繊月・二人の聖女後編
「ほう、これがお前が使役する式神か」
朝の喧騒に包まれている職員室でうちは担任である中村先生の元にいきました。理由は勿論式神である鶴はんの紹介です。
中村先生は全くやる気のない顔をしている男の先生です。
「鶴です。宜しくお願いしますわ」
鶴はんは深々と頭を下げました。
「ああ、分かった。もう戻ってもいいぞ」
中村先生は完全にやる気が感じられず、手でしっしっをしています。仕方ありません、戻りますか。
「あの葛葉様。このお方は?」
鶴はんの質問に、うちは簡潔にこう答えました。
「一年二組の担任の中村先生です。昼行灯で家では嫁と姑にいびられている情けない先生です」
「そうなのですか?」
鶴はんはびっくりした顔をしています。
「中村先生。書類を出してもらわないと困ります」
すると教頭先生が少し怒ったような顔でこちらに来ました。
「ああ、すいません」
中村先生はばつが悪そうにくしゃくしゃになっている書類を教頭先生に渡しました。そして教頭先生はうちを見るなり、
「君が土御門君か。もう使役する式神は決まりましたか?」
教頭先生は鶴はんを見ながら、
「人型の式神ですか。でもまだ契約している式神は一匹しかいないのでしょう。他の生徒は既に二匹の式神と契約していますよ。君の精進しなさい」
「はい」
うちは適当に返事をしました。教頭先生の話なんてどうでもいいですから。すると教頭先生は嫌々そうに、
「君ね、確か君は陰陽学園の合格ラインぎりぎりで入学したんだから。他の人に遅れないようにしないと」
何故か叱られているうち。すると中村先生は愉快そうに、鶴はんに、
「おい鶴、お前の主な、入学条件ぎりぎりで入学してきたんだ」
「どう言う意味ですか?」
鶴はんの言葉に、中村先生は、
「この陰陽学園はな、中学三年全生徒に陰陽術が使えるかどうか装置で調べるんだ。そして一定以上の数値を出した者は全員入学させるんだ。その時あいつは合格ラインのほんの一ポイントだけ上回ったんだ」
「そうなのですか」
中村先生と鶴はんが話をしている間もうちは教頭先生に叱られていました。
「ここがうちが普段勉強している教室です」
鶴はんを教室に連れてきました。中からはわいわいと賑やかな話し声が聞こえます。
「式神は本来式神待機室で控えてもらうのですけど、貴さんは特別に授業を参加できるように書類提出しました」
「分かりました」
うちは教室に入りました。
「あ」
一瞬賑やかだった教室が静まり返ります。しかし何もなかったかのように、まるで薄給でこき使われているガヤ芸人のように、
「なぁ俺な、ユナたんと入籍したんだ」
男子生徒Aが何やら自慢話をを始めました。それを受けて男子生徒Bが、
「早いな。流石お前の女王様キャラ好きは健在だな」
「まぁね、俺は全ての女王様と結婚するんだ」
「俺はリンたんだな」
「脳筋のリンたんか」
「ああ、天然なところがいい」
男子生徒Aと男子生徒Bが変な話をしていました。すると鶴はんが、
「あの葛葉様、あの二人は何を話しているのですか?」
「ああ、四月から始まったアニメの話ですよ」
「そう言えば昨日もあにめと言っていませんでしたか? あにめって何ですか?」
アニメねぇ……。うちは考えながら、
「絵が動いて芝居をしているものです」
「絵が……動く……」
鶴はんは何故か恐怖で震えています。そして、目に涙を浮かべながら、
「それって絵が呪われているのですか? だったらお寺に持って行った方がいいんじゃあ」
あーあ、誤解していますね、でもうちはあんまりアニメは見ないので分からないから、
「呪われていません。帰ったらアニメを見せますのでそれで理解して下さい」
「はい。それで先程殿方が結婚したとか言っていましたけど」
何にも知らない鶴はんの無垢な質問に、うちはため息をつきつつ、
「この国には二次元キャラと結婚できる法律があるのです。役所で婚姻届けと手数料五万円を払えば実際に結婚したのと同等の扱いになるのです。しかも重婚も大丈夫です」
「葛葉様は誰かと結婚しているのですか?」
「うち、うちはパス。アニメキャラなんて興味ないですし、そもそもこの二次元キャラと結婚できる制度はもてない変な男性が寂しい思いをしないように作られたものです。こんなインチキな制度は使いません」
