三日月・鶴の実力 前編
「さて、今日の朝ご飯は何にしましょうか?」
何時ものように朝食の準備をする為にうちは台所にいます。因みに式神の鶴はんはベッドですやすやと眠っています。今日は起こしても起きませんでした。
「全く、これではどっちが主か分かりません」
うちは襷掛けをし、割烹着を着ながら愚痴りました。しかしどうしてうちは日本美女タイプのキャラなんでしょうか? よく考えたら不思議です。女性物着物なら鶴はんの役割なのに。きっと作者である無個性で服装無頓着、時代の進歩についていけずやっているゲームはレトロゲームのみ、本人は仕事が忙しいとか言っていますけどこの小説は休日にしか書かない。そのくせ酒が好きで日夜発泡酒か日本酒とおつまみで一人寂しく過ごしている眼鏡はんの趣味です。あの人は日頃から女性の和服イラストや写真を眺めている相当頭が疲れている人ですから。恐らく自分の好みを全てうちの設定に組み込んだのでしょう。この罵倒も本人はニンマリしながら書いていますし、間違いなくドMはんです。将来はうち専用の荷物持ちとして働いてもらいましょう。
ぴーんぽーん。
「はーい、ただ今〜」
この時間ですと皐月はんでしょう。うちは料理をしている手を止めて、玄関まで行きました。鍵を開けると、元気よく扉が開かれ、
「おっはよ〜葛葉ちゃん。今日も可愛くなろうねぇ〜♪」
今日も変てこな服を皐月はんが持ってきました。毎日の事なので慣れています。
「皐月はん、今日の服は何ですか?」
すると皐月はんは屈託のない笑顔で、
「体操服+ブルマ+ニーソックスだよ♪今日は体力テストだから用意したよ。着ようよ〜」
「き・ま・せ・ん。着ません」
うちは当然のように断りました。勿論皐月はんはこの拒否を無視し、
「着ようよ〜。似合うから〜。それを着ないと葛葉ちゃん体力テストの時着る服が無いよ」
「実習服を着ます。うち体育の時も実習服を着てますから」
完璧に拒否したうちは朝食を作る為に台所に戻りました。
「今日の朝餉のおかずは目刺し鰯ですか。わたくし、初めて食べますわ」
朝食が出来ると同時に起きてきた鶴はんは椅子に腰かけながら目を輝かせていました。
「ねぇねぇ鶴ちゃん。鶴ちゃんって江戸では何を食べていたの〜?」
炊き立てのご飯を頬張りながら皐月はんは質問しました。
「わたくしはほぼ屋台で済ませていましたわ。街には寿司や蕎麦、てんぷらなどの屋台が沢山ありましたから。自分で料理するよりも早く食べられますし、洗い物もしなくてもいいですから。それに小腹がすいたら四文屋でおやつを買っていましたわ」
確かに鶴はんのようなぐうたらで料理もしない駄目な人でも文政の時代なら外食文化も花開いていますから助かったのでしょう。すると皐月はんはうちを見ながら、
「葛葉ちゃん。四文屋って何?」
「ああ、今で言う百円ショップのような物です。明和五年に使われるようになった四文銭一枚でお菓子やおでんなどの惣菜を売っていたみたいです。今団子が一つの串に四個刺さっているのもその名残です。それまでは五個で五文で売っていました」
うちは調べた限りの事を皐月はんに教えてあげました。すると鶴はんが、
「そう謂えば葛葉様は色々とご存じですね。どうしてです?」
「うちは時代劇が好きですから江戸時代の事を調べたのです」
「時代劇? 何ですかそれは?」
鶴はんは疑問をぶつけてきました。それに対してうちは、
「昨晩一緒に見たでしょう。おけや長屋人情編という時代劇を。あれは設定では鶴はんが居た文政を手本にしています」
うちの説明に鶴はんはぷんぷんと怒りながら、
「あんなのは間違っていますわ。まずは長屋が広すぎますわ。それに夜なのに明るすぎますわ。女性の髪形も服装も違いますわ。それと北町奉行所という看板がありませんわ」
次々と昨晩見た時代劇の間違いを指摘していく鶴はん。流石は江戸時代の人です。
「体力てすと? 何ですかそれは?」
清々しい朝日を受けながら登校中、皐月はんが鶴はんに今日行われる体力テストについて教えています。
「今日の一時間目から四時間目にかけて行われるんだよ〜♪五十m走やら走り幅跳びやら色々やるんだよ〜♪鶴ちゃんも一緒にやろうよ〜」
皐月はんはにこにこと鶴はんを体力テストに誘った。どうせ動かざる事山の如しを地で行く鶴はんです。参加しないで教室で寝ているのが目に……。
「わたくし、参加しますわ」
「ええええええええ〜〜!!!!!!」
鶴はんが晴れやかな顔で参加を宣言したのでうちは思わず声を上げました。すると皐月はんがジト目で、
「葛葉ちゃん、何驚いているの〜」
「いや鶴はんの事ですから、面倒ですわと言って教室で寝て過ごす可能性が極めて高いかと思って」
うちの意見に皐月はんはくすくす笑いながら、
「そんなの鶴ちゃんに失礼だよう〜」
