繊月・二人の聖女前編
「ふああ、よく寝ました」
午前六時、うちは何時ものように目を覚ましました。窓からは爽やかな朝日がすっと入ってきており、小鳥はんがチュンチュンと楽しそうに囀っています。
「今日はいい天気ですね」
……あれっ? 隣で誰かが寝ています。心当たりはないです。
「あっ、鶴はんでしたか」
横ですやすやと寝ている女性、それは昨日誘拐してきた鶴はんでした。
「あっ、そうです」
ふとうちの頭にいい考えが浮びました。
「確か先輩の話では家事を式神にさせていると言っていましたね。試してみましょう」
うちはベッドから降り、身支度を済ませて、
「鶴はん、朝ですよ。起きて下さい」
彼女の肩を優しく揺すりました。
「うーん」
鶴はんは緩慢な動きで起き上がりました。
「お早うございます鶴はん」
「お早うございます葛葉様」
「では早速主として貴さんに指示を出します。朝食を――」
「わたくしは好き嫌いはありませんわ」
「え?」
鶴はんは半開きの目でそう言い、
「朝餉が出来たら起こして下さい」
それだけ言うと彼女は再び横になり、
「すーすーすーすー」
そして寝息を立てました。あれ? おかしいです。確か先輩の話では人型の式神はきちんと料理が出来る人が多いと聞きました。
「あっ、もしかしたら早とちりしているのかもしれません。もう一回起こしてみましょう」
うちは苦笑しながら再び鶴はんの肩を優しく揺すりました。そしてうっすらと目を開けている鶴はんに、
「鶴はん。朝食を作って下さい。主の指示です」
すると鶴はんは半ば不機嫌な顔になり、やや機嫌の悪い口調で、
「わたくくは料理は出来ませんわ。面倒ですからやりませんわ」
「あれ? おかしいですね。確か先輩の話では式神に家事をさせていると聞きましたけど。まぁあの先輩は生活能力が皆無ですけど」
首を傾げるうちに対し、鶴はんは堂々と、
「よそはよそ、うちはうち」
それだけ言って鶴はんは再び深い眠りにつきました。……駄目ですね、こりゃ。
「はぁ今日の朝ご飯は何にしましょうか?」
うちは献立を考えながら部屋を出ました。その時です。
ピンポーン。
不意に来客を告げるチャイムが鳴りました。こんな朝早くから我が家に来るのは彼女しかいません。
「はーい、ただ今~」
うちは玄関の鍵を開けました。すると勢いよく玄関が開き、
「おっはよ~葛葉ちゃん♪今日も可愛くなろうねぇ~♪」
底抜けに元気な声と共にうちの眼前に服が現れました。そしてその先に黒のセーラー服を着た小柄な美少女が満面の笑顔で立っていました。
元気一杯の笑顔が眩しい美少女です。真っ赤な髪をボブカットにしています。
「お早うございます皐月はん。今日も元気ですね」
「私は何時でも元気だよ~」
この屈託のない笑顔で笑っているのは桧山皐月はん。うちの幼馴染です。
「それで皐月はん。この服は何ですか?」
「メイド服だよ~♪葛葉ちゃんに似合うと思って作ったんだたよ~。因みに猫耳は大切なオプションだから」
「着ません」
うちははっきりといいました。すると彼女は形のいい口を可愛く尖らせながら、
「え~、着ようよ~。葛葉ちゃん絶対似合うから~。ねっ、ゴンちゃん」
皐月はんの隣にもこもこの、抱くととても暖かそうな毛皮を持った白い動物、見た目なら完全に子供のホワイトタイガーらしき生き物に話しかけました。
見た目は可愛いですけど、左頬にはまるで剣で斬ったかのような一筋の傷跡があります。
「がう」