うちが二次元キャラ婚姻制について説明していると、ふいに元気な声で、
「え〜、私、ひかり君と婚姻届けを出したよ〜♪」
肩ではぁはぁ息をしている皐月はんです。制服には小枝が点いています。
「皐月はん、死霊はんはどうしたのですか?」
うちの質問に、皐月はんは笑顔でウインクしながら、
「山奥で巻いてきた〜。しかも井下の陰陽術は封印したから、あいつ今日は遅刻確定ね」
「それはめでたい事です」
うちは素直に喜びました。すると鶴はんが小声で、
「あの、ひかる君って誰ですか?」
すると聞かれてもいないのに皐月はんが満面の笑顔で、
「拳闘市と言うアニメのキャラで、最初は主人公の竜君と敵対していたけど、拳を交わしている間に竜君と仲良くなったんだよ〜♪今度DVD持っていくね〜」
「は……はい」
皐月はんが何やら鶴はんを悪い道に引き込もうとしています。
放課後、うちは部活に出る為に校舎の端の端まで来ました。そこは行き交う生徒は居なく、ひっそりとしていました。静かさを求めるうちには最適な場所です。
「葛葉様、ここはどこですか? それにいつの間に葛葉様は着替えたのでか?」
うちの後ろにいた鶴はんが質問してきました。因みに今うちは小紋に桜柄の女袴というかなりレトロな服装です。
「これは実習着です。五時間目と六時間目が陰陽基礎で、しかも屋外実習だったので着ていたのです」
「霊衣とは違うのですか?」
「違います。霊衣は最大霊力は高いですけど燃費が悪いんですよ。その為普段の実習はこの様な実習着を着る事が多いのです。まぁ人によりますけど。皐月はんは霊衣で実習も受けてますけど」
「お皐月はどのような霊衣を着ているのですか?」
「彼女は巫女装束ですね」
本来なら式神は実習に参加しないといけません。しかし鶴はんはあろう事が一時間目が始まる前に『勉強が終わったら起こして下さい』と寝てしまい、起きたのはお昼休み。更にお昼ご飯を食べるとすぐに寝てしまい、六時間目が終わってから起こすのが一苦労でした。貴さんはの○太はんですか。
「それでこれからどこに行くのですか?」
鶴はんの再三の質問に、
「今から部室に行くのです」
「ぶしつ?」
「ええ、勉強が終わった後に行う活動です。うちはオカルト研究部に属しています」
「おかると?」
鶴はんのオカルトなんて勿論聞いた事が無いでしょう。うちは静かに部室の扉を開けました。
「よっ、土御門。遅かったな」
すると中から声が聞こえました。中を見るとまるで博多人形のように愛らしい金髪の女生徒が椅子に座って本を読んでいました。その顔は何の興味が無いかのように無表情です。
「すみません、少し用事がありました」
うちは形ばかりの謝罪をしました。
「別にあんたの用事は関係ないから」
先輩は無表情のままうちを責めました。
「まぁまぁお嬢様。葛葉くんも忙しいのですから」
その時、部室の奥から宥めるような声が聞こえました。そこには長身でイケメンの執事が立っていました。
「アレン、あんたは黙ってて」
先輩が不機嫌そうに言いました。アレンと呼ばれた人はやれやれと大げさに首を振りました。
くいくい。
又も誰かがうちの着物の袖を引っ張っています。相変わらずの鶴はんで、
「あの葛葉様。この二人は誰ですか?」
その質問に対して、うちは、
「この女生徒は二年生の上田奈々先輩。そしてこの男性はアレンはん。先輩の式神」
うちがそう紹介すると、上田先輩は本から目を離さず、
「よろしくな」
今度はアレンはんが優雅な物腰で、爽やかな笑顔で、
「お嬢様共々よろしくお願いします」
うちは更に、
「彼女がうちの式神である鶴はん。昨日から使役しています」
すると鶴はんは正座をし、三つ指をつきながら、
「不束者ですかよろしくお願いします」
すると上田先輩はがたっと乱暴に立ち上がり、じろじろと鶴はんを見ながら、
「ふーん、あんたが学園七不思議の一つ、歪んだ顔の女か」
今までの興味なしの無表情から一転し、値踏みするように鶴はんを観察している上田先輩に、うちはこう答えました。
「それが彼女は違うようです」
すると上田先輩はじろっとうちを睨みながら、
「違う?」
しかしうちは一切気にせず、
「うちが調べた限りでは学園七不思議の歪んだ顔の女は女郎の鶴はん。でも彼女は名前こそ一緒ですけど職業が違います」
