民の孤児だったと聞く。

 そしてミランダの目には、ロザムンドには十分に女王候補としての資格はあるように見えた。


「そういうことなら、もう何も言うことはないわ」


「ええ。ありがとう」


「では、行きましょうか。陛下の下へ」


 とびきりのいたずらを仕掛けに行く悪童のような笑みを浮かべるミランダに、ロザムンドも人の悪い笑みを浮かべる。


「貴女が現れたら、きっと陛下は人払いをした上で平身低頭するでしょうね」


 クスクス笑うロザムンドに、ミランダはふと笑みを消して首を振る。


「いいえ。私たちが現れたら、よ。今回は貴女も渦中の人なのだから」


「今回は、ね」


「ええ。今回はきちんと見つけ出したいわ」


 ミランダは遠くを見つめるように、スッと目を細める。


「殿方は、いつでも勝手なのよ。英雄願望に振り回されて、悲しむ者の顔が浮かばないのだから」


 昔、まだ2人が若く悲しみも絶望も知らなかった頃。

 ミランダの髪は腰まで届くほど長く、その傍らには彼女を守る騎士がいた。

 異国の血を引く騎士はミランダが騎士に召し上げるまで、自由というものを知らず、彼がミランダの傍らにあり続けるには明確な武功が必要だった。

 そして彼は雪の峰に赴き、帰らなかった。当時の王太子を守ったという明確な武功と引き替えに、彼は自分自身の未来を失い、1人の女性の幸福を奪った。


「リノレイル殿には、ルーナを悲しませた罰をきっちり受けていただかないといけないわね」


 そう言ってミランダが微笑む。

 その表情は全てを乗り越え、生きてきた、強かな“長”と呼ぶにふさわしい表情で、ロザムンドもまた笑みを浮かべた。


「ええ。我が息子と王太子殿下にも特大の雷を用意しておかないといけないわね」


 ミランダ、47歳。ロザムンド45歳。平均寿命50歳の国における権力も能力も併せ持ったお婆ちゃんズは、少女のように笑いさざめきながら王の下へ勅命を受けるという建前のお説教をしに、王城へ登城した。






「陛下。ミランダ様と、ロザムンド様がお越しでございます」


「……いらしたか」


「私室で良い、なるべく丁重に通せ。それから、マノアも次の間に待たせておくように」


「はい、陛下」


「さて、冷厳の魔女と陽だまりの聖女に、どう説明をしたものか」


 ソスラン・ヌァダ=リュフェスタは1人執務室で、重いため息をついていた。

 黒髪と深い青の瞳を持つ彼は、剣にも術者としても優れ、賢君の名高い王である。

 そんな彼にも思慮の浅い若者であった過去はある。そしてその結果、側近にと望んだ優秀な騎士を死なせたことも。

 2度とないと誓ったことが、この時期に今度は自身の息子の手で繰り返されるとは、彼をしても想像の範囲外の出来事だった。


「どうか、生きていてくれ」


 捜索のための部隊を組むよう指示を出したのが先刻。自身も赴くと聞かない王太子を鉄拳制裁して、強制的に眠らせて自室に謹慎という名の監禁をしたのが今朝のこと。

 正直なところ、心労がそろそろ振り切れそうだというのが本音だ。強制的に眠らされている王太子がいっそ羨ましくさえ思える。

 この期に及んで、誰一人勅命を受ける者も、打開策を提示する者も現れないのだからソスランとしては頭を抱えることしか出来ない。

 重いため息をつきながら、同様に重い足取りで私室に向かう。

 重責とはよく言ったものだと、自嘲を浮かべながら。

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