その生き物は可愛く鳴きました。その様子を見ていた皐月はんは勝ち誇った顔で、
「ほら、ゴンちゃんも似合うって言っているよ~」
「ゴンはん、幾ら貴さんが皐月はんの式神でも否定して下さい」
このゴンはんは皐月はんの式神です。皐月はんは優秀な陰陽師なので使役できる式神のレベルも高いのです。これだけの式神を使役できる皐月はんは天才です。羨ましいです。
「所で使役する式神はもう決まった?」
不意に皐月はんは心配そうに質問してきました。
「うん、何とかね」
うちがそう言うと、皐月はんは目をらんらんに輝かせて、
「本当~♪見せて見せて~」
そう頼んできました。
「そうですね、折角ですから――」
その時でした。ふと鶴はんが部屋から顔を出し、不機嫌な声で、
「五月蠅いですよ葛葉様」
「あっ、丁度いいです。彼女がうちの――」
折角鶴はんを皐月はんに紹介しようと思ったのに、鶴はんはうちの言葉を遮り、
「わたくしは葛葉様の貞淑な妻ですわ」
堂々とそう宣言しました。
「「えっ?」」
余りの事にうちと皐月はんは一瞬戸惑いました。
「あ……あはははははは、面白い事を言う式神だねぇ。私、桧山皐月よ。宜しくねぇ~」
皐月はんは引きつったままの笑顔で何とか自己紹介しました。それに対して鶴はんは眠たそうに眼を擦りながら、
「わたくし、面白い事は言っていませんわ。だってわたくしは葛葉様と一夜を共にしましたから」
突然の自供にうちは思わず声を荒げながら、
「何を言っているのですか貴さんは?」
「だって本当の事でしょう。わたくしと貴方が一つの布団で寝た事は」
「ええええええ!! 本当なの葛葉ちゃん」
余りの事に皐月はん。それに対して鶴はんは落ち着いていて、淡々と、
「本当ですわ」
「えええええ!!」
再び絶叫した皐月はん。しかし鶴はんは興味が無いかのように、欠伸しながら、
「御飯が出来たら起こして下さい」
それだけ言って鶴はんは部屋に戻ろうとしました。その時でした。
「がうううう!」
突如ゴンはんが低く、まるで威圧するかのような唸り声を上げました。
「どうしたのゴンちゃん?」
心配そうな顔をしている皐月はんを無視し、ゴンはんは疾風のごとき速さで鶴はんに迫り、そして、
「痛っ……どうしてわたくしに噛み付くのですかこの変な生き物は?」
鶴はんは苦痛で顔を歪めています。そりゃそうです。ゴンはんは彼女の右手に噛み付いています。しかも甘噛みなんて生易しいものではなく、牙を立てて、本気で噛んでいます。
珍しいですね、ゴンはんが牙を立て噛むなんて。ゴンはんは基本大人しく、本気で噛む相手はうち以外の男子全員程度なのに。
「こ……こらゴンちゃん止めなさい。めっ」
しかし主である皐月はんが注意してもゴンはんは噛むのをやめません。
「おかしいですね、本来式神は主の指示には忠実です。皐月はんの指示に従わないなんて普通ではありえません。余程何か理由があるとしか考えられません」
「葛葉ちゃん何一人で冷静に解説しているの?」
皐月はんに突っ込まれました。
「わーい、今日の朝ご飯は玉子焼きだぁ~」
「出汁巻き玉子ですよ」
玄関での騒動も何とか落ち着き、うち達三人は朝食を食べる為にリビングまで移動しました。因みに朝食の準備が終わると鶴はんは直ぐに起きてくれました。
そして皐月はんは満面の笑顔でおかずを見ています。
「むー」
それに対して鶴はんは不満そうな顔をしています。どうしたのでしょうか? 玉子焼き嫌いなのでしょうか?
