凍りついた国
雪は、全てのものを平等に覆い隠す。
喜びも悲しみも、富める者も貧しき者も、全ての上に雪は降る。
静かに降り積もっていく雪の中、1人の娘が野に出て花を摘む。
純白の、染みひとつ無い衣にほのかに青みを帯びた腰ほどまである黒髪、象牙色の肌。その指先は長時間雪を掻き分け続けても、赤く染まることもひび割れることも無い。花に触れ、祈るように伏せられたその瞳は冬の海のような灰青色。
その娘が纏うのは、冬の色。
雪の中にしか咲かない花、雪花と呼ばれる冬の冷気の結晶を摘める者の名を、人々はこう呼ぶ。
--冬の愛し子--と。
「ルーナ」
雪を踏みしめる音に、手籠一杯に花を摘んでいた娘は手を止め、顔を上げる。
呼びかけに応えるように僅かな微笑みを口元に浮かべ、手を揃え、腰を屈めて礼を取る。
「ミランダ様自らこのような場所までお運びになるとは、わたくしに何かご用でしょうか?」
目を伏せたまま問い掛けるルーナの問いには答えず、ミランダはルーナが手にした手籠一杯の花に目を向け、眉を寄せる。
「また、雪花を摘んでいたのですか」
「はい。部屋に飾らなければならないので」
咎めるような調子のミランダの言葉に、ルーナはピクリと手を震わせ、その拍子に手籠から落ちた雪花が雪の上に舞い落ちて砕ける。
「あっ」
小さく漏れたのはどちらの声か。
砕けた冬の結晶は、雪を巻き上げる一際強い風となって、二人の間を駆け抜ける。
ミランダは咄嗟にルーナを自らが纏うケープの中に抱き込み、強い風から庇うように抱きしめる。
一陣の風が去ると、ルーナは何事もなかったかのようにするりとミランダの腕から抜け出し、礼を取る。
「粗相を致しまして、申し訳ございません」
ミランダもルーナも冬の愛し子と呼ばれる身。雪や寒風に晒されたところで、それらは彼女たちに寒さも冷たさも感じさせない。精々が髪や服を乱す程度のものでしかない。
しかしミランダは、顔を伏せて礼を取るルーナの頬をシワの浮いた手でそっと撫で、乱れた髪を直すと、思わず自分を見上げたルーナをじっと見つめる。
「ルーナ、貴女また痩せたのではない?」
ミランダの言葉に、ルーナは肯定も否定もせず、ただ静かに微笑む。
その瞳に何の感情も乗っていないことに、ミランダはゾッと背筋を震わせる。
常よりも長い冬、人々は次第に俯きがちになり無表情で無気力な様子で、ある者はぼんやりと座り込み、ある者はぼんやりと佇んでいる姿が街のあちこちで見える。
全ては雪花のもたらす、強過ぎる冬の力の影響。
今この国に満ちている冬の力は、次第に人の心までも凍らせていく。
ミランダは憂いていた。
いつになく長い冬、それは全て冬の女王がいつまでも四季の塔から去らないからなのか。それとも春の女王が四季の塔を訪れないから、冬の女王は去れないのか。
年かさの愛し子たちで話し合ったところで、誰一人その答えを導き出せる者はいなかった。
そんな中、突如王からの勅命が発せられた。
--冬が終わらない理由を解明し、季節を春へと巡らせよ。--
「何てことかしら」
勅令のきっかけは春の愛し子である三の姫、リナマリエ殿下が床に伏されたという凶報。
それは僅かばかりであるにしろ、この国を冬の力から守っていた要石が失われたという知らせだった。
めっきり白いものの増えた頭を押さえて溜息をつくミランダは、控え目なノックの音に、知らず知らず出来ていた眉間のシワを揉みほぐす。
「お入りなさい」
音もなく入ってきた人物に目を向けて、ミランダは思わず腰を浮かした。