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陰陽師葛葉と式神お鶴   作者: 白狐
1/6

新月の出会い 前半

「ついに見つけました」

 夜の帳が降りた秋葉原の郊外。そこにポツンとある安アパート。築何十年も立っているので外見はボロボロです。

 うちは電信柱の上からその安アパートを眺めていました。

「古過ぎです」

 眼下には桜が舞い、頭上には僅かに星が幻想的に瞬いています。

「寒いです」

 うちは冷えた手にふっと息を吹きかけました。今の季節、昼間はそれなりに暖かいですけど、夜はまだ肌寒いです。

「そういえば今日は新月でしたね」

 うちは再びアパートに視線を戻しました。明かりが点いているのは二階の一部屋だけです。そして薄いカーテン越しに部屋の様子が見えました。

「部屋、汚いですね」

 目標がいる部屋は衣服や本が散乱しています。少しぐらいは片づけて欲しいです。まぁうちには関係ありませんけど。

「いました」

 うちは思わず歓喜しました。ベッドの上にちょこんと正座している白い着物を着た女性を見つけたからです。

「目標を確認しました。でも顔は見えません」

 残念ながら女性の顔はカーテン越しなので見えません。

 そしてその女性の前に立って下卑た笑いを浮かべている若い男性がいます。その男が着ている服は、

「それはうちが通っている高校の制服ですね」

 興味が無いですから無視しますけど。男はへらへら笑いながら何かを要求しているようです。でも女性は小さく首を横に振りました。男性の要求を拒否したようです。

「当然ですね」

 あっ、男性が乱暴に白い女性をベッドに押し倒しました。そして締まりのない笑顔を浮かべながら帯をほどこうとしています。もういいでしょう。

「陰陽術、神速」

 うちは力を脚に集中させました。すると脚全体がまるで熱を持ったかのように熱くなり、

「よし、行きましょう」

 部屋の中では男が乱暴に女性の着物を脱がせようとしています。それはまるで時代劇で町娘を手籠めに使用している悪代官のようです。キモイお方、直視したくありません。

「我、これより突撃する」

 うちは電柱から目標のいる窓めがけて、軽く跳ね、十m以上跳びました。目標がいる場所まで、まるで流星のように一瞬で間合いを詰め、そのままの勢いで、

 がっしゃああああああああん! どこここここここここここっっ!!

「へぶしっ」

 窓ガラス蹴破り、そのそままの勢いで男性を蹴飛ばしました。男はカエルはんが車に轢かれたような変な悲鳴を上げながら壁に叩きつけられました。そしてそのまま床に転がってぴくぴくしています。

 うちは静かに直地しました。

「うっ………少し臭いです」

 部屋に入るなり、うちの鼻につく、まるで硫黄のような刺激臭がしています。どうしたらこんなに臭くなるのですか? この部屋を最後に掃除したのは何時ですか?

 良く見てみると部屋の隅に弁当の空容器が詰め込まれたビニール袋が放置されています。きっと臭いの元凶はこれでしょう。

「ぶへし」

 あれ? うちの左足にぶにゅぶにゅする変な塊を踏みつけました。

「何でしょうか?」

 うちはそれをちょうど持っていた日傘の和傘の柄で思いっきり踏みつけ、そしてくるくると日傘を回しました。

 それを繰り返す事四回。すると足元で肉塊から弱弱しく、それでいて気持ちよさような声で、

「き……気持ちいい、じゃなくてお、お前は誰だ?」

 ちっ、気づいてしまいましたか。折角これを甚振ってストレス解消しようかと思ったんですけど。そのまま痛みを快楽と感じてくださいませ。

「貴さん《あんさん》ごとき下等生物に名乗る名前はありません」

 うちはきっちりと、せいぜいコンビニにあるアイスが入っている冷凍庫程度の冷たい声色で言ってあげました。(かなり過少評価)全く、下等生物の分際で女王様であるうちの名前を聞くのではありません。無礼です。きちんと調教しなければなりません。勿論鞭を使って。

「その特徴のあるボーカロイドを思わせる声、女王様の態度」

 むかっ。確かにうちの声には特徴があり、余り抑揚が無いので感情がないと言われ、それでいじめを受けてきました。だから声について何かを言われるのは嫌いなのです。

「その吊り目で人を蔑んだ瞳。頼む、罵ってくれ!」

 肉塊はんは何やら気持ち悪い嘆願をしてきました。うう、余りのキモイ発言にうちは思わず身震いしました。ぶるぶるっと。

「そして着ている服は着物。あれ程だけ動きながら襟一つ乱れていないのはさすがだ」

 ここで肉塊はんは一呼吸置きました。時間が勿体ないですから早くして欲しいです。

「我ら私立陰陽学園でその変な植物が書かれた着物を霊衣れいいを着ていてる生徒はただ一人」

 むかむかっ。うちが着ている着物に書かれているのは変な植物ではありません。葛の葉です。流石は肉塊はんは無知ですね。

 因みに先ほどこのお方が言った私立陰陽学園はうちが通っている学校で優秀な陰陽師を育てるのか目的の学校です。

「その艶やかな絹のようなロングの黒髪、それを三つ編みにしている。素晴らしい。しかも現実世界で姫カットが似合う奴がいたなんて」

 肉塊はんはなにやら感動しているのか声が震えています。

「お前は土御門か? 今年入学した生徒で一番綺麗だと噂されている土御門葛葉か?」

「どうしてうちの名前を知っているのですか? ストーカーですかあなた貴さんは? お巡りはんに通報しますよ」

 すると肉塊はんは嬉々とした声で、

「おお、ついに俺にもアニメやゲーム的展開が来たか。げへへへへへ、俺にも何時かはこんな展開が来るとは思っていた。ヒロインとツンデレのサブヒロインによる三ぴ――」

「キモい・即・踏む」

 どげっしししししししししししししゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃん!!