「葛葉様」
「はい?」
不満ありげな声につい緊張してしまいます。
「この卵一つで納豆が幾つ買えると思っているのですか?」
「どうしたの鶴ちゃん。卵嫌い?」
「いえ違いますわ」
少し怒っている鶴はん。でもうちには心当たりは……、あっ、分かりました。
「鶴はん。この時代は卵は安いのですよ」
「?」
きょとんとした顔の鶴はん。うちは自信満々に、
「この時代の卵はスーパーで十個入りでも二百円もしません。バーゲンだったらもっと安いです」
「すーぱー?」
鶴はんは理解できないのかぽかんとしています。
「スーパーとは食材を売っている所です」
「食材は棒手振りが長屋まで売りに来てくれるのではないのですか? わたくしも良く利用していましたわ」
「あっ、やっぱり江戸時代はそうなのですね、時代劇で見た通りです」
「ねぇねぇ葛葉ちゃん。私、話が分からないんだけど。鶴ちゃんは何か不満なの?」
「えっとですね、彼女が住んでいた江戸時代は卵が高かったのですよ。納豆が四文、今だとだいたい六十円って所ですね。それに対して卵は一個二十文。今の価格だと三百円から四百円したのです」
「そうなんだぁ~。高かったんだね~」
皐月はんは感心したような顔になりました。
「さっ、朝ご飯が出来ましたよ」
今日のメニューは白米に味噌汁、出汁巻き玉子に自家製お漬物です。
「さっすが葛葉ちゃん。和食を作らせたら三国一だねぇ~」
鶴はんも、
「お米が立ってますわ」
「葛葉ちゃんは毎回土鍋でご飯を炊くんだよ。手がかかるだけ美味しいんだよ~」
「そうなのですか? わたくしが住んでいた長屋では朝に一日分炊いていましたわ」
鶴はんは味噌汁を一口啜り、柔らかそうな笑みを浮かべながら、
「美味しいですわ。味噌と出汁の相性が抜群ですわ」
そして鶴はんは今度は玉子焼きを口に運びました。しかし今度は顔が曇り、
「おかしいですわ。この玉子焼きは柔らかすぎですわ」
あれ? 気に入らなかったみたいです。
「美味しくなかったですか?」
うちは恐る恐る質問しました。
「いいえ、美味しいですわ。でも前に長屋の住人総出で花見に行ったのですけど、その時食べた玉子焼きはこれとは違っていましたわ」
「どんな味だったのですか?」
「ぽりぽりしててとても美味しかったですわ。わたくし、玉子焼きなんてあの時初めて食べましたから」
昔を懐かしそうに語っている鶴はんは優しそうな笑みを浮かべています。
「ぽりぽり? 玉子焼きってそんな味したっけ?」
皐月はんは腕を組みながら考えています。ぽりぽりねぇ、まさかあれではないでしょうか?
「つかぬ事を伺いますけど、それは本当に玉子焼きだったのですか?」
「本当ですわ。大家さんが持ってきてくれましたから。暖かなご飯が欲しかったですわ」
得意げに語っている鶴はん。うちは彼女に気付かれないように小声で、
「それって沢庵でしょう。落語の話でしょう」
でも突っ込んでも無駄なのはもう理解しているのでうちもご飯を食べる事にしました。
「あれ、葛葉様。左利きなのですか?」
そんなこんなで朝食を終えました。
「さて、学校に行きましょうか」
うちは登校する為に玄関にいます。
「鶴はん。一緒に学校まで来て下さい。担任に紹介しますから」
「はい、分かりましたわ」
取りあえずカノジョハちの式神なので担任に申告しないといけません。そうしないと退学になってしまいます。
「所で葛葉様は制服とやらを着なくてもいいのですか? それとも着物が制服なのですか?」
この質問に対し、皐月はんは自信満々に、
「いいんだよ鶴ちゃん。葛葉ちゃんが着物で登校していいように私が先生達に頼んだから~」
笑顔の皐月はん。でもうちは頭を抱えながら、
「頼んだではないでしょう。あれは脅しというものです」
思い出したくありません。今でもあのグロテスクな光景は瞼から離れません。でもうちの突っ込みに皐月はんは白々しく、
「脅してないよ~。少しだけゴンちゃんに手伝ってもらっただけだよ~」
「ゴンはんを白熊はんより巨大化させ、思いっきり学園長の禿げ頭に噛み付かせていましたよね。学園長の禿げ頭に深紅の髪を生やしましたよね」
