前日の出来事
涼がアサと付き合い、アサの名前をぎこちないながらに呼んだ日の前日の出来事。
「名前で呼びたい!?……ぶふぉッ」
友人、智大の、明らかに馬鹿にしてた態度に腹が立って頭を一発殴った。痛い痛いと嘆く智大に、笑うから悪いと吐き捨てた。
武生涼は、唸っていた。
内容は、アサのことである。アサは、何故か周りと一定の距離を保っていた。自分は喧嘩っ早いし、見た目も悪い(怖すぎる)から相手から一方的に嫌われることはよくあったけど、アサは自分だから嫌いとかじゃなくて、全員と仲良くなることを拒否しているみたいで。
自分だから嫌いじゃないのなら、いずれはーーー…と思っている次第である。だから、仲良くなりたい、と願っている。あわよくば付き合いたいだなんて思いながら。
「まじめに聞く気がないなら、もう二度と相談しねぇ」
不貞腐れて眉を顰める涼、焦ったのは智大の方である。
涼は大きな体と怖い顔が理由で、人に好かれることがあまりない。昔からの友人としては、涼の性格の良さはわかっているので、なんとか報われてほしいと思っているのだ。でも不器用な性格が災いして、いろんな人に誤解を受ける。だから、みんな涼から離れて行ってしまうのだ。
そんな涼から、恋バナ。
いつか好きな人ができたら、その女の子を一途に思って行くんだろうな、それならば自分は全力で応援したい、と思っていた。
思っていたからこそ、待ちに待った恋バナを逃す訳にはいかない。
「あのネクラちゃん、どこがかわいいの?」
涼がそこまで惚れ込むなんて、根暗で有名なアサはどんな人物なんだろう。
「………」
涼はしばらく黙り、口を結び、難しい顔を浮かべてーーー…顔を真っ赤にした。
「んなの、どーでもいいだろが!!」
涼が照れてる、ものすごく。今は教えてくれなさそうだけど、いつかは聞いてみたいな。
「名前で呼びたいのか」
「…おう」
最初の話題に戻る。
「今ここで練習すれば?」
「…したら呼べるか?」
「呼べる呼べる」
涼の顔は真剣そのもので、笑そうになったが涼が機嫌を損ねそうなので引っ込めた。
「……あ、」
涼は〝あ〟の口で固まった。やがてはくはくと口を金魚のように開けては閉じ、真っ赤な顔で「さ」と声を発した。
一言言うのに精一杯のようだ。
「もっかい」
「あ……ッ…さ……」
いつも十数人を相手にして、傷を作りながらも叩き潰す涼からは考えられない、微笑ましい光景。智大は面白がって、何度も〝アサ〟の名前を呼ばせた。
ーーー…そうして、翌日。涼は、練習の成果を充分に発揮した。