鶴はんも皐月はんに援護射撃するように、
「そうですわ。葛葉様はわたくしを寝て食べるだけの女ではありませんわ。わたくしは体を動かす事が大好きですわ」
そんなこんなで校門近くまで行くと、
「おい土御門。お前何故俺の呼び出しに来なかったんだ?」
校門に立つ二つの影から不意に話しかけられました。
「あれ、下僕先輩ではありませんか。貴さんと話す気はありませんから失礼します。未来永劫話しかけないで下さい」
うちはそれだけ言うと一切歩く事を止めませんでした。どうせ下僕先輩の用事なんて興味ないですし、そんな事に構っている暇はありません。
「待て待て待て待て」
下僕先輩はうちの前で通せんぼしています。邪魔です。下僕先輩は怒りを込めながら、
「おい土御門。お前どうして俺の呼び出しに来なかったんだ?」
「下僕先輩はうちの事を呼んでいないでしょう。昨日は確か田上一太郎なるストーカーはんから呼び出されただけです」
「それは俺の名前だぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
下僕先輩は絶叫しています。
「はぁはぁはぁ」
「下僕先輩、喘息ですか? 死ななければ治りませんよ。どうせでしたらうちが止めを刺してあげますよ」
うちは自分の武器である薙刀を構え、その刃先を下僕先輩の首元に持っていきました。それで下僕先輩は喘息をいう苦しみから解放される筈です。うん、何て下僕思いのうちでしょう。
「違ーーーーーーーーう!」
下僕先輩は再び叫び声をあげました。全く、五月蠅い人です。人の迷惑になっているのが気づいていないのですか。うちは続けて、
「全く、昨日のストーカーはんが下僕先輩だったなんて。一回だけアパートに行っただけなのに。これだから妄想ストーカー下僕先輩は」
「俺はお前をストーカーしてないぞ!」
妄想ストーカー下僕先輩は否定しました。そして変てこてな顔のまま、
「いいか。今すぐ鶴を返せ。鶴は俺の式神だぞ!」
「いつ返さないと言いました。永久に借りているだけですよ」
うちは淡々と、事実を述べました。それに対して妄想ストーカー下僕先輩は、
「全く、お前と話していると自分が馬鹿になりそうだ」
「自分の事をよく理解していますね、何でしたら小学生からやり直しますか?」
「もうお前の挑発には乗らないぞ!」
妄想ストーカー下僕先輩はつれない事を言いました。つまらないです。
「おい鶴。行くぞ」
彼は鶴はんの手首を乱暴に掴もうとしました。その時、皐月はんが、
「ゴンちゃん噛んで〜♪」
「がう」
何時の間にか巨大化したゴンはんが妄想ストーカー下僕先輩の頭部に噛み付きました。
「いたたたたたたた!!!!」
妄想ストーカー下僕先輩の頭部から真っ赤な血がだらりだらりと流れています。顔は醜く、いや元々醜かったですけど。兎に角痛みで顔が歪んでいます。皐月はんは仁王立ちしながら、
「あんたに鶴ちゃんは渡さないから〜。どうせ奴隷のように扱うんでしょう?」
すると妄想ストーカー下僕先輩は当然のように、
「何が悪い。玄関に寝床を与え、式神のエサと言う食事を与えてやるのだ。むしろ感謝してほしい」
くいくい。はいはい、鶴はん、質問ですね。
「葛葉様、式神のエサとは何ですか? 美味しい物ですか?」
それに付いてうちが答えるより早く、その醜い空間では嘘のように爽やかな声で、
「いえ、そんなに美味しい物ではありませんよ」
そう答えたのはアレンはんです。そしてその後ろにいた上田先輩が、ドングリのような物を鶴はんの差し出しながら、
「これが式神のエサだ。食べてみろ」
そう言われた鶴はんはそっとそれを受け取り、そして口に運び、口に入れました。すると鶴はんの顔を歪めながら、
「うぇぇぇぇ。不味いですわ」
すると皐月はんが、にこにこと笑いながら、
「式神のエサは不味いからゴンちゃんには食べさせてないよ〜♪さっ、鶴ちゃん、学校に遅れるよ〜」
皐月はんは鶴はんを連れて行きました。うちもそれに続こうとしました。すると暇なのか妄想ストーカー下僕先輩が、
「おい待て土御門」
しかし無視して行きます。もう構っている時間はありません。全く、下僕の分際で女王様たるうちに時間をとらせないで欲しいです。
「くっくっくっくっ」
するともう一つの影が不気味な笑いをしながら、
「田上先輩、いいではありませんか」
「しかし井下。鶴が……」
「鶴を取り戻す事なんて何時でもできますよ。今はチャンスを伺いましょう。それよりまだ準備をしないといけない。鶴を取り戻すのはその後でもいいでしょう」
「全く、体力テストなんて誰が考えたのですか?」
うちは直射日光が当たらないように日傘である和傘を差しながらぶつぶつも文句を言っていました。
「おい土御門の奴、実習着で体力テストを受けているぞ」