「そんなの家では話し合いに入るんだよ~。だから大丈夫~。学園長もそういっていたよ~」
「泣きながらでしょう」
いや、号泣し、土下座しながら必死に懇願していたっけ。命だけは助けてくれって。
「だって葛葉ちゃん可愛いから綺麗な服を着せないと」
「駄目です」
すると今まで静かに話を聞いていた鶴はんも加わって、
「そうですわ。きっと似合いますわ」
「そうだよねぇ~」
何やら意気投合している二人。うちはふと時計を見て、
「そろそろ学校に行かないと遅刻しますよ」
「「はーい」」
玄関を出て、そしてきちんと鍵をかけました。
「忌み族」
その時でした。隣から忌々しくも不愉快な声が聞こえました。まぁよくある事です。無視しても構いません。
「二人とも、学校に行きますよ」
「うん、分かった~」
理由を知っている皐月はんは直ぐにそう返事をしました。しかし、
「少し待って下さい。わたくし、挨拶がしたいですわ。近所付き合いは大切ですから」
鶴はんにそう言われたら待つしかありません。隣を見ると三十代後半らしき女性がまるで般若のような顔で仁王立ちしていました。おお、怖。
「貴方忌み族でしょう? 最悪だわ。隣が忌み族なんて。呪われてしまうわ」
むか。流石に腹が立ちます。
「私の娘に近づかないでくれる」
文句を言う女性の背後にはふんわりした銀髪の女の子が隠れています。多分幼稚園児でしょう。可愛いです。
少女は不安そうな顔をし、目には涙を浮かべています。
「挨拶が遅れましたわ。わたくしは葛葉様の正妻で名前は鶴ですわ」
「正妻ではありません。式神です」
つかさず訂正するうち。でも鶴はんは悪びれる事もなく、
「それは今の関係ですわ。将来は葛葉様の妻になりますわ」
鶴はんはとんでもない事を宣言しました。
「さっ、行くわよ桜花」
このやり取りに呆れたのか、それともうちに対する差別心があるのか、女性は自分の子供を連れて速足で出ていきました。そしてうちとすれ違い際、小声で、
「さっさとこのマンションから出て行って。忌み族がいると物件の価値が下がるから」
そのままお隣さんはどしどしと去っていきました。
「酷い。葛葉ちゃんちゃんと家賃払っているのに」
ぷんぷんと怒りを露わにする皐月はん。本当にこの子はいい子です。何とかうちを守ろうとしてくれます。
「所で葛葉様。先ほどお皐月が言っていたやちんって何ですか?」
鶴はんの質問にうちは、
「ああ、確か貴さんの所では店賃と呼ばれたものです。大家はんにちゃんと――」
すると鶴はんは不満そうに、
「いいえ、大家さんからそんな物は貰っていませんわ」
「貰う物ではありません、払うものです」
しかしうちの突っ込みを鶴はんは完全にスルーし、ぶつぶつと文句を言いました。
「全く、他の長屋連中にはあげてわたくしにはくれないなんて、大家さんも人が悪いですわ」
もはや誰も突っ込まなくなったので、鶴はんは気兼ねなく、
「たなちんのちんはきっと珍味の事でしょう。たな珍、恐らく異国の珍しい食べ物でしょう。葛葉様、夕餉のおかずはそれがいいですわ」
まつか鶴はんが店賃を踏み倒していたなんて、大家はんも大変だったのですね、今度探し出して主としてお詫びしないといけません。
爽やかな朝、通学路には陰陽学園指定の黒い制服を着た男子生徒と同じく黒いセーラー服を着た女子生徒が登校しています。
「はぁ、流石にいらいらします」
お隣に言われた一言、これは流石に言いすぎでしょう。
「そうだよ~。忌み族差別なんてあったら駄目なんだよ~」
隣を歩いている皐月はんも怒っています。そして彼女の控えめな胸元に抱かれているゴンはんも怒っている顔をしています。
「がるるるる! がうがう!!」
あっ、違いました。ゴンはんは後ろを歩いている鶴はんに飛び掛かろうとしています。
「駄目だよ~。君と鶴ちゃんは式神仲間むなんだから~。仲良くしようねぇ~」
「どうしてこの変てこな生き物はわたくしを襲おうとしているのですか?」
「くっくっくっくっ」
「ごめんねぇ鶴ちゃん。ゴンちゃんも悪い子じゃあないんだよ~。多分初めて会ったから興奮しているだけだよう~」
「ガウガウ!」