事実を報告したうちに対して、上田先輩はそっけなく、
「そうか、だったらあんたをオカルト研究会に入部を認めるわけにはいかないな」
くいくい。
再び着物の袖を引っ張られ、
「あの葛葉様。どういう事なんですか? 歪んだ顔の女とか何なのですか?」
「それは私が説明するよ」
折角説明しようとしたうちを押しのけ、上田先輩は無表情のまま説明を始めました。
「陰陽学園には七不思議があるのだ。そしてこの中の一つに歪んだ顔の女というものがあるんだ。内容は学園の校庭に醜く顔が歪んだ女が出るという他愛のないものだ。そして土御門がオカルト研究部に入る事を希望してきたので私はこの歪んだ顔の女を解明出来たら入部を認めるといったのさ」
淡々と語った上田先輩。上田先輩はうちを指さし、一言びしっと、
「土御門。後の説明はあんたがやれ。私には分からないからな」
「はい。上田先輩の条件を満たす為にうちが校庭で手掛かりがないかと探していたら古いお稲荷さんを見つけたのです。そしてこれを過去見したら下卑た笑いを浮かべた男子生徒がカンザシを持って帰るのが見えたのです。丁度うちも式神を使役しないといけませんし、あの下僕先輩から式神を借りるついでにあのアパートに行ったのです」
うちは今までの経緯を説明しました。でも上田先輩は手で罰を作りながら、
「でもそれは歪んだ顔の女ではなかったのだろう。だったら入部は認められないな」
「まぁまぁお嬢様。葛葉くんもここまで調べたのですから入部を認めたらどうですか?」
アレンはんが助け舟を出してくれましたけど、上田先輩はむっとしたまま、
「あんたは黙ってて。私は土御門に出した入部条件は歪んだ顔の女を解明せよだから」
「まぁまぁ、取り敢えずお茶を入れますから」
アレンはんは高級そうなティーカップを人数分用意しました。そしてティーポットから香しい紅茶を注いでいました。勿論鶴はんの前にも。
「本日はチョコレートケーキにしました」
アレンはんは執事らしい優雅な動作でケーキを置いてくれました。それを眺めていた鶴はんは目を輝かせながら、
「これはどうやって食べたらいいのですか?」
鶴はんは銀製のフォークをつついています。アレンはんが鶴はんにフォークの使い方を教え、鶴はんは恐る恐るその小さな口にケーキを運びました。そして、
「美味しいですわ。こんな物生まれて初めて食べましたわ」
鶴はんの目はらんらんに輝いています。
「お気に召していただき恐縮です」
アレンはんはお礼を言いました。更に鶴はんは晴れやかな笑顔で、
「お夏にも食べさせてあげたいですわ」
突如として出てきた人名に興味を持ったうちは鶴はんに尋ねる事にしました。
「あの鶴はん。お夏はんって誰ですか?」
「ああ、わたくしが住んでいた長屋のお向かいさんですわ。父子家庭で父が仕事をしている時は長屋全員でお夏の面倒を見ていましたわ。わたくしにもとても懐いていましたわ」
「そうですか」
昨日から観察していたのですけど、鶴はんは普段は少し表情が硬いですけど長屋とかの話になるととてもいい笑顔を浮かべてくれます。
「鶴、少しいいか」
すると今までカップを傾けているだけだった上田先輩が鶴はんの前に移動し、無表情のまま、
「あんた、自分がどう死んだのか覚えているか?」
突如として投げかけられた無無神経な質問に鶴はんは少し考え、
「覚えていませんわ。すみません」
申し訳なさそうに頭を下げた鶴はんに、上田先輩は顔色一つ変えずに、
「まぁいい、アレンも覚えてないし。無礼な質問をして悪かったな」
上田先輩は頭を下げると今度はうちの所まで来ました。そしてうちに耳打ちしながら、
「所で土御門はもう鶴に奉仕をさせたのか?」
ぶーーーーーー。
突如としてとんでもない質問にうちは思わず飲んでいた紅茶を吹き出しました。
「おい土御門。汚いぞ」
上田先輩はうちを睨みながらそう言いました。うちは情けない声で、
「だって上田先輩が変な質問をするからですよ」
「変な質問とは何だ。ここ陰陽学園の男子生徒はほぼ全員自分好みの女性型式神と契約し、セックスさせているらしいからな」
上田先輩は恥じらいもなくそう聞いてきました。
「上田先輩。女性が軽々しくその言葉を口にしたらいけません」