 うちは今度は肉塊はんを思いっきり踏みつけました。そしてまるでたばこを消すように動作をしました。

「い、痛い。しかも手加減なしか。とてつもなく痛い。でも何だろう。心の奥では快楽を感じている自分がいる。俺はどうしたのだ?」

「止めや」

 うちは今度は紫電一閃で強烈な一撃を肉塊はんにたたき込みました。

「くわっしゃゃゃゃゃゃ」

 肉塊はんは今度こそ口から何やら吐き出しました。それにはモザイクが掛かっています。そして苦しみに苦しみながら向こうの世界に旅たたれました。

「く……お前は忌みいみぞくか?」

 ちっ、もう回復しましたか。ちゃんと止めを指さないといけませんね。

「その黒髪、大和撫子のような風貌。この素晴らしきオタク神国を滅亡に追いやると預言されている忌み族か?」

 肉塊はんはまるで汚物を見るかのような蔑んだ瞳でうちを睨んでいます。うちはブリザードのような声色で、

「肉塊はん。キモいですよ」

「お、俺は田上一太郎だ。三年の。俺は先輩だぞ! 言葉遣いに気をつけろ! それもと一族は言葉遣いも知らないのか?」

「分かりました下僕先輩」

 うちは軽く流しました。だってこの下僕先輩に用事はありませんから。こんなキモい顔の人なんて今後とも用はありませんから。

「げ……ぼ……く? 何だこの心の奥底でぐさぐさ遠慮なしに突き刺さる苦痛なのに、俺は嫌なのに………逆にこれが気持ちいいと感じている自分がいる。おかしい。俺は本当はMなのか?」

 うちの足下でぶつぶつと自分の本心を知ってしまった下僕先輩は勿論無視します。うちの目的は別にいますから。

 そうでもないとこんな掃きだめなんてきません。

「うわぁ。とても綺麗なお方ですね。わたくし、貴方に仕えたかったですわ」

 不意に聞こえた緊張感のない声。その声は春の小川のように美しかったです。

 うちは声がした方を振り向きました。

「うわぁ、綺麗な人ですねぇ」

 うちは思わずそう呟きました。そこにいたのは白い美人だったから。ミニスカートのような白い着物、雪よりも白い肌、そして純白の長い髪。鬼灯を思わせる紅い瞳には微かに涙がたまっていました。年の頃ならうちと同じか少し上でしょう。

「貴さんが鶴はんですか?」

「どうしてわたくしの名前を知っているのですか?」

 鶴はんは疑惑ありありの顔でうちを見ています。その声は警戒されています。

 うう、今気づいたのですけど鶴はんの帯は解け、肩が露出しています。そしてそこから大きく育った膨らみがみえます。うう、半裸って全裸よりもそそるかも。

「と、とにかく着物を正して下さい。うちは向こうを向いていますから」

 うちはそれだけ言うと彼女の返事を待たずに向こうを向きました。背中越しにしゅるしゅると衣擦れの音が聞こえます。うちは変な気持ちになりました。

 うちは暇つぶしに下僕先輩を踏みながら、待っていました。

「おい、お前土御門だよな。おも前の事はよく知っているぞ。有名だからな」

「うちは目立つ事をした覚えはありませんよ」

「ふん、お前は学校始まって以来の忌み族の生徒だからな。しかも未だに一匹の式神どころか使い魔すら使役できていない奴だと。お前の様な忌み族は学校を去れ。学校の品位が下がる!」

 下僕は忌々しそうに吐き捨て、うちを睨んでいました。

「はて、お前は別の意味でも有名だったな。何だっけ?」

 何やら考え込んでいる先輩。それは無視しました。

「もういいですわ」

 後ろからの言葉にうちは振り返りました。そこにはベッドの上でちょこんと正座している鶴はんがいました。

 彼女は雪の様な頬をリンゴのように真っ赤にし、

「こ、この着物は何ですか? どうしてここまで丈が短いのですか? 脚が露出しすぎですわ。破廉恥ですわ」

 彼女は何とか脚を隠そうとしています。

「すみません。その短さはアニメやゲームの着物を参考にしているからです」

「あにめ? げぇむ? 何ですかそれ」

「それは後で説明します」

「それにこの黒くて長い足袋はなんですか?」

「それはニーソですね。それよりも貴さんは鶴はんですよね」

「ええ、そうですけど」

「実は貴さんに用があってここに来たのです」

「わたくしに用?」

 鶴はんは首を傾げています。ここは早く用事の内容を伝えて誤解を解く必要があります。

「うちは貴さんを……強奪に来ました。貴さんを誘拐します」

「「ええええええええええええええっ!」」

 前と下から驚愕の声が聞こえました。うちは鶴はんに悟られないように下にいる先輩の男としての急所を傘の柄で思いっきり潰しました。下で何やら悶絶した悲鳴が聞こえましたけど当然無視します。