「とてもそうは思えませんわ。お皐月は飼い主としてきちんと躾を行って下さい」
涙目で抗議する鶴はん。
「くっくっくっくっ」
「ゴンちゃんはお利口だから大丈夫だよ~♪」
でもこの抗議を皐月はんは笑顔でスルーしました。
「おいこら! 気づいているんだろう。俺の存在に」
「あれ? 誰かが叫んでいますけど鶴はんは聞こえますか?」
うちは耳に手を当てながら後ろを静々と歩いている鶴はんに尋ねました。
「いいえ聞こえませんわ。もし聞こえたら本所七不思議の一つに加えましょう」
「皐月はんは?」
「私も聞こえないよ~」
やはり幻聴でしたか。知らない間に疲れていたのでしょう。
「俺を無視するな! 俺は存在しているぞ!」
「聞こえません聞こえません」
うちは耳を塞ぎました。
「鶴はんに皐月はん。授業で習ったのですけど、死霊の声を聞いたらいけませんよ。死霊は我々人間を道連れにしようとしていますから。対応策は耳を塞ぐ事です」
「はーい」
「分かりましたわ」
二人とも耳を塞ぎました。
「きっとこの死霊はんは一人で寂しいのでうち達を向こうの世界に誘おうとしているのです」
「おいおいおいおい!」
でも死霊はんはまるでMCに無視された若手芸人のようにうちの前に現れました。
「よく見ろ俺のハンサムな顔を」
死霊はんはその顔をうちに見せつけています。その顔を見るなり、うちの目には涙が貯まり、心の底からある感情で溢れました。
「かわいそうです。神様は不公平です。うち達が綺麗なのに極端に不公平です」
死霊はんの顔は二目と見られない程醜かったです。具体的に言うとこの小説が十八禁になるので言いません。ただこの小説を読んでいる読者はん。貴さんの事や。今すぐ鏡を見なさい。そこに写っている醜い顔、それと同じです。
強いているなら醜い芸人を全て足して、一万倍にした顔です。
「お前、本当は俺の存在に気付いているだろう。だったら俺の綺麗な顔を見ろ!」
「かわいそうです。きっと鏡の存在を知らないのです。哀れです」
「知っているぞ鏡は! カッコいい顔が写るあれだろう」
「死霊はん。貴さんが言う鏡はカッコいいタレントのポスターですよ。勘違いしたらいけませんよ」
「違--------------う!」
「だったら死霊はんの美意識は世間とは大きくズレているのでしょう。貴さんは平安時代の人ですか?」
「ごめん葛葉ちゃん。ここで遊んでいたら話が一生進まないよ」
皐月はんは頭を抱えながら訴えてきました。
「流石です皐月さん。流石は俺のフィアンセです」
「あんたとはそんな関係じゃないから」
皐月はんは怒りに体を震わせながらはっきりと言いました。
「何を言っているのですか。俺は二年でトップ。貴女は一年でトップ。トップ同士は結婚させるって校則で決まっているじゃあありませんか」
「却下よ!! あんたなんかと結婚するならパセリと結婚する」
本気で嫌がっている皐月はんは目を吊り上げながら罵っています。因みにパセリは皐月はんが一番嫌いな食べ物です。
しかし死霊はんは我関せずな笑顔で、
「またまた皐月さんはツンデレなんだから」
「こいつ……マジでぶっ飛ばしたい」
皐月はんは怒りで肩を震わせています。まぁ確かに死霊はんは顔が悪すぎです。その時、ふいにうちの着物を引っ張る人がいました。誰だろうと思ったら鶴はんでした。
「どうかしましたか鶴はん?」
「あの顔が歪んでいるお方は誰ですか? それにふいあんせって何ですか?」
フィアンセって言えないのですね。鶴はんは江戸の人ですから。それはともかく、鶴はんに色々説明しようと思いましたけど、この事を聞き洩らさなかった死霊はんが、
「俺は井下裕一郎、皐月さんとは将来結婚する約束をしている」
「結婚なんてしないわよ。将来どころか来世でも結婚は嫌よ」
本気の本気で拒否している皐月はん。それを援護するかのように鶴はんも、
「あんな三枚目、いや三百枚目と結婚するなんてお皐月はかわいそうですわ。わたくしがお皐月の立場でしたら、こんな男は市中引廻しの上打ち首獄門にしますわ」
のんびりした顔で恐ろしい事を言いました。かわいそうに死霊(井下ともいう)は首を跳ねられ、その首を三日間晒されるのです。……もし晒されたら沢山落書きをしてあげましょう。