「だって史実ではないか。クラスの男子生徒もよく授業中に抜け出し、裏庭とかで式神に奉仕の命令を出しているのを知っているぞ」
上田先輩はさも当然の事のように言ってきたので、うちはこう反論しました。
「それは頭に腐った味噌しか入っていなく、子作りにしか興味のない哀れで愚かな男子生徒だけです。小説では彼らが主役になる事はなく、主人公の悪友程度の変なキモイ人の事です。国の役に立つのはその軽く腐った頭で避妊もせずに子作りするので子供が沢山産まれ、少子化に貢献できる程度です」
「そうか」
何にも納得はしていなそうな顔の上田先輩。うちはこう続けました。
「取り敢えず鶴はんとは昨日契約したばかりですから。うちは式神の考えを尊重しますから。だからうちは指示を出すだけです。式神を奴隷にして奉仕だ何だと無茶な命令を出している連中とは違います」
「それがあんたの考えか。なら良い。この学園では男子生徒は女性型の式神と契約し、女生徒は動物型の式神と契約している事が多いからな。女生徒は可愛い物が好きだから。特に一部の男子生徒は本能のまま女性型の式神を使うからな。気になっていたのだ」
上田先輩の言葉にうちは少し思う所がありました。昨日下僕先輩が鶴はんにしようとした事はまさにそれですから。
きーんこーんかーんこーん。
少し考査していたうちの考えを中断するように金属的なチャイムが鳴り、スピーカー越しに、
『生徒をお呼び出しをします。一年二組の土御門葛葉くん。三年生の田上一太郎君がお呼びです。至急霊衣を着用の上、バトル場まで行きなさい』
突如として呼び出されたうち。上田先輩は少し楽し気な顔で、
「ほう、ついにあんたも式神バトルに呼ばれたのか。ここは先輩である私がこの事について説明しよう」
上田先輩の説明にうちは無言を貫きました。でも上田先輩は説明を始めました。
「バトル場というのは生徒陰陽師と式神が一緒になって相手陰陽師と戦う場なんだ。この場所で勝者となれば相手側の式神を一体貰えるのだ。更に年末に行われる全校生徒が参加する勝ち抜き戦、大陰陽戦でベスト四に入ると白い制服が着られるのだ」
うちは一切口を開かず、上田先輩も説明を辞めずに、
「しかもバトルの相手は去年の大陰陽戦でベスト八に入った田上先輩。土御門よ、あんた何をしたんだ? いきなり強力な生徒陰陽師に呼び出されるなんて」
上田先輩の興味津々の質問にうちは考えるのを止めました。そしてボソッと一言、
「田上一太郎って誰ですか?」
「え?」
この名前は知りません。一体誰なんですか?
「すみませんけど鶴はん。貴さんこの名前に聞き覚えがありますか?」
「すーすーすーすー」
しかしお腹が満腹になったのか鶴はんはすらすらと眠っています。
「おい土御門」
「ああ、これがストーカーというやつですね。うち程綺麗ですとこのような怪しげな男子に目をつけられて困ります。無視しましょう」
知らない名前だったので完全に無視しました。するといきなり部室が真っ暗になりました。おかしいな思ったうちは窓から空を見ました。
「うわぁ。何ですかあの龍は?」
青く澄んだ空に巨大な黒龍が優雅に飛んでいました。
「ああ、あれはクラスメイトの井下が使役している式神だ。あの龍の戦闘力はすごく、しかも井下はこの龍と合体する事ができ、その時はどんなに攻撃をしてもほとんどダメージを与えられないぞ。私も去年の大陰陽戦であいつに当たって負けたんだ」
「そうですか……」
残念そうな顔をしている上田先輩。
「よし、寝るとしますか」
就寝時間になったのでうちは自室に戻る事にしました。
「鶴はん。先に寝ますから」
うちはテレビを寝そべりながら見ている鶴はんに言いました。
「分かりましたわ」
鶴はんはアニメから眼を離さずこう答えました。
「それと今日こそは和室で寝て下さい。うちのベッドで寝ないで下さい」
今度こそ念を押し、うちはベッドに入りました。
「……暖かい?」
真夜中、ふと暖かい物を感じたうちは何気なく横を見ました。
「すーすーすーすー」
そこには昨日同様うちのベッドで寝ている鶴はんがいました。うちは何度も起こそうとしましたけど中々起きません。
「はぁ……。本当に奉仕させようかな?」
うちの頭に変な事が過りました。しかし直ぐにその考えを捨てました。
「どうしよう? どうしたら鶴はんは和室で寝てくれるのですか?」