「女袴とブーツ、和傘の組み合わせが堪らないな。あのブーツのヒールで踏みつけて欲しい。あの吊り目で蔑んで欲しい。罵ってほしい」
今日も今日とてクラスメイトが何やら意味不明な事を漏らしいてます。何でしょうか。暇なんでしょうか。
「あっ、鶴はんが五十mをやるようです」
スタート地点には誰から借りたのかジャージを着た鶴はんがいました。そして皐月はんからクラウチングスタートのやり方を教わっています。
「あれ、鶴はんと一緒に走る人って、確か去年のインターハイで百メートルで全国三位だった人ですよね。確か陸上部の何とかって先輩」
スターターがピストルを鳴らし、慣れている陸上部は鮮やかなスタートを決めました。でも江戸時代の人である鶴はんは少し出遅れしました。
「まぁ江戸時代にピストルなんてありませんし、当然ですね」
先輩は直ぐにトップスピードに達しました。しかしその隣を一瞬にして抜き去る白い影がありました。鶴はんです。鶴はんは無駄のないフォームで先輩を抜き去り、そして徐々にリードを広げていきました。
「速いですね鶴はんは」
疾走する鶴はんはまるでチーターのように美しかったです。彼女にこんな特技があったとは知りませんでした。鶴はんはゴールし、そしてタイムを測っていた陸上部員が驚愕の顔をしていました。
「うそっ、このタイムって学校一速いんじゃあ」
「いや、このタイムはオタク神国の高校生女子の最速タイムよりも速いよ」
携帯で何かを検索していた他の陸上部員も驚いています。そして鶴はんに対して、
「ねぇ君何年生? いやその気配は式神? 誰の式神なの?」
そう迫られるように質問され、鶴はんは目を白黒させながら、
「わたくしは葛葉様の式神ですわ」
「葛葉? 誰?」
「一年二組の土御門葛葉様ですわ」
「その主には私から言っておくから陸上部に入ってくれない? 君ならインターハイ制覇も、いやもしかしたらオリンピックにも出られるかも」
オリンピックねぇ。
「お――」
「そう言えばさっき千五百m走を走ったのでうちは疲れました。どこかに休める椅子はありませんか? ああ、丁度いい所に椅子がありますからここで少し休憩をしましょう」
うちは近くにあった椅子に腰かけました。しかし、
「何ですかこの椅子は? 硬いです」
うちは座り心地の悪い椅子で休憩しいますと何故が周囲がザワザワし始めました。
「おいあいつ、何に座っているんだ?」
「あいつ確か一年の忌み族だよな。なんて羨ましい……いや先輩がかわいそうだ。俺に代わってほしい。そして思い切り踏みつけて欲しい」
周囲からがやがやとしています。そしてうちの前に二人の男子生徒が来て、そう言いました。
「おい土御門」
それに対しうちはシステム感ばっちりの声で、
「男子生徒達が現れた。コマンド?」
「おい何だその変な言葉は? それに何故お前は薙刀の準備をしているのだ。しかも実戦用の」
うちが準備した薙刀を怯えた顔で見ながら男子生徒は聞いてきました。
「だって今からうちと貴さん達で戦闘が始まるのでしょう。RPGで言うとエンカウントしたのでしょう。男子生徒Aはん」
「おい何で俺は魔物扱いなのだ? そうか、俺の事だ。ストーリーの最後に出てくるラスボス――」
「いや最初の最初に出来る雑魚in雑魚のモンスターですよ。貴さんは」
うちは当たり前の事を言いました。全く、男子生徒AはんなんてRPGだと新しい魔法を覚えるたびにその実験体として活躍するだけです。後は用はありません。
「土御門。お前は相変わらずの毒舌だな」
「男子生徒Bはんですか。うちは疲れているのですから椅子に座って休んでいたいのです」
うちの全うな主張に男子生徒Bはんは頭をかかけながら、
「この座っている椅子に問題があるのだ。お前が座っているのは田上先輩だぞ。先輩だし陰陽師としての実力も素晴らしい先輩だぞ」
「田上って、この美しいうちと付き合っている言う妄想を抱き、うちをストーカーするあの下僕先輩の事ですよね」
すると男子生徒Bはんはぶるぶると震えながら、
「お前男だろう。確かにお前はそこらじゅうの女生徒よりも遥かに綺麗だ。正直俺も椅子になりたい。そしてその尻に踏まれたい。そしてこのまま罵ってほしい」
男子生徒Bはんは何やら気色悪い事を堂々と宣言しています。うちはぽんと手を叩きながら、
「ああ、貴さんがキモオタって人ですか」
「確かに俺はオタクだ。何が悪い。このオタク神国はオタクでも堂々としていられるのだ」
そう言い切った男子生徒Bはんはうちの下にいる妄想ストーカー下僕先輩に対し、
「先輩。何やっているのですか? 先輩なら忌み族なんて簡単に倒せるでしょう」
「いや俺も自分の式神を取り戻そうと来たんだけどな、こいつの目を見た瞬間に何故が恐怖で震え、気が付いたら椅子になっていた」
下の方で弱弱しい声で聞こえます。でも椅子なので無視します。