それはともかく、皐月はんは目を吊り上げたまま、
「とにかく、井下と結婚なんてい・や・よ。校則なんてぶっ飛ばすわ!」
さらに付け加えて、
「抵抗勢力はゴンちゃんが美味しく頂くから。覚悟してね」
皐月はんは堂々と宣言し、ゴンはんの口を大きく開けさせました。しかしうちは今にもゴンはんを嗾けようとしている皐月はんに冷静になるように、
「皐月はん。それは駄目ですよ。抵抗勢力を食べたらゴンはんがお腹を壊します。抵抗勢力はコンクリート漬けにしてマリアナ海溝の底の底にでも沈めましょう」
「さっすが葛葉ちゃん。そうだね~」
何やら意味不明なコントをしていると、ふいに鶴はんが、
「ねぇ葛葉様。どうして井下は白い服を着ているのですか? 他のお方は黒なのに」
「ああ、あれは陰陽学園四天王だからです。白は神聖な色、ですから四天王となると着用が認められるのです」
「そうですか」
鶴はんは興味が無くなったのか欠伸をしました。
「鶴ちゃん行こう」
皐月はんは鶴はんの手を引きながら学校に走っていきました。うちもそれに続こうとしましたけど、
「おい待て、そこの忌み族」
ふと背中から人を馬鹿にした、それでいて見下した声が聞こえました。
「貴様、どこで皐月さんに取り入ったのかは知らんが貴様は邪魔だ。それと陰陽学園に通えるのも後少しだ」
うちは何も答えませんでした。
「いいか、我ら陰陽学園四天王の力を使えば貴様ごとき忌み族は直ぐに退学に出来るのだ。国立陰陽学園
は学費が免除されている。それは何故だか分かるか?」
死霊はんの質問にうちは一切答えませんでした。すると痺れを切らした死霊はんが、
「いいか、我ら陰陽師はその術を用いてこのオタク神国を守護し、発展させる為に全国から優秀な人材が集められ、その教育は国が保証してくれるのだ。貴様のような屑でも卒業したら甲種国家公務員として厚く保護され、民間の三倍給料が保証される」
ここで死霊はんは一呼吸置き、
「だから貴様はいらないのだ。甲種国家公務員に忌み族は相応しくない。だから今度の全校集会で貴様の退学を問う審議をかける。くっくっくっくっ、楽しみにしていろ」
不愉快な笑いと共に誰かが何かを宣言したようなきがしますけど、気のせいでしょう。去ろうとしているうちに向かって、また後ろから、
「貴様ごとき忌み族に味方する馬鹿な生徒なんて我が校にはいない。いや、この世界全てでもいない」
それだけ吐き捨てて死霊はんは学校に向かいました。あっかんべーだ。
うちは校門をくぐり、そして昇降口に向かおうとしたら、鶴はんが昇降口脇にある銅像を見上げていました。
「あれ鶴はん。皐月はんと先に行ったのではないのですか?」
よく見てみると鶴はんは一人でした。すると鶴はんは苦笑いしながら、
「お皐月でしたら井下に追われてどこかに逃走しましたわ。それより葛葉様、この銅像は何ですか?」
「ああ、これは二人の聖女像です」
うちは聖女像の内、背が高く年齢なら高校生ぐらいの女性像を指さしながら、
「昔々、オタクは弾圧されていました。でもオタクは弾圧にも屈せずに隠れてオタクを楽しみました。でも多くの仲間が殺されました。その時、この女性が自ら生贄にとなって何でも願いを叶えてくれる神様を召喚する事になりました」
今度はまだ幼く、恐らく幼稚園の少女らしき銅像を指さしながら、
「妹も姉と一緒に生贄になり、神様を召喚したオタク立は悪を倒し、そこからこのオタク神国が誕生したのです。この銅像は二人の偉業を後世に伝えるのが目的です」
「そうですか」
まぁ本当がどうかは知りません。この手の物語って都合よく解釈されている場合が多いですし、本当の事は分かりません。
「あっ、それよりも鶴はん。今から職員室に行きますから付いてきて下さい」
「分かりましたわ」
うちは職員室に向かおうとした時、ふとある事を思い出しました。
「そういえば聖女は白い着物を着ていたそうです。そこから我々は白を聖なる色として崇めているのです。
白い……白いねぇ。そういえば鶴はんも昨日白い着物を着ていましたけど、何か関係があるんでしょうか? 関係ないですよね。