「わたくしの家は貧乏ですから身代金は出せませんわ。それともわたくしの躰が目当てですか?」

 彼女は疑惑満点の目をしています。うう、ここは誤解が無いようにうちの考えを正しく伝えないといけません。うちは彼女の目を見ながらはっきりと、

「貴さんの躰が目当てです。うちが住んでいるマンションまで同行してもらいます」

「「えええええええええーーーーーーーー!」」

 再び驚愕の声がサラウンドに聞こえました。あれ? うち何か変な事をいいましたか? 単刀直入に言いましたけど。

 でも彼女は不審を隠さない態度で、

「わたくし、同性愛者ではありませんわ。他を当たって下さい」

 何でしぅか? 彼女は何か誤解しています。

「あああああああ! 思い出した」

 またしても下の方から叫び声が耳に届きました。

「つーん」

「おい土御門、お前はどうして耳を抑えているんだ?」

「それは下僕先輩の声を聞いたら呪われるからです」

「ふざけているのかお前は!?」

「ふざけていませんよ」

 うちはここで一呼吸置いて、

「下僕先輩との会話は無駄です。さらに言うなら文字数の無駄使いです。それにこの小説を読んでくれている奇特な変人はんに無駄な時間を使わせるわけにはいきません。ですから無視するのです」

「お前なぁ! まぁいい。それよりお前男だろう。貴重な男の娘ってやつだろう。だから女物の着物を着ているのか」

「貴方は殿方なんですか? とてもそうは見えませんけど」

 鶴はんは目を大きくしながら驚いています。よし、今です。

「うちは貴さんを捕って食べようとは考えていません。ただうちの式神になってもらいたいだけです」

「し……き……? でもわたくしは貴方が傘と足で踏んでいる人に召喚されましたわ。まだ正式な契約の儀式は行ってませんけど。他を当たって下さい」

 再度つれない返事。でも安心しました。まだチャンスが残っています。

「そうだ。俺はそいつと契約の最中だったんだ。お前さえ邪魔しなかったら俺は童貞を卒業できたんだ。しくしく」

 急に泣き出す下僕先輩。更に続けて、

「お前はどうして自分が召喚した奴と契約しないんだ!」

「うちは何度も召喚しようとしました。でも未だに成功しないのです。うち達一年生は明日までに式神もしくは使い魔と契約しないと退学になります」

「おお、懐かしいな。俺も最後まで苦労したぞ。でも契約できないのはお前の責任だろう?」

「だから考えたのです。どうしたら退学を免れるか。そしたらある素晴らしい方法を思いついたのです」

 うちはくすりと笑いました。そしてその完璧な考えを堂々と打ち明けました。

「そうです。人の式神を奪えばいいのですって。その為にここに来たのです。下僕先輩の式神を奪いに」

「そりゃ犯罪だぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 うちの落ち度が全くない答えに何故か先輩は怒鳴ってきました。そして怒りに任せながら、

「土御門。お前は本当に最低な奴だな! 成績は悪いし人の式神は盗むなんて! 流石は忌み族だな!」

「下僕の物はうちの物、うちの物はうちの物」

「何だその某ガキ大将的な乱暴発想は? というかお前はどこから入ってきたのだ?」

「あそこの電柱から。神速を使って」

「成る程、神速は我々陰陽学園では一番最初に教えられる陰陽術だったな。それを使えば走るスピードが速くなったり、ジャンプの飛距離が飛躍的に伸びるものだったな」

「ええ、説明ありがとうございます。神速はうちが唯一使える術ですから」

 それよりうちは一つ気になっていた事を口にしました。

「下僕先輩。あまり式神を乱暴に扱ってはいけませんよ」

「何を言っているんだ! 式神は我々陰陽師の奴隷だろ」

 下僕先輩はさと当然のように言いました。続けて、

「それにそいつは生前女郎屋で働いていたのだぞ。つまりこいつは売春婦だったんだ。セックスが好きなんだぞ。こいつは清楚そうな顔をして夜な夜な男に責められてよが――」

「ウザいですよ、下僕はん」

 少しかちんと来たうちは乱暴に彼の襟首を掴み、乱暴に起こしました。

「それはいたいけな後輩からのささやかなプレゼントです」

 うちは神速を唱えると先輩の醜い顔面に跳び蹴りを食らわせました。

「ひてぶ」

 彼は再び壁に叩きつけられ、意識を失ったかのようにぴくりとも動かなくなりました。それは至極当然に無視し、唖然としている鶴はんの細い手首を乱暴に掴んで、

「さぁ逃げますよ」

「え?」

 戸惑う彼女の返事を待たずにうちは手を引いてアパートから出ていきました